LOVE LETTERは永遠に ＜後編＞
夜ふけの礼拝堂。祭壇の前で一人、シスター姿の聖良が祈っていると、静かに表の扉をあけて、入ってくる芽美の姿があった。
聖良と並んで立ち、祭壇に向かって祈りをささげる。その肩には、ハリネズミのルビィがちょこんと座っていた。
｢…主よ、タネもしかけもないことを、おゆるしください…｣
そして、芽美はどこからともなく、シルクハットをとりだすと、かけ声をかけた．
「…ワン…ツー…スリー！！」
シルクハットからルビィが飛び出して、愛らしく「きゅうっ」と鳴き、紙ふぶきが散る。
次の瞬間、そこには、ポニーテールをなびかせて、漆黒のステージ衣装をまとった、怪盗セイント・テールの姿があった。セイント・テールからルビィを預かりながら、聖良は心配そうに告げた。
「芽美ちゃん、どうか気をつけて。堀田さんは手紙を持って、今夜は聖華新聞社で寝ずの番をするそうですわ」
「大丈夫！ 誰かの大切なラブレターをゴシップにするなんて、神さまだって許さないわ！ 神のご加護がある限り、怪盗セイント・テールに不可能はない！」
そして、二人はそっと、両手を祈りの形に組んだ。
「…わたしたちに…神のご加護がありますように…」
礼拝堂を元気よく飛び出していくセイント・テールの後ろ姿を、ルビィを抱えた聖良は、祈りの文句を口にしながら、見送った。
聖華新聞社では、警官隊をひきつれたアスカJr.が、ジョニー堀田氏にセイント・テールの予告状があったため、警備をさせてほしいことを申し出ていた。
堀田氏は警備に関しては快く了解したが、手紙を盗ったかという質問には、否認をくりかえした。
｢ラブレター？ さあ、オレはもてるからね〜｣
平然とうそぶく相手を、アスカJr.はキッとした表情でにらんだ。
「とにかく、しっぽのやつめが現われるのは確かですから、今夜ひと晩、護衛をつけさせてもらいます。あなたが盗んだ手紙の件は、セイント・テールをつかまえてから、改めて確認させてもらいましょう」
「…ま、ご自由に」
あっさり言って、堀田氏はカメラを構え、アスカJr.の写真を一枚とった。
「なるべく大がかりにしてくれたほうが、こちらとしてもありがたいね。うわさの怪盗セイント・テールを激写なんて、最高のネタだからね」
｢言っておきますが、現場での指揮権はオレにあります。勝手な行動は捜査のジャマになりますから、場合によっては、カメラをとりあげさせてもらいます｣
クギをさすアスカJr.の瞳は、｢セイント・テールを、ゴシップ記事にされてたまるものか！ 盗まれた手紙も、必ず取り返して見せるぞ！｣と言っていた。
「さあ、セイント・テール！ どっからでも来い！」
お約束のセリフを、にぎりこぶしでアスカJr.が叫んだとたん、いきなり室内の明かりが消えた。警備の警官たちがざわめく。
突然、部屋の窓ガラスがこなごなに砕かれた。
砕かれた窓には、屋上から下げられた長いロープにつかまる、ポニーテールの少女のシルエットがあった。そして、セイント・テールは、ほがらかな声で挨拶した。
「こんばんは！ おさわがせしてごめんなさい！ ラブレターは確かにいただいたわ！」
「なに！？ 堀田さん、本当ですか！？」
アスカJr.につめよられ、堀田氏は「バカな！」とうめき声を上げた。
「どうして手紙のありかが分かったんだ！？」
セイント・テールの写真を撮ることも忘れて、近くに置いてあったカメラの機材入れをつかむ。だが、機材入れのふたをあけたとたん、堀田氏はすっとんきょうな声をあげた。
｢おかしいぞ！ 手紙はちゃんとここに…！？｣
機材入れに、古びた手紙が入っているのを確認して、セイント・テールはニッコリした。
