ＳＰＹ 〜秘密の贈り物〜 ＜後編＞
映画館を通り過ぎて、アクセサリーショップに入った芽美と聖良は明るい声を上げた。ショップには高宮リナが数人の友人と連れ立っていた。
「高宮さん、こんにちは！」
「…あら、羽丘さんに深森さん」
リナは転校する前の学校の友人だと、一緒にいた少女たちを紹介した。少女たちは笑いさざめきながら挨拶を交わした。
「高宮さんはペンダントを見てたの？」
リナの手元を見て芽美はニッコリした。リナは金色の星か、それとも銀色の月がついたペンダントかで迷っている様子だった。
「高宮さんなら金色の流れ星が似合うと思うな」
「そう？」
軽く首をかしげながら、鏡の中の自分を見つめた後、リナはうなずいた。
「…じゃあ、こっちにしようかしら。…あ、そう言えば、この天使のペンダントはあなたに合いそうだなって思ってたところよ。どう？」
リナが示したのは銀色のペンダントだった。ペンダントヘッドは腕を組みあわせた愛らしい天使である。思わず芽美は歓声を上げた。
「わあ、かわいい！」
その時、魚の形のイヤリングを手に取って、別の鏡を覗いていた聖良が、芽美を呼んだ。聖良と並んで鏡を覗くと、芽美の瞳が大きく見開かれる。二人は顔を寄せて、ひそひそと話しあった。
「…二人ともどうしたのよ？」
不思議そうにリナが声をかけ、芽美と聖良は慌てて鏡から顔を上げた。
「芽美ちゃんにペンダントが、とてもよく似合うと話してましたの」
「あたし、これを買うね。高宮さん、教えてくれてありがとう」
芽美とリナは仲良く並んでレジへと向かった。以前の二人ならば考えられない仲良しぶりである。
佐渡が即座に「羽丘さんは天使のペンダントを購入」とメモしたことは言うまでもない。
リナたちと別れた芽美と聖良は、その後も書店やＣＤショップ、はてはペットショップと、ウィンドーショッピングを続けた。途中でクレープ屋やタコ焼き屋を見つけては、買い食いすることも忘れない。二人がそもそもの目的だったラッピング用品や手芸品を売るショップにたどり着いたのは、すでに日も暮れる頃だった。
一方、アスカJr.と佐渡は手芸店の向かいの靴屋に陣取っていた。延々と芽美と聖良の買い物につきあわされ、アスカJr.は完全にグロッキー状態だった。アスカJr.ほどではないが、さすがの佐渡も疲れた様子で、少年たちはそろって売り場の椅子にへたりこんだ。アスカJr.は肩で息をしながら佐渡にたずねた。
「…女の買い物って誰でもこんなに長いのか…？ 買いもしねー物をあちこち見て回って、なにが楽しいんだ？」
「…バカだな。買わないで見るだけだから、ウィンドーショッピングって言うんだろう？」
あっさりと返されて、ぐっとつまる。芽美の買い物につきあったことはある。だが、短気なアスカJr.に気を遣って、芽美が待たせることはまずなかった。いつも、そそくさと必要な物を選んでいる風情があったので、アスカJr.は芽美の買い物はそういうものだと思いこんでいたのだった。
芽美と聖良はラッピング用品を、あれこれ楽しげに論じながら選んでいる様子だった。二人を見つめながらアスカJr.はしょんぼりと呟いた。
「…羽丘が…あんなくつろいだ顔して、楽しそうに買い物してるなんて知らなかった。…オレ、羽丘のことをなにも分かってなかったのかも知れねーな…」
佐渡はアスカJr.のしょぼくれた表情を見やり、とたんに鼻先で笑い飛ばした。
「これから知ればいいじゃないか」
「…これから？」
「愛しい女性のことをもっと知りたいと思う、その気持ちが最初のステップなんだ。チャンスはいくらでもある。これから少しずつ努力すればいいさ。…まずキミの場合は、振り返って手を差し伸べることから始めるべきだろうな」
「…おまえ、たまにはいいこと言うな」
「『たまには』だけ余計だ！」
ムッとする佐渡に、アスカJr.は彼にしては破格の素直さで礼を言った。
