このお話は、芽美とアスカJr.がつきあい始める、少し前くらいの時間を設定しています。
まだ芽美が片思いだった頃の、ドタバタな時代をお楽しみください♪
LOVE LETTERは永遠に ＜前編＞
神無月 風
日曜日。礼拝堂に誰もいない時間。シスター姿の深森聖良は、あかずのざんげ室を掃除していた。
世間をおさわがせしている怪盗セイント・テール。その正体は、父親が手品師、母親が元怪盗という羽丘芽美が、町の人の相談を受けた聖良の頼みで、困っている人たちを救うためにしていることだった。
迷える子羊を救う相談のため、秘密の会議室としてネコババした、あかずのざんげ室は、すっかり芽美と聖良の専用ルームとなっている。だが、いくら二人しか使わなくても、部屋がよごれることに変わりはない。
しかも、このざんげ室は、百年の伝統を誇る聖ポーリア学院と、聖ポーリア礼拝堂の創立当初からある、かなりの年代ものである。めだたないが、床にすきまができていたり、壁が痛んでいたりするので、こまやかな気遣いが必要だった。そのため、聖良は時々一人で、ていねいに掃除をしているのだった。
「ふー、そうじおわり！」
ピカピカになったざんげ室に、満足そうな笑みを浮かべた聖良は、モップを小脇にかかえて部屋のカギをとろうとした。ところが手がすべり、聖書を置く台の上にあったカギは、軽やかな音を立てて床に落ちた。
「あら、たいへんですわ」
台の下をのぞきこんだ聖良は、床のめだたないところに、細長いすきまがあることに気がついた。カギはすきまになかば落ちかけていて、拾いあげようとすると、なにかが先端にひっかかった。
聖良は注意深く、カギとカギにひっかかった物を、床のすきまからひきだした。それは一通の封筒だった。表はすっかりセピア色に変わってしまい、あて先やさしだし人の名前はかすれて、読みとれない。
なにげなく封の上に手をすべらせた瞬間、長い年月に耐えきれなかったのか、のりがはがれ、中の便せんがふわりと床に落ちた。
封筒ほどには古びておらず、両端がわずかに黄ばんでいる便せんを拾いあげた聖良は、声をあげた。
「…これは…ラブレター…！？」
そこにはたった三行の文字が、キレイに整った女性の文字で書かれていたのである。
『 佐々木 信一郎さま
あなたが好きです
高山 夏子 』
♪♪♪♪♪
「…というわけですの。できれば、佐々木信一郎さんに、このラブレターをお渡ししたいのですけれど、芽美ちゃんはどうしたらいいと思います？」
月曜日の朝。ホームルーム前の教室で、かなり年季の入った封筒と便せんを見せられて、芽美は真剣に考えこんだ。
「…なんとかしてあげたいけど、どこの誰かもわからないんじゃ…」
ちょうどその時、アスカJr.が教室のドアをあけて入ってきた。クラスメートから「おはよう」と声がかかると、笑顔で「おう」と答えている。
飛鳥大貴は、刑事の息子で、アスカJr.と呼ばれている。中学生にして、怪盗セイント・テール事件の総指揮をとっている、市長おすみつきの秀才であり、探偵のたまごだった。
芽美と聖良は、同時にポンと手を打った。
「…こーゆーことって、きっと探偵の仕事だよね。あいつも一応、探偵のたまごだし」
「アスカJr.なら、手助けをしてくださるかもしれませんわね」
二人はうなずきあって、席を立った。
芽美と聖良がそろって声をかけると、自分の席について、カバンから教科書を出していた、アスカJr.はきょとんとなった。
「羽丘、深森もどうかしたのか？」
すると、教室の反対側から、高宮リナがすっ飛んできた。自分のいないところで、芽美とアスカJr.に話をさせてなるものかという、敵意むきだしである。
「ちょっと！ アスカになんの用！？」
大柄なリナが両手を腰にあててにらむと、けっこう迫力がある。リナの将来の夢は婦警だそうだが、この迫力ならば、立派な警察官になれるだろう。むっとなった芽美も、負けずににらみ返す。バチバチと火花を飛ばしあう芽美とリナをよそに、聖良はアスカJr.に話しかけた。
「アスカJr.、相談があるのですが…」
だが、聖良がそれ以上言わないうちに、新聞部の記章を腕につけた佐渡真人が、いきなり割りこんだ。『相談』という単語を耳ざとく聞きつけたらしく、聖良の手をとって、ちゃっかりアピールする。