｢手紙の場所を教えてくれて、ありがとう！ イッツショータイム！」
シルクハットがふるわれると同時に、大量の手紙が洪水となって、室内にあふれだした。アスカJr.や堀田氏、警備の警官たちが、身動きひとつとれずに、手紙の渦の中に沈んでいく。
「ひきょうだぞ！ セイント・テール！」
絶叫するアスカJr.は、小柄なせいもあって、すでに首まで埋もれていた。
「…ワン…ツー…スリー！！」
セイント・テールがパチンッと指を鳴らすと、堀田氏の手の中からラブレターがパッと消えた。代わりに、どこからともなく万国旗が飛んできて、堀田氏をぐるぐる巻きにし、天井につりさげる。
「悪いことはみんな、神さまがお見とおしよ！ もう人の手紙を盗もうなんて、考えないことね！」
「セイント・テール！ 待て！」
アスカJr.が再び、絶叫した時には、ポニーテールをなびかせた少女の姿は、するするとロープにつかまって、屋上に消えていこうとしていた。
手紙の海を根性で泳ぎきり、部屋の外に出ると、アスカJr.は新聞社の階段を猛ダッシュで駆けあがった。屋上にたどりついた時、セイント・テールは巨大な風船に乗って、ちょうど夜空へと浮かびあがったところだった。
「待て！ 手紙を返せ！」
アスカJr.は風船に向かって、こぶしを振りあげた。
「…羽丘が、どうしても手紙を届けたいって言ってるんだ！ 顔もしらない誰かのために、届け先をいっしょうけんめいに探してる！ だから、羽丘の手で届けさせてやりたいんだ！」
どんどん遠ざかる風船を前に、アスカJr.ががっくりとひざを折った時、セイント・テールはシルクハットをかかげた。
「…ワン…ツー…スリー！！」
いろとりどりの花がシルクハットからとびだし、屋上へと降りそそぐ。思わず伸ばしたアスカJr.の手の中に、古びた手紙がそっと舞い降りた。
「さよなら！ あとはよろしくね！」
セイント・テールの別れの言葉が、甘い花の香りに乗って届く。
「次こそは、絶対につかまえてやるからなー！」
大事そうに手紙を持ったまま、捨てゼリフを怒鳴るアスカJr.の前で、風船はみるみるうちに姿を消してしまった。
♪♪♪♪♪
翌朝、クラス中の質問攻めにあったアスカJr.は、ひととおり、事件の経過を説明した。
｢堀田さんは、はしごが届くまでひと晩中、宙づりだったせいで、もうセイント・テールを激写するのはあきらめて、新しいゴシップネタを探すって言ってたぞ｣
「それより、ラブレターは？ ちゃんととりかえしたんだろうな？」
佐渡の質問に、アスカJr.はけろっと首を横に振った。
「悪いな。セイント・テールに持っていかれた。今頃、佐々木さんのところに届いているんじゃねーか？」
「あたしが苦労して、ニュースで呼びかけてあげたのに、佐々木さんが誰だか分からなかったの！？」
リナが眉をつりあげるのにも、「しかたねーだろ」と言い返す。
「結局どこにも、佐々木さんと高山さんの名前は見つからなかったんだ。手紙がどこに行ったかを知ってるのは、セイント・テールだけだ」
がっかりした佐渡やリナ、生徒たちが、それでも一応、事件の解決を見たということで、ぞろぞろと自分の席へと戻っていく。アスカJr.は、もの言いたげな顔をしている芽美に、すれちがいざま、ささやいた。
｢…放課後、礼拝堂まで来てくれ｣
♪♪♪♪♪
放課後の礼拝堂。祭壇の前では、真剣な表情で祈りをささげるアスカJr.の姿があった。芽美が表の扉をあけて入っていくと、アスカJr.は組んでいた指をほどき、照れた笑みを浮かべた。
「…うそをついちまったから、神さまに謝ってたんだ。…手紙なら、ここにあるぞ」