「…ありがとうな」
「ふん、男に礼を言われたってうれしくないね」
減らず口を叩きながらも、佐渡の瞳は一瞬、優しい光を灯して細められた。
☆★☆★☆
ラッピング用品を買った後、芽美と聖良は食料品店に入った。お菓子作りの材料にしては、野菜やペットボトルなど大量かつ重そうな荷物を抱えて、食料品店から出て来る。
「…あんな大荷物をどうやって持って帰るつもりなんだろうな…」
呑気に呟いて、カメラを構えた佐渡は「あれ？」と声を上げた。
「深森さんと羽丘さんがいないぞ」
アスカJr.も驚いて目をこらした。確かにさっきまで目の前にいた二人の姿がない。
「…誰を探してるの？」
突然、クスクス笑いとイタズラっぽい声が、アスカJr.と佐渡の真後ろから響いた。
少年たちは仰天して振り返った。そこには荷物を抱えた芽美と聖良が立っていた。そして聖良の手には、さっきまで佐渡が持っていたカメラと手帳が収まっている。佐渡は訳が分からず、一瞬にして空になった手を呆然と宙に泳がせた。
だがアスカJr.は、芽美がマジックを使って瞬時に二人の後ろに移動し、佐渡からカメラと手帳を取り上げたのだと気がついた。
聖良はカメラからフィルムを取り出し、手帳から数枚の紙を抜き取って笑顔で宣言した。
「これは没収させていただきますわ」
「…そ…そんなあ…深森さ〜ん！ 二人とも、いつから気付いてたんですか〜？」
半泣きの佐渡を、聖良は両手を祈りの形に組んで静かに諭した。
「悪いことはみんな、神さまがお見とおしです。アクセサリーショップの鏡には、お二人の姿が丸映りでしたわ」
鏡までは警戒心が及ばなかった尾行者たちは、無念のうめき声を上げた。尾行に気付いていながらショッピングを続けたのは、あちこち連れ回して懲らしめる作戦だったらしい。そして少年たちは見事に振り回され、疲れきったというわけだった。
「どうして声をかけてくれなかったの？」
回答によっては容赦しないと、芽美が腰に手を当ててアスカJr.をにらむ。
「…いや…その…羽丘と深森があんまり、くつろいで楽しそうだったから…。…なんだか邪魔しちゃいけねー気がして…。…声がかけ辛くてさ…」
アスカJr.は真剣に困りきった表情になり、これ以上ないほど深々と頭を下げた。
「オレが悪かった。嫌な想いをさせて本当にゴメン。…覚悟はできてる。煮るなり焼くなり、好きなようにしてくれ」
「…深森さん、羽丘さん、ごめんなさい」
しょんぼりと謝るアスカJr.と佐渡に、少女たちも怒りを持続できず、顔を見合わせた。
やがて「仕方ない」と、芽美と聖良は大きくため息をついた。
「もう二度とこんなことしないって約束してくれるなら、今回だけは許してあげるね」
「それと罰として礼拝堂まで荷物を運んでいただきますわ」
カメラ本体と手帳を返してもらった佐渡は、少女たちにこそこそと言いつけた。
「飛鳥は羽丘さんがクリスマスプレゼントになにをくれるのか、気になってたんですよ」
「佐渡！ てめっ！」
たちまち真っ赤になるアスカJr.に芽美の瞳が丸くなる。そして微笑みが少しずつ芽美の顔に広がった。
「…それでプレゼントがなにか分かったの？」
アスカJr.と佐渡は同時に首を横に振った。結局、芽美はプレゼントらしい物を買うそぶりを見せなかったのだ。二人の返答に芽美の笑顔が大きく花開く。
「…プレゼントはね、クリスマスまでナイショだよ♪」
わけ知り顔の聖良もクスクスと笑う。アスカJr.と佐渡は憮然としながらも、自分たちの所業を許してくれた少女たちにホッと息をついた…。
そして、二人の少年は肩で息をしながら、礼拝堂への長い道のりを重い荷物を抱えて帰って行った。彼らの後ろでは、手ぶらの芽美と聖良がおしゃべりしながら、のんびりと歩いて行く。
アスカJr.と佐渡が金輪際、女性の買い物をつけたりするまいと決意したのは言うまでもなかった…。
