注意
これはセイント・テールがアスカJr.に捕まった、
翌年のクリスマスのお話です☆ ラブラブな二人をお楽しみください♪
ＳＰＹ 〜秘密の贈り物〜 ＜前編＞
クリスマスまで残り一週間。商店街がにぎやかにクリスマスソングを流し、通りの木々にはイルミネーションが輝く。聖華市は華やかなクリスマス気分にすっかり包まれていた。
「芽美ちゃん、明日の日曜日はお暇ですか？」
土曜日の放課後、生徒がバラバラと帰って行く教室で、羽丘芽美は親友の深森聖良に呼び止められた。芽美はきょとんと首をかしげた。
「別に予定はないけど、どうしたの？」
「今年のクリスマス礼拝で、子供たちに手作りクッキーを配るんです。それで芽美ちゃんに、リボンやラッピングの材料を一緒に選んで欲しいんですけど」
聖良はシスター見習である。聖ポーリア礼拝堂で毎年行っているクリスマスの特別礼拝には、もちろん欠かさず参加していた。子供たちのためと聞いた芽美は、ニッコリ笑ってうなずいた。
「うん。あたしもちょうど買いたい物があるし、一緒に行こうよ」
芽美とは公認カップルである飛鳥大貴は、少し離れた自分の席で少女たちの会話をなにげなく聞いていた。ところが片腕に新聞部の腕章をつけた佐渡真人が、彼ににじり寄った。
「気にならないか、飛鳥？」
「…なにがだよ？」
いきなり声をかけられ、アスカJr.は面食らって聞き返した。佐渡は肩をそびやかし、言葉を続けた。
「考えてもみたまえ。もうすぐクリスマス、しかもキミたちは公認カップルじゃないか。羽丘さんの買い物と言えば、キミへのクリスマスプレゼントに決まっているだろう？」
「おおっ」っと男子生徒たちがどよめいた。そして、それぞれが勝手なことを言い始める。
「あんなかわいい彼女から、プレゼントをもらえるなんて羨ましいぞっ！」
「…別にオレは、いちいち誕生日だの、クリスマスだの、バレンタインだのは…」
「じゃあ、去年のクリスマスはどうしたんだよ？」
鋭い外野のツッコミに、アスカJr.は顔を赤くして口をとざした。その表情はなにより雄弁に、去年のクリスマスに芽美との間に『なにか』があったと伝えていた。どよめきがますます大きくなる。
「この幸せ者！ 許せん！」
「…うっ…うるせーっ！ いちいちからかうんじゃねー！」
あちこちをこづかれ、たまりかねて男子たちの手を振り払う。だが次の瞬間、アスカJr.の頭を誰かのカバンが強打した。
「なにしやがるっ！？」
頭を抱えて振り返ると、そこには帰り支度の高宮リナが立っていた。リナはカバンを片手に告げた。
「『オレは行事とか興味ない』なんて言って、プレゼントだけしっかりもらうなんて男らしくないわよ。…お返しくらい、きちんと用意しなさいよね」
かつて熱心にアスカJr.にアタックしていたリナは、芽美とアスカJr.が付き合い始めると、潔く敗北宣言を出した。そして、そっけなくはあるが、その言動は二人の仲を応援するものになっている。リナが振り回すカバンを避けながら、アスカJr.は答えた。
「分かったよ！ なんか返せばいいんだろ！」
やけっぱちの返答を聞いたリナは、すっとカバンを引っこめた。
「分かればいいのよ」
そして肩をそびやかすと、リナはさっさと教室を出て行った。
だが、その応対によってアスカJr.は激しく悩むことになった。自慢ではないが、女性にプレゼントを贈るなど生まれて初めてである。
「…プレゼントって普通、なにをやればいいんだ？ 食べ物か？」
真顔でたずねると、あきれた口調で佐渡が言った。
「…羽丘さんの好みくらい、一年以上つきあったキミなら把握していて当然だろう？」
絶句したアスカJr.は、救いを求める視線を男子たちに送った。だが集まった時と同じ速さで、佐渡以下の男子生徒はそそくさと四散してしまった。
席についたまま一人で悩むアスカJr.に、聖良と別れた芽美が声をかけた。
「…アスカJr.！ なに考えてるの？」
かすかに腰をかがめ、アスカJr.の顔を覗きこむ。教室の窓から射しこむ夕陽が、芽美のさらさらの長髪を金色に変える。不思議そうに彼を見つめる空色の瞳は、一対の宝石のようだった。まぶしいまでに愛らしい少女の姿に、アスカJr.はドキリとなった。
それからドキドキしたことを隠すように、ぶっきらぼうな口調で言った。
「別に…なんでもねーよ」
「ふうん？」と芽美は瞳をパチクリさせた。だが、それ以上はたずねずに、「もう帰るでしょう？」と微笑む。二人がつきあい始めて一年余り。放課後は一緒に帰るのが、彼らの日課となっていた。アスカJr.はうなずき、自分のカバンを取って席を立った。