ポケットから、ラブレターをとりだしてさしだす。だが、芽美はうけとろうとしなかった。
「…どうして、うそなんかついたの？ 手紙をとり返したのなら、正直にそう言えば、アスカJr.の評判だって、もっとあがったのに。…それに、佐々木さんの居場所もしらないって…」
まっすぐな瞳を向けられ、アスカJr.は困った様子で、そっぽをむいた。
「…よくわかんねーけど、『大切で特別』なんだろ？ みんなに大騒ぎされるのは、いやなんじゃねーかって思ったんだ」
アスカJr.は誰がいやがるのか、口に出さなかったが、芽美には自分を思いやってくれたためだと分かった。胸がいっぱいになり、そっと呟く。
「…ありがとう…」
しんみりした雰囲気に、アスカJr.はぎこちなく両手を動かした。
「…そ、それより、深森が電話して、佐々木さんが名簿の住所に、今も住んでることを確かめてくれたぞ。…届けて来いよ、手紙」
手柄をムダにしたのに、まるでそんなことは問題でないと言いたげに、アスカJr.は優しい笑みを浮かべている。その笑顔に惹かれるように、芽美は古いラブレターをうけとった。ニッコリと告げる。
「今から、届けに行こうよ！ アスカJr.も一緒に…！」
♪♪♪♪♪
聖良に教えてもらった住所は、聖ポーリア学院からそう離れていない、古いお屋敷だった。
玄関のベルに答えて、ドアを開けたのは、髪の両脇をおだんごにした、芽美より少し年上の少女だった。
「ようこそ。シスター見習の方から、お電話をいただいて、祖父がお待ちしております」
応接間に通された芽美とアスカJr.を出迎えたのは、白いひげを伸ばした品のよい老人だった。
老人は座っていたソファーから立ちあがり、両手を広げて二人に挨拶した。
「テレビを見て、連絡をしようと思っていたのだが、その前にシスター見習の方に電話をいただいてね。手紙を届けてくださると聞いたので、こうして待っていたのだよ」
「…あなたが、佐々木信一郎さんですか？」
アスカJr.の質問に、老人はうなずいた。芽美がおずおずとさしだした手紙を見ると、佐々木氏の瞳が輝いた。こわれものをあつかうように、そっと手紙を受け取り、もう字も読み取れない封筒を、いとおしそうになでる。
古びた便せんをひらいたとたん、佐々木氏の瞳から大粒の涙が浮かび、こぼれ落ちた。
「…ありがとう。わしは長い間、これを待っていたのだよ」
意味がわからず、きょとんとする芽美とアスカJr.に、老人の孫娘が説明した。
「あなた方が見つけてくださった手紙は、亡くなった祖母が、聖ポーリア学院の生徒だった時に、祖父にあてて書いた手紙だと聞いています。…どうしても、渡す勇気が出なくて、礼拝堂にお祈りに行った時に、落としてなくしてしまったのだとか」
「…それじゃ、高山夏子さんは…？」
芽美の質問に、孫娘はテーブルに置かれた写真立てに視線を移した。
「…去年、亡くなりました。私の祖母…佐々木夏子です」
写真立てには、夫と並んで幸福そうに微笑む老女の姿があった。
「…大切な手紙をなくしたと言って、礼拝堂で泣いている彼女に、わしが声をかけたのが、二人のなれ初めでね。…後になって、わしあての手紙だったと知ったが、二人とももう見つからないものだとあきらめていた。ニュースを見て本当に驚いたよ」
手紙を抱きしめて、かつての少年は優しくラブレターの返事をつぶやいた。
「…ありがとう。私も君が好きだよ。…昔も、今も…そしてこれからも」
老人の言葉はなにより、芽美とアスカJr.の心に深く染みとおった。
しばらく世間話をしたのち、二人はお屋敷を辞去した。門の外まで見送ってくれた孫娘が、感謝をこめて二人に言った。