☆★☆★☆
毎年、聖ポーリア礼拝堂はクリスマスイブに特別な礼拝を開いていた。クリスマス礼拝では信徒によるクリスマスの聖劇や、クリスマスキャロルの合唱、キャンドルサービス等が行われる。ロマンチックなイブの雰囲気が味わえるため、信徒以外の聖ポーリア学院の生徒や、近隣の家族連れ、そしてカップルの参加も多かった。
クリスマスイブ当日。芽美はクッキーを配る聖良を手伝い、かつ礼拝に参列するため、聖ポーリア礼拝堂にやって来た。空は灰色の雲におおわれ、冷えきった空気はもうすぐ雪が降ることを暗示していた。
聖良の手伝いをするため、芽美の到着は信徒が集まる時刻より一時間早かった。だが、礼拝堂の入り口にはすでに、芽美と待ち合わせをしたアスカJr.の姿があった。芽美は荒い息を白く吐き出しながら、アスカJr.に駆け寄った。
「…ごめんなさい。待った？」
「いや。ちょうどオレも来たところだ」
微笑んで歩み寄るアスカJr.に、芽美は真っ先に一抱えもある包みを差し出した。
「メリークリスマス、アスカJr.！ クリスマスプレゼントだよ！」
赤と緑のリボンをほどき、もみの木をデザインした包みを開いたアスカJr.は、現れたプレゼントに驚きの声を上げた。
「…これは…テディベア…？ 羽丘が作ったのか？」
「うん。仕上げるのに、ついさっきまでかかっちゃった」
それは金茶色のふかふかしたクマのぬいぐるみだった。大きな空色のボタンの瞳と、優しく微笑むピンクの口元がどこか芽美に似ている。
芽美はクリスマスプレゼントのために、手芸品店でぬいぐるみのキットを購入したのだと、アスカJr.はようやく合点がいった。だが、れっきとした高校生、それも男性のアスカJr.へのプレゼントが、なぜテディベアなのかが分からない。礼を言いたくても、なんと返答すればいいか見当がつかず、アスカJr.は黙って芽美の次の言葉を待った。
この上なく真剣な表情で、芽美はアスカJr.を真っ直ぐに見つめた。両手を祈りの形に組みあわせて、少女は告げた。
「…手作りのテディベアは『いつまでも一緒にいられるお守り』だって聞いたことがあるの。ぬいぐるみなんてアスカJr.は好きじゃないと思うけど…嫌かもしれないけど…でも、よかったら受け取って欲しいの！」
―誰よりも大切で、大好きなアスカJr.といつまでも一緒にいたい…―
芽美の祈りの声が聞こえた気がして、アスカJr.は胸をつかれた。
その時、空から白いものが舞い降りた。それは次第に数を増し、芽美とアスカJr.、そしてテディベアを包んでいく。同時に上を向いた彼らは、ついに降り出した雪に頬をゆるめた。芽美がうれしげに言う。
「…ホワイトクリスマスだね！」
「去年も一昨年のクリスマスも雪だったよな、確か…」
なにげなく答えてから、アスカJr.は芽美と過ごして来た時間を思った。雪のように静かに、だが確実に、重ねて来た年の分だけ思い出も降り積もっていく。
…ケンカしたり、不安になったり、お互いの未知の面に驚かされたとしても、芽美が『いつまでも一緒にいたい』と願うのならば、きっとそれは叶うと、アスカJr.は確信した。なぜならば、共にあることはまた彼自身の願いでもあったから…。だからこそ、手作りのテディベアにこめられた芽美の気持ちは、アスカJr.にとってなによりうれしく愛しいものだった。
ぬいぐるみをそっと両手で包みこんで、アスカJr.は芽美にとびきりの笑顔を向けた。
「嫌なんかじゃねーよ。大事にする。…ありがとうな」
芽美がぱあっと花開くように笑う。それを見守りながら、アスカJr.はいよいよ自分がお返しをする番だと覚悟を決めた。
「…オレからもクリスマスプレゼントがあるんだ」
コートのポケットをごそごそとかき回し、芽美の手のひらに２枚のチケットを乗せる。雪の結晶をモチーフにした美しいデザインに芽美は声を上げた。
