【９・イリヤの告白】
それから毎日、は撮影所に通った。
撮影所への行き帰りや休憩時間、遠目にジョニ田の姿を見かける事はあったが、大して近づいて来る様子もなく、撮影の邪魔をされることもなかった。
かつてジョニ田がスキャンダルをものにするため、Ｍｉｎｋにひどくつきまとった前例からすると、彼はに対してまだ本気を出していないように思われた。ジョニ田の真意は分からなかったが、何より撮影が大事だと、はとりあえずジョニ田のことは考えないようにした。
水原愛純との共演は、Ｂｌｏｓｓｏｍのメンバーとの撮影と違い、常に戦いだった。の演技が少しでも気に入らないと、愛純の容赦ない言葉が飛んでくる。愛純は休み時間もモニターを熱心に見て、撮影の進み具合、全体の写りを確認している。時にはスタッフに対しても、遠慮なく厳しい意見を投げかけた。愛純がスタッフから疎まれているのは、どうもその辺が理由でもあるらしい。
そうやって愛純の人柄に触れるにつれて、はいろいろ欠点もあるものの、愛純の才能と、プロ意識の高さ、そして、それに伴う努力には敬意を抱くようになった。
イリヤも全快して撮影に戻り、いろんなシーンを演じていくうちに、現場を覗きに来たみんく、真帆子、叶花も「あたし達がいなくても大丈夫だね」とニッコリするほど、は撮影現場に溶けこんでいった。
その日は、イリヤと愛純のラブシーンにが遭遇する場面の撮影だった。
場所は病院の屋上。屋上のフェンスにもたれたは、数歩離れた位置に立つに尋ねた。
「『久しぶりね、…。この３年間、あなたを思い出さない日はなかったわ。…あなたは、あたしを少しでも想っていてくれた？』」
「『…』」
自嘲の笑みを浮かべるを、苦渋の瞳で見つめ返す。突然、はフェンスを離れ、の腕の中に飛びこんだ。
「『逢いたかった…！』」
うつむくから、うめきに近いすすり泣きが漏れた。の腕がの背に回りかけ、途中で止まる。
「『、オレ達は…』」
タイミングよく、は屋上に続くドアを開けた。同時にハッと息を呑む。
「『…さん!?』」
振り返ったが震え声で呼びかける。
「『、はあたしの…かけがえのない大切な人なの！ 親友のあなたが奪わないで！ お願い！』」
言葉もなく、呆然と立ち尽くすをカメラがアップで写し出す。
「カット！ ＯＫ！ いいぞ、３人とも！」
すっかり演技にのめりこんでいたは、監督の怒鳴り声で我に返った。気がつくと、頬が熱く目の辺りが濡れていた。いつのまにか泣いていたらしい。
―これはただの俳優の演技で、ドラマのワンシーンに過ぎないんだから―
そう考えようとしても、涙は止まらなかった。
「今のオレの演技、どうだった？」
マネージャーからタオルを受け取ったイリヤが、明るく笑いながらに近づく。だが、様子がおかしいのに気づき、笑顔は消え去った。
「ちゃん…？」
差し出されたタオルで、急いで頬を拭いつつ、は無理に微笑んだ。
「ご、ごめんなさい。イリヤくんと愛純さんの迫真の演技って、本当にすごいですよね。なんだか胸が痛くなっちゃって…」
イリヤは優しく笑い、の唇に人差し指をそっと当てた。
「もしかして、ちょっとは妬いてくれた？ 嬉しいな。…でも、安心して。オレの本命はちゃんだけだから」
「はぁっ!? か、からかうのはやめてくださいっ！」
顔を赤くして、すっとんきょうな声を上げるに、イリヤはくすくす笑いながら楽屋へ行ってしまった。だが、が一番面食らったのは、イリヤの言葉よりもむしろ、それを聞いた途端、涙がふっつりと止まったことだった。
―ドラマの登場人物“”の気持ちにシンクロしてるせいだ、きっと―
そう思いながらも、なにか違うような気がしてならなかった。
※※※※※
撮影は進み、いよいよの最後の撮りとなった。それは“”が“”に告白するクライマックスシーンの撮影でもあった。
その日は本来はオフであるはずの愛純が見物に来ていた上、Ｍｉｎｋｌｅの３人も応援に駆けつけており、の緊張は頂点に達していた。
「大丈夫。今まで通りやれば、きっとうまくできるよ！」
「ちゃん、がんばれ〜！」
「あたし達が応援してるからね！」
Ｍｉｎｋ、Ｍａｃｏ、Ｃａｎｏｎの声援を受けながら、は気合を入れて、本番に入った。
病院の庭をがそぞろ歩いていると、反対側からやって来たが声をかけてきた。
「『こんにちは。病室に行ったら、ここにいるって聞いたものだから。調子はどう？』」
を見たは、一瞬、身を引きかけた。だが思い直し、無理に作った明るい口調で答える。