「シスター見習の方にもお礼を申しあげてください。あんなに嬉しそうな祖父は久しぶりでした。…祖母が亡くなってから、祖父はずっと元気がなかったんです。きっと、手紙が見つかったのも、神さまのお導きですね」
「ありがとう」と、孫娘に手を握られた芽美が、いきなりボロボロと泣き出して、アスカJr.はぎょっとなった。両目をごしごしとこすりながら、芽美は謝った。
「…ごめんなさい。手紙が届けられてよかったって思って、ホッとしたら、涙が出ちゃって…」
「…そうですか。本当に…ありがとうございました」
何度もお礼を言われながら、芽美とアスカJr.は帰路についた。
夕暮れの道を並んで帰ることになった二人だったが、芽美はずっとグスグス泣いており、アスカJr.は、かなりばつの悪い思いをしていた。
ようやく芽美の涙がおさまったところで、アスカJr.はぼそりと言った。
「…手紙、届けられてよかったな。…信じていれば、どんな想いも届くってことだよな、きっと」
その言葉に芽美はハッとなった。アスカJr.の信じる想いと言えば、『セイント・テールをつかまえたい』という望みしか、考えられなかった。結局、アスカJr.にとって、一番大切なのはセイント・テールで、どんなことがあっても全部、セイント・テールに対する気持ちに、結びついてしまうのだと、さびしく思う。
「…それって、セイント・テールをつかまえたいってことだよね…？」
ところが、アスカJr.はきょとんとして、首を横に振った。
「そうじゃなくて…、羽丘の手紙を届けたいって想いが通じたんだろ、セイント・テールに。セイント・テールが手紙をとり返してくれて、よかったな」
とっさに返事ができず、芽美はうつむいた。
『羽丘の手で届けさせてやりたいんだ！』
必死で怒鳴っていたアスカJr.の姿を思い出す。あのセリフがなかったら、芽美は、セイント・テールとして、そのまま手紙を佐々木さんの家へ届けていただろう。
―違うよ。アスカJr.が、あたしに届けさせたいって、言ってくれたからだよ―
でも、それは言えないことだった。うつむく芽美の気持ちなど分かるはずもなく、アスカJr.は急に嬉しそうになった。ごキゲンな様子で、何度もうなずく。
「…でも、そうだよな！ 信じていれば、絶対につかまえられるってことだよなっ！？」
「…つかまえられるといいね」
芽美はそっと微笑んだ。…言葉にして伝えられない、たったひとつの想い。それは、羽丘芽美であっても、セイント・テールであっても、アスカJr.が大好きだということ。
―…ずっと、あたしをあきらめないでいてね…―
「…お、おうっ」
泣きやんだ芽美の、とびきりキレイな笑顔にドキッとしながら、アスカJr.もまた、特上スマイルを返す。そしてアスカJr.は、芽美に右手の小指をさしだした。
「手紙のことは、みんなにはないしょだぞ」
「…うん」
そっとアスカJr.の小指に、自分のそれをからめながら、芽美は思った。
―あたしの想いも、いつか届くのかな…？ 信じていれば、いつか、きっと…？ …それまで届け続けるから、大切で特別なラブレターを…―
笑顔で約束をかわしあう二人の、夕日を浴びた長い影は、いつしかぴったりと寄り添っていた…。
＜おわり＞
リナちゃんとか、佐渡くんとか、ジョニ田さんファンの方、ごめんなさい〜。聖良ちゃんも、出番がだんだんなくなってしまいました〜。
ルビィちゃんなんて…ふっ（もう笑ってごまかすしかない(^^;)）でも、神無月はみんなが好きです〜。それだけは本当です〜。
…あと、アニメ派の方は、あかずのざんげ室の存在をしらないはず…。しらない方はコミックスを読みましょう(笑)