教室を出て並んで帰る芽美の横顔を見るうちに、アスカJr.の胸にリナや佐渡の言葉が蘇った。
不器用で照れやなアスカJr.の性格を熟知している芽美は、ホワイトデーのお返しやクリスマスデートを強要したことはない。だが内心では、やはり年頃の少女らしく、恋人らしい行事に憧れていることには、彼も気づいていた。
芽美が喜ぶならプレゼントくらいは渡してやりたい…と思う。だが、アスカJr.には女性の喜ぶ物など見当もつかなかった。
「…じゃあ、また月曜日にね」
分かれ道にたどり着き、芽美が自分の家の方向へ曲がるところを、アスカJr.は呼び止めた。
「羽丘、…えーと、明日…」
「あ、聖良と二人だけでお買い物に行くの！ 二人で出かけるなんて久し振りだから、とっても楽しみなんだ！」
無邪気に満面の笑顔で言われては、さすがに『オレも一緒に行ってもいいか？』とは言い辛かった。
「…どうかしたの？」
不思議そうにたずねられ、慌てて首を横に振る。
「なんでもねーよ。…じゃあな」
照れ隠しもあり、さっさと芽美に背を向けてしまう。様子のおかしい彼を、芽美が少し不安げに見送っていたことに、アスカJr.は気付いていなかった…。
☆★☆★☆
翌日、芽美と聖良は昼前に、礼拝堂で待ちあわせていた。
二人の待ちあわせ場所と時間をなにげなく聞いていたアスカJr.だったが、いざ時間になると、なぜか足が勝手に礼拝堂に向かっていた。
アスカJr.が礼拝堂の前を通りかかると、ちょうどチェック地のコートにおそろいの帽子をかぶった芽美と、ふかふかした襟つきのジャケットを着た聖良が並んで、出かけて行くところだった。
二人の後ろ姿をアスカJr.は声をかける術もなく、ただ見送った。するとアスカJr.の目の前を一人の少年が横切り、少女たちに向かってカメラのシャッターを切った。更に少年はこそこそと芽美と聖良の後をついて行く。
「なにやってるんだ、佐渡？」
突然、声をかけられた佐渡は跳び上がった。あやうくカメラを落としかけ、相手がアスカJr.だと分かるとホッと息をつく。
「…なんだ、キミか。…取材だよ」
「オレには羽丘と深森の後をつけてるようにしか見えねーけどな？」
冷たい視線を投げかけると、佐渡は悪びれた様子もなく、しゃーしゃーと言ってのけた。
「深森さんと羽丘さんの密着レポートと言って欲しいな」
「…おいっ！ そーゆうのはストーカーって言わねーか？」
「報道の自由は保障されるべきだ」
真顔で言ってのける。そして佐渡はアスカJr.を残したまま、少女たちを追おうとした。
「お、おい、待てよ！」
慌てて引き止めるアスカJr.に、苛立たしげに言う。
「…キミもここにいるということは、二人の買い物が気になっているんだろう？ だったら、ついて来ればいいじゃないか」
「…そーゆうヒキョウなのはことわる！」
アスカJr.がキッパリ言い切ると、からかいの視線を佐渡は投げかけた。
「…ま、尾行は不器用な飛鳥には無理かもしれないな。シロウトが無茶しないほうがいい」
「誰がシロウトだ！？」
『シロウト』の一言が、アスカJr.の探偵としてのプライドを刺激した。思わず握りこぶしで言い返す。
「オレだって尾行くらいできる！」
「よし。かけようか？ 今日一日、羽丘さんと深森さんに気付かれずに尾行できるか？」
「できる！」と宣言してから、アスカJr.はハッと我に返った。…だが、もう遅かった。ニンマリ笑いながら、佐渡はＶサインを出した。
「…オレの取材の邪魔はしないでくれよな」
かくしてアスカJr.は佐渡とともに、芽美と聖良の買い物を尾行することになってしまった。
☆★☆★☆
聖華市でもにぎやかなショッピング街に出た芽美と聖良は、真っ先に一軒のお店に飛びこんだ。
そこはレースのカーテンや花の鉢に飾られた、かわいい雰囲気のパスタ屋だった。先に昼食をすませてから買い物に出かけるつもりらしい。
佐渡とアスカJr.は続いてその店に入り、芽美と聖良からは見つかりにくい角の席に陣取った。だがその頃には、アスカJr.は自分の所業にすでに嫌気がさしていた。
「…佐渡、オレやっぱり止める。こーゆうのは嫌いだ」
正直に芽美と聖良に声をかけて謝ることを決意した時、芽美のセリフが耳に飛びこんで来た。
「…昨日の帰り、アスカJr.の様子がおかしかったの…。あたし、なにかしたのかなあ…」
しょんぼりと告げる芽美に、聖良は考えこんだ。
「…せっかくの日曜日を、わたしのお買い物につきあっていただいたのはいけなかったんでしょうか？ アスカJr.とデートの約束をしたのを忘れてませんか？」