「『ええ。術後の経過も良くて、来週には退院できるみたいなんです』」
「『本当に元気そうだね。安心したよ』」
はのぎこちなさに気づいているのだろうが、そんな素振りは見せず、ただ優しく微笑んだ。その笑顔に惹かれるように、は１歩、に近づいた。
「『初めて会った時、ここで、さんのギターを聴いたんです。なんて暖かくて優しい、素敵な音色なんだろうってビックリしました。･･･きっとさんの心が優しいから、奏でる音楽も優しくなるんですね』」
「『･･･そんな事を言われたのは初めてだよ。なんだかくすぐったいな。ありがとう』」
の笑顔が大きく広がる。だが、そこにはどこか他人行儀な礼儀正しさがあった。と自分の間にある壁を感じ、胸に痛みを覚えて、は唇をきゅっとひきしめた。
「『さん。…今日はどうしても聞いて欲しい事があるんです…』」
「『なに？ オレに相談かい…？』」
心臓が早鐘を打っている。弱気になるまいとして、は深々と息を吸いこんだ。そして、をまっすぐに見つめて告げた。
「『…あなたが好きです。初めて会った時から、ずっと』」
が驚きと戸惑いの表情でを見つめる。は口早に付け加えた。
「『返事はいりません。さんがを愛しておられることは知っていますから。…ただ、聞いて欲しかったんです。ありがとうございました』」
そのままくるりと背を向けて立ち去ろうとするを、切羽詰ったの声が止めた。
「『待ってくれ！』」
振り返るの手首をが捕まえた。
「『オレもキミに惹かれている。きっと初めて会った時から』」
喜びよりも驚きが大きいに、は悲しげに微笑んだ。
「『確かにオレはを愛していた。…でも、オレ達は決して結ばれないんだ。オレとは…血の繋がった兄妹だから』」
「『そんな!? だって、はさんが従兄だって…』」
息を呑むに、は淡々と語った。３年前、恋人同士だった彼らに、の父が告げた真実。それははの父の息子だという事だった。亡くなったの父は子どもが望めない体質だった。そのため夫妻は、夫の兄の精子を用いて、の出産にこぎつけたのだった。
「『叔父が、事故死した息子の身代わりとして、オレに病院を継がせたがっていると、その時、知ったんだ。…だから、オレは家を出て、とも別れた。そして、ミュージシャンになる道を選択したんだ』」
は諦観の表情で、を見つめた。
「『…こんなオレでも、キミは好きだと言ってくれるのか…？』」
その時、の浮かべた表情は、一途で暖かなものだった。
「『さん、例えあなたが何者でも、どんな過去を持っていても、想いは変わりません。あなたを…愛しています』」
尊いものに触れるようにはそっとの頬に手を伸ばした。
「『初めて会った時からずっと、オレはキミのその言葉を待っていたのかもしれない』」
ふっきれたような、清々しい表情を浮かべると、彼を優しく見つめる。２人の視線が絡み合う。
そのまま時が止まった。カメラだけが回っている音がする。本来ではここで「カット！」の声がかかるはずなのだが、一向に監督の指示が出ない。
勝手に演技をやめる訳にも行かず、は視線だけで、イリヤに“どうなってるんでしょう!?”と訴えた。イリヤも戸惑いを瞳に浮かべている。ただでさえ、イリヤとのラブシーンに、心臓が爆発しそうなほど高鳴っているのに、このままではは緊張でどうにかなってしまいそうだった。
「…キミといると心が安らぐ。これからはずっと傍にいて欲しい」
いきなり台本にないセリフを発すると、イリヤはを抱きしめた。
「え!?」
唐突なアドリブに対応できず、体をこわばらせるに、イリヤは小声でささやいた。
「しっ！ とりあえず演技を続けよう」
イリヤに従うべきか否か、判断に迷う。その時、は抱き寄せられたイリヤの胸から伝わってくる、心音に気づいた。のものとは違う、しかし速く脈打つ響きに、は安堵した。
―イリヤくんもドキドキしてるんだ―
動揺しているのは自分だけではないと分かり、知らずに余裕が生まれた。
「……」
思い切ってささやくと、はイリヤの髪に手を伸ばした。子どもをあやすような優しさで、亜麻色の髪をなでる。イリヤの肩がびくりと震えた。
顔を上げると、のすぐ目の前にイリヤの瞳があった。２人の心音が重なり合う。の胸にひとつの想いが膨れ上がった。それは、今、目の前にいるこの青年を、どうしようもなく愛しく想う気持ちだった。
―好き。…この気持ちは演技なんかじゃない。…イリヤくんが…大好き―
「……愛してる」
まるで最初から台本にそう書かれていたように、イリヤの顔がに近づいた。もまた自然な仕草で、瞳を閉じた。