「アスカより、オレのほうがお役に立ちますよ！ 深森さん」
どうして、次々にメンバーが増えるのだろうと、内心、冷や汗をかきながら、芽美と聖良は交互に事情を説明した。ただし、手紙を見つけた場所は、あかずのざんげ室ではなく、礼拝堂の机の下ということになっている。
二人が話しおえた時、佐渡の瞳は、特ダネの予感にキラキラと輝いていた。
「長い間、隠されていたラブレターが、かわいい女の子たちの手によって見つけだされ、届けられる！ スクープだ！ オレたちの手できっと手紙を届けましょう！」
勢いこむ佐渡に、リナが水をさす。
「どうやって？ この手紙の状態じゃ、かなり古そうよ。ここの学校は創立百年。いつから礼拝堂にあったか知らないけど、さしだし人も相手も、とっくにいないかもしれないわ」
アスカJr.は、話をちゃんと聞いていたのかどうか、疑わしいほど、ぽや〜とした顔のまま、たずねた。
「…だいたい、どうしてその手紙を届けたいんだ？ 捨てるゴミがたまたま、礼拝堂の床に落ちただけかもしれないぞ」
「それはありえませんわ。あて先も書いてあって、封まできちんとされていたのですもの。 キレイに折られた便せんと、ていねいな字を見れば、高山夏子さんがどれだけ心をこめて、お手紙を書かれたか、分かりますわ」
アスカJr.は「どうだか…」と言いたげに、肩をすくめた。
「ずっと放っておかれたよごれた手紙なんて、いまさら届けたって意味ねーって」
どかあっ！ 突然、芽美につきとばされ、アスカJr.は椅子ごと、床にひっくりかえった。
「なにしやがる！？」
「もう頼まない！ あたし一人でも手紙を届けてみせるから！」
芽美の空色の瞳に、大粒の涙がたまっているのを見て、アスカJr.は「うっ」とたじろいだ。すかさず佐渡が、芽美の肩に手をかける。
「バカだな、アスカ。女性にとってラブレターというのは、特別なんだよ。…羽丘さん、アスカなんて放っておいて、オレたちだけで探しましょう」
「…待て。誰も手伝わないなんて、言ってねーだろ」
額に青筋を立てたアスカJr.に、芽美がつっけんどんに言い返す。
「無理に手伝ってもらわなくたって、けっこうよ！」
「そんなこと言って、なにか見つけるあてがあるのかよ！？」
今度は、芽美が「うっ」とつまる番だった。その時、聖良が進み出た。
｢二人ともケンカはやめてください。…芽美ちゃん、アスカJr.、わたしからお願いします。どうか手紙をお届けするのを、手伝ってください。わたしがこのお手紙を見つけたのも、きっと主のお導きです。何年たっていようとも、主は手紙が届けられることをお望みですわ｣
シスター見習のかがみのようなセリフに、たちまち二人はおとなしくなった。
「…礼拝堂にあったからと言って、聖ポーリア学院の卒業生とは限らないんだよな？」
しぶしぶのアスカJr.の質問に、聖良がうなずく。
「見習シスターが、町の人のお話を聞くというのは、礼拝堂ができた当時からのつとめだそうですから、町のどなたかが礼拝堂に持ってこられたのかもしれません」
「聖華市全体を調べる必要があるな」
予想以上に、手紙のあて先を探すのは、たいへんそうだった。だが、アスカJr.は平然とうそぶいた。
「羽丘じゃ、何年たっても見つからないぞ。オレにまかせろ」
「それ、どーゆー意味よ！」
「うるせーな！ 手伝うって言ってるんだろ！」
にらみあう二人の間に、リナと佐渡が割って入る。
「アスカがやるなら、あたしもやるわ」
「オレも手伝いますよ、羽丘さん！」
みんなに手伝わせようというもくろみが、見事に成功した聖良は、満足そうな微笑みを浮かべた。ここに、古いラブレターを届けるための、急ごしらえの調査団は誕生したのだった。
しばらく考えこんだあと、アスカJr.はこう指示した。
「とりあえず、深森はシスターたちに、二人の名前に心当たりがないか、聞いてみてくれ。佐渡は新聞部のつてがあるだろ？ そっちから調べてくれ。…あと、うちの卒業生だって可能性も捨てがたいから、羽丘と高宮とオレで、創立からの卒業生名簿を当たってみるか」
とたんに、リナはつんとあごをあげた。