「違うよ。アスカJr.と約束したのなら、あたし絶対に忘れないもん」
さりげなくのろけてから、芽美は少し声の調子を落とした。
「それにね。今日はあたし、アスカJr.のクリスマスプレゼントを買うつもりなんだ♪ アスカJr.にはナイショだよ！」
「まあ。アスカJr.もきっと喜びますわ。なにを買うつもりですの？」
「ナイショ。でも、もう決めてるんだ♪」
ぶっ！ げほっごほっ…。アスカJr.は思わずコップの水をのどにつまらせた。こっそりと芽美と聖良の写真を撮っていた佐渡が、慌ててカメラをひっこめる。
「…静かにしろ…！ 見つかるじゃないか！」
幸か不幸か、話に夢中の芽美と聖良は、尾行者の存在に気付いていない。だが芽美の話を聞いたことで、アスカJr.は出るに出られない状態になってしまった。今ここで出て行っては、芽美はカンカンになって怒るだろうし、ビックリプレゼントが無駄になってガッカリするだろう。アスカJr.は頭を抱えた。
まもなく注文の品が、それぞれのテーブルに運ばれてきた。食欲の沸かないアスカJr.はグラタンをフォークの先でつつきながら、芽美を見つめた。佐渡はサンドイッチを片手に手帳に書きこみをしている。
「…昼に深森さんはナポリタンのスパゲティ、羽丘さんはカルボナーラを食べた…と」
クルクルとフォークをスプーンの上で回し、芽美は美味しそうにスパゲティを食べている。パクッと一口してはニコッと笑う表情は、とても幸せそうだ。
「羽丘ってメシを食う時、あんな顔するんだな…」
なにげない一言を佐渡が聞きとがめた。
「…あきれたな。デートくらい何度もしてるんだろう？ 羽丘さんの食事なんて見慣れてるんじゃないのか？」
デートでハンバーガーショップに立ち寄ることなどはある。だが、照れやのアスカJr.は一年経った今でも、まともに芽美と顔をつきあわせるのは、ケンカの時だけという体たらくだった…。
返事につまるアスカJr.の様子に、佐渡はふうっとため息をついた。
「飛鳥のことだから、デートの時でも羽丘さんの前をすたすた歩いてるんだろう。…それじゃ女性の心を本当につかむことはできないね」
それから少女たちがデザートのケーキを食べ終えるまで、アスカJr.は無言で芽美の笑顔を見つめていた。
パスタ屋を出ると、芽美と聖良はウィンドーショッピングを始めた。買う物は決まっているので急ぐ必要はない。のんびりと一日を楽しむつもりらしい。
服屋ではアスカJr.に言わせると、買いもしないスカートやセーターをとっかえひっかえ体に合わせていた。芽美はクリスマスカラーのツーピースが気に入ったようだが、値札を見てからそっと元の場所に服を戻した。
続いて入ったハーブショップでは、芽美がラベンダーとローズのポプリを、聖良がクリスマス用のリースを購入した。
次に映画館の前を通りかかった芽美は、ふと立ち止まった。
「あ、この映画…」
映画館の看板には、雪の結晶に包まれる主演男優と女優の姿が描かれている。タイトルには『Ｗｈｉｔｅ Ｓｏｎｇ ＰａｒｔU』とあった。
懐かしげな瞳で看板を見つめる芽美に、聖良がたずねた。
「ごの映画がどうかしましたか？」
「うん。去年の年末にパートTをアスカJr.と二人で観に行ったんだ」
「アスカJr.と？ でも、これはラブロマンス映画じゃありませんか？」
アスカJr.とラブロマンス映画とは不似合いな組み合わせだと、聖良は瞳をパチクリさせた。芽美は肩をすくめて笑った。
「…あたしがママからチケットをもらってね。どうしても二人で観たくて、アクション映画だって嘘をついて誘ったの。…結局、アスカJr.はずっと眠ってたけど」
そう言ってから、芽美は小さくため息をついた。
「パートTはとってもロマンチックだったけど、パートUはどんなストーリーなんだろう…」
「またアスカJr.を誘って、一緒に行けばいいですわ」
聖良の言葉に芽美は大きくうなずきかけて、途中で止めた。
「ダメだよ。アスカJr.に悪いもん。ラブロマンス映画なんてきっと興味ないし…また眠っちゃうだろうし…」
寂しげに微笑する瞳は、言葉とは裏腹に『アスカJr.と一緒に映画を観れたらいいのにな』という気持ちがほの見えた。
「…羽丘さんはラブロマンス映画が好き…と。あの愛らしい羽丘さんと映画を観に行って、居眠りするとは信じられないな」
手帳に書きこみながら、冷たい視線を投げかけてくる佐渡に、アスカJr.は「オレにもいろいろ事情があったんだ」と言い返した。だが、名残惜しげに看板をちらりと見て、その場を立ち去る芽美の姿に、その言葉は次第に力のないものになっていった…。
＜後編へ続く＞