「『Ｗｈｉｔｅ Ｓｏｎｇ ＰａｒｔU』のチケット！？」
「…明日にでも一緒に観に行かねーか？」
うれしいが、素直に喜んでいいものか心配するように、芽美はアスカJr.の瞳を見つめた。
「…でも、アスカJr.はラブロマンス映画なんて、本当はあまり好きじゃないでしょう…？」
アスカJr.は勇気を与えてくれることを祈る気持ちで、テディベアを抱く腕に力をこめた。呼吸を整え、思いきって口を開く。
「…オレ、羽丘がどうしたら喜ぶかなんて、考えたこともなかったバカだけど…、やっぱり羽丘にはたくさん喜んで欲しいんだ。…映画でも買い物でも、羽丘が喜ぶならオレもつきあえるように、ちょっとずつでも努力するから。…これからもよろしくな…！」
―芽美が幸せだと、オレも幸せだから…―とは恥ずかしくて、口に出せなかった。だが、言葉にならないアスカJr.の想いを、芽美は読み取ったらしかった。
空色の瞳から大粒の涙が零れる。降り続く純白のベールに包まれて、微笑みながら少女はささやいた。
「…あたし…幸せだよ…。アスカJr.と一緒にいられて…」
芽美の涙にあせったアスカJr.は、困りきったあげくテディベアを突き出した。
「…泣くな」
これはぬいぐるみで顔を拭けと言う意味だろうかと、芽美は泣き笑いの表情でテディベアとアスカJr.を見比べた。
その時、礼拝堂の内側でパタパタという足音がした。扉が開き、すっとんきょうな声が上がる。
「雪だっ！ 深森さん、雪が降って来ましたよっ！ …あっ、羽丘さん！ 来てくれたんですねっ！ …なんだ、飛鳥もか」
芽美は慌てて涙をぬぐい、アスカJr.は慌ててテディベアを背中に隠した。動揺を見せまいとして、佐渡の露骨な態度の差にぎこちなく抗議する。
「…オレがいちゃ悪いかよ」
すると佐渡の後ろから、シスター姿の聖良が顔を出した。聖良は弾んだ声で彼らを手招いた。
「まあ、芽美ちゃん、アスカJr.。いらっしゃい。今日は大忙しですから、手伝っていただけるとうれしいですわ」
聖良に呼ばれて、佐渡が扉の向こうに消える。開け放たれた礼拝堂には、ろうそくや花で美しく飾りつけられた祭壇が見えた。
続いて扉をくぐりかけたアスカJr.は、ふと何かを思い出したように立ち止まった。振り返り、右手にテディベアを持ったまま、芽美に向かって左手を差し伸べる。
「…行こうか？」
「はいっ！」
芽美は輝く笑みを浮かべ、アスカJr.の手を取った。
…幸せな恋人たちと降り積もる雪を、金茶色のテディベアがただ穏やかな笑顔で見守っていた…。
＜おわり＞
この創作を、キリ番３０００を取って下さったテディベアさんに差し上げます♪
リクエストは「芽美ちゃんと聖良ちゃんが聖華市でお買い物をして、楽しい一日を過ごす話」
ということで、…どういうわけか、こういう話になりました（爆）
アスカJr.の視点で書こうと早くから決めていたのですが、なかなかアスカを思い通りに動かせず、
ずいぶんと難産になってしまいました…。悩めるアスカJr.…しかも、恋愛問題でなんて、
実にらしくないですよね…。イメージを壊された方がいらしたら、本当にごめんなさい…。
書いた当人も、こんなラブラブなお話になってしまうとは予想外でした…（笑）
それにしてもラブロマンス映画を観に行くなんて、アスカJr.は眠ってしまうに決まってますね。
後できっとアクション映画も観に行って、口直し（？）するんでしょう（笑）
この話の前年のクリスマス。すなわち、芽美ちゃんとアスカJr.が付き合い始めた、
最初のクリスマスになにがあったかをご存知ない方は、『怪盗セイント･テール』第７巻をどうぞ♪
あと、『テディベアがお守り』云々は、ＣＬＡＭＰさんの『カードキャプターさくら』からです♪
さて、最後になりましたが、テディベアさん、おめでとう＆ありがとうございました☆