「百年分の名簿をいちいち調べるですって！？ 冗談じゃないわ！ あたしは別行動をとらせてもらうわよ！ 考えがあるの！」
「待てよ、高宮。なにをするつもり…」と、アスカJr.は言いかけたが、その時、教室にシスターが入ってきた。すでに、朝のホームルームが始まる時間だった。
彼らは急いで自分の席に戻り、結局、リナがなにをするつもりかは、聞けずじまいだった。
♪♪♪♪♪
放課後、授業が終わると、それぞれは調査を開始した。
聖良は礼拝堂へ、佐渡は新聞部のOBがいるという、聖華市新聞社へ行くことにする。リナはホームルームが終わると、さっさと教室から出て行ってしまい、姿が見えなかった。
「高宮は市長の姪だし、なにかあてがあるんだろう。好きにさせるしかないな。…オレと羽丘で、名簿を調べよう」
アスカJr.が言い、他の者も異論は出さなかった。そして手紙は、佐渡が聖良にせがんで、借りていくことになった。
「調査の役に立つかもしれませんから、手紙をお借りします、深森さん。…心配しないでください。必ずオレが佐々木さんに届けてみせますから」
「まあ、うれしいですわ」
聖良の笑顔に浮き足だった佐渡は、スキップしながら教室を出て行き、聖良も着替えのシスター服を持って、礼拝堂へ向かった。
「…図書室に行くぞ。卒業生名簿があるはずだからな」
ぶっきらぼうに言い、さっさと教室を出るアスカJr.を、芽美は慌てて追った。
名簿が置いてあるのは、図書室の普段は使われていない副室で、司書の先生にアスカJr.が許可をもらい、芽美とアスカJr.は、せまい副室に閉じこもった。
「オレは古い順に見ていくから、羽丘は新しい名簿からさかのぼってくれ」
そう指示だけ出すと、アスカJr.は山盛りの名簿を憤然とめくり出した。その顔はひどく不機嫌そうだった。
−聖良に頼まれたから、アスカJr.はしかたなくやってるんだよね…？−
悲しい気持ちで、芽美は名簿を調べ始めた。
一時間も調べたのち、アスカJr.は「ダメだ。ぜんぜん見つからねー」と大きく息を吐いて、スチール椅子に寄りかかった。
「ごめ…」
謝りかける芽美を、片手をあげてさえぎる。
「謝るな。オレが手伝うって言ったんだ」
それから、アスカJr.はぼそりとたずねた。
「…女の子は本当に、自分が書いたやつじゃなくても、ラブレターならなんでも、特別なのか…？」
「頼むから、もう怒るなよ」と言いながら、しっかり適当な名簿を頭上にかざして、盾にしている。
アスカJr.が不機嫌に見えたのは、佐渡に言われたことを、ずっと考えていたためだと、芽美はようやく気がついた。芽美の中の悲しい気持ちが溶けていき、代わりにくすくす笑いが浮かんでくる。
「なに笑ってんだよ！？」
むっとするアスカJr.に、芽美は心をこめて言った。
「ラブレターはね、誰かの想いそのものなの。一行しかないラブレターでも、封筒も便せんも、書くペンだってとっておきを選んで、一生懸命に内容を考えて、何度も書き直して、やっと渡せる勇気が出るものだって、女の子なら誰でも知ってるもん。だから、女の子にとって、誰が書いたものでも、ラブレターは特別で大切なの」
「何十年も前の、誰が書いたか分からないやつでもか？」
「もちろん。…どれだけ昔かわからないけど、高山夏子さんは、佐々木信一郎さんのことが、本当に大好きだったと思うもん。だから、どうしても高山夏子さんの、その時に届けられなかった想いを、佐々木信一郎さんに届けてあげたいの」
「…羽丘もラブレターを書いたことあるのか？」
いきなりの質問に、芽美の心臓が飛びはねた。様子をうかがおうにも、アスカJr.が盾にしている名簿のせいで、おたがいの顔は見えない。ばつの悪い沈黙が、二人の間に落ちた。
ラブレターと言われて、芽美が思い出したのは他でもなく、セイント・テールとして、アスカJr.にいつも渡している予告状のことだった。
『…封筒も便せんもとっておきを選んで、一生懸命に考えて、何度も書き直して…』
それは、芽美がいつもしていることだった。
「…あたし…」
芽美は自分でも、なにを言おうとしているか、分からないまま、口を開きかけた。ところが、アスカJr.が、いきなり「あー！？」と叫んだ。
思わずビクッとする芽美に、盾にしていた名簿をさしだす。そのページには、佐々木信一郎と高山夏子の名前があった。
「いたぞ！ 五十年前の卒業生だ！ 同じ学年に名前があるんだから、間違いないよな！？ やっぱりうちの卒業生だったんだ！」
「この名簿を手がかりにすれば、きっとすぐに見つかるぞ。よかったな」と、さっきの質問をけろりと忘れて、無邪気に笑う。「うん」と、うなずき返しながら、芽美は決して言えない言葉を、そっと心の中にしまいこんだ。
−….本当はね、いつもあなたにあげているんだよ。…大切で特別なラブレター−
その時、副室のドアがノックされた。制服姿の聖良が顔を出す。芽美はニッコリして振りかえった。
「ちょうどよかった、聖良。佐々木さんが見つかったよ！」
｢…たいへんですわ！ 高宮さんが…」
聖良の言葉に、二人は息をのんだ。
♪♪♪♪♪
聖良に言われて、自分たちの教室に戻ってきた芽美とアスカJr.は、放課後の教室に、おおぜいの生徒が集まっていることにビックリした。
生徒たちをかきわけて前に出る。すると、教室の片隅に置かれているテレビが、聖華市のローカルニュースを映していた。そして、なんとデスクには、高宮リナが乱入していたのである。
｢お嬢さん、困りますってば、マイク返してください！｣
必死ですがるアナウンサーをぶっ飛ばし、リナはマイクのボリュームを最大にして、怒鳴った。
「聖ポーリア礼拝堂に『佐々木信一郎さま あなたが好きです 高山夏子』って、古い手紙が落ちていたの！ この名前に心当たりがある人、もしくは本人！ 今すぐ名乗りをあげなさい！」
集まった生徒たちは、おもしろがって大騒ぎしている。芽美がおそるおそる、まわりを見まわした。
「…学校でこれだけ集まってるってことは、外に出ればきっと、町中大騒ぎだよね…」
聖良が心配そうに、両手を祈りの形に組む。
「…昔のラブレターって、気恥ずかしいものだと聞きますし、こんなにめだってしまっては、かえって名乗ってくださらないかも…」
リナの考えとは、マスコミを通じて、広く聖華市に呼びかけるという、アスカJr.も一度はしたことのある方法だった。リナらしい、思いきりのいい行動と言えるが、過去の恋愛という、少々微妙な問題だけに、どういう結果を生むかは予想もつかなかった。三人は冷や汗をかきながら、顔を見あわせた。
「…とにかく、手紙を持ってるのが、オレたちだってばれないうちに、教室を出よう」
ところが、ちょうど教室に飛びこんできた佐渡の大声によって、三人の脱出ははばまれた。
「アスカ、ここにいたのかっ！？ たいへんだ！ 手紙が盗まれた！」
「なんだとお！？」
教室から逃げようとしていることも忘れ、アスカJr.は思わず、怒鳴り返した。
｢新聞社に行った時に、たまたまゴシップ記者のジョニー堀田が来ていたんだ！ 使いようによっては、いいゴシップになるって、いろいろ聞いてくるから、おかしいと思ったんだけど、ちょっとオレが席を外したすきに、手紙がなくなってたんだ！ 盗ったのは、あいつしかいない！｣
「オレの特ダネー！」と、じだんだを踏んで悔しがる佐渡と、くわしい事情を聞こうとするアスカJr.に、教室中のやじうまがどっとおしよせた。
「手紙って、さっきテレビで、高宮が言ってた手紙か！？ 盗まれたって本当かよ！？」
「ラブレターって、実物を見たのか！？ 教えろよ、佐渡！」
もみくしゃにされ、たまりかねたアスカJr.が悲鳴をあげる。
「おまえら、一度に集まるのは止めろー！」
その時だった。純白の封筒が天井から落ちてきて、アスカJr.の顔にぺたっと貼りついた。
「なんだ…？」
大騒ぎの中でも、つい律儀に封を切った瞬間、パンッという音ともに、封筒が破裂し、紙ふぶきと万国旗が乱れ飛んだ。最後に、端にリボンが結ばれたカードが、手元に残る。
「…えーと、『今夜 堀田邸に「ラブレター」をいただきにまいります Ｓｔ．Ｔａｉｌ』！？」
アスカJr.の絶叫に、集まった生徒たちが「セイント・テールが出たぞー！」と、一気にはしゃぎだす。
次の瞬間、教室はそれまで以上の、すさまじい騒ぎになっていた。聖良とともに、生徒たちにもみくしゃにされながら、芽美はこっそり、わけ知り顔の聖良に向かって、Vサインを出していた。
＜後編へ続く＞