「カット！」
慌てた様子で監督の声がかかるのと、Ｍｉｎｋｌｅの「きゃーっ!!」という悲鳴が撮影現場に響き渡るのは、同時だった。
周囲が騒然となる中、とイリヤはさっと互いから離れた。温もりの感触が残る唇を両手で覆い、は声もなくイリヤを見つめた。一方のイリヤは肩を落とし、むしろ悄然としているように見えた。
「…ちょっと！ うちの大事なタレントに何をするんですかっ!?」
真っ先に我に返ったのはモトハルだった。スタッフの間からすっ飛んで来て、をかばうようにイリヤの前に立った。
「監督！ 事務所はの…きっ…キスシーン許可は出していませんっ！ これはどういう事ですか!?」
拳を振り上げるモトハルに、椅子から降りてきた監督が困った口調で答える。
「ドラマの宣伝を兼ねて、秋の“ＮＧビックリ大賞”に上げてもらう、面白いＮＧシーンが必要でね。イリヤくんとちゃんの慌てた表情をネタにするつもりだったんだが、２人がいい雰囲気になってしまったんで、こっちが慌ててしまったよ。…いつのまに２人は付き合っていたんだね？ 一部報道のちゃんの移籍ソロデビュー、あれはデマじゃないのかい？」
「…２人が付き合ってる…!?」
雷にでも打たれたように動きを止め、モトハルはを見つめた。
「、どういうことなんだ!? オレは何も聞いていないぞ！」
パニック状態のモトハルを制したのは、意外にも愛純だった。いつの間にか、カメラの前まで歩いて来ていた愛純は、「落ち着きなさい！」の一声でモトハルを黙らせると、よく通る声で言い放った。
「イリヤくんの“なりきり病”がまた出ただけでしょう？ 慌て騒ぐことじゃないわ。…ちょっと、あなた！」
愛純ににらまれて、モトハルはたじたじとなった。
「を楽屋で休ませてあげて。この場はあたしがなだめておくわ」
「…あ、ああ」
冷静さをやや取り戻したモトハルは、の肩に手を置いて、その場から離れた。
※※※※※
控え室に戻るとモトハルには、Ｍｉｎｋｌｅが付き添った。部屋に入り、ドアを閉めると、はモトハルに頭を下げた。
「ごめんなさい。アドリブに入ったら、訳が分からなくなっちゃって…。でも、イリヤくんとお付き合いしてる訳じゃないし、渡米の返事もまだしてないよ。どうか信じて」
すかさずＭｉｎｋ、Ｍａｃｏ、Ｃａｎｏｎが口添えする。
「ちゃんはこんな大切な事でウソをついたりする子じゃないよ。先輩、ちゃんを信じてあげて」
「ちゃんが渡米の話を決めたり、イリヤくんと両思いになったのなら、真っ先にあたし達に教えてくれるはずじゃん」
「ラブシーンでわざとカメラを止めずに、俳優の反応を見るネタは“ＮＧビックリ大賞”でもよくあるしね。イリヤくんのなりきり病だっていつものことだし。今回はどう考えても、不可抗力ですよ」
「…」
名前を呼ばれて、おずおずと顔を見ると、モトハルは厳しい表情をしていた。
「本当に、イリヤとは付き合ってないし、渡米や移籍もＯ．Ｋ．した訳じゃないんだな？」
「本当だよ。信じて」
は必死でうなずいた。
「…それと、もうひとつ聞くけど、…キスシーンは、イリヤとか監督に強要されたものじゃないんだな？」
ハッキリがうなずくと、モトハルは「そうか」とうなずいた。
「分かった。を信じよう」
とＭｉｎｋｌｅが同時に安堵のため息をついた。
「…でも、ビックリしたぁ。ちゃんってば意外とダイタン！」
Ｍａｃｏに言われて、は赤面した。
「イリヤくんらしくない行動だよね…」とＣａｎｏｎが考えこむ。
「『ＥＤＥＮ』の撮影の時は、ほっぺたのキスに変えてくれたのに…」
Ｍｉｎｋも呟いた。は憔悴していたにも関わらず、「えっ!?」と思わず声を上げてしまった。
「『ＥＤＥＮ』って、Ｍｉｎｋちゃんとイリヤくんの主演ドラマだよね!? ラストのキスシーン、あれ、本当のキスじゃなかったの!?」
「ドラマのイメージが…」と恨めしげな顔をするに、Ｍｉｎｋは「ごめんねっ」と両手を合わせて頭を下げた。
「台本ではそうなってなかったんだけど、『ほんとうのキス』じゃないからって、イリヤくんがわざとほっぺたに変えてくれたの」
Ｍｉｎｋの気持ちを知っているは、イリヤの言う『ほんとうのキス』の真意を理解した。
―きっと、Ｍｉｎｋちゃんのモトハルくんへの想いに気づいていたから、イリヤくんはキスしなかったんだ。Ｍｉｎｋちゃんがそれだけ好きで、大切だったんだね―
では、自分に対してイリヤはどうだったのかと考えると、は深くて暗い穴に突き落とされたような気分になった。
の暗い表情を見て取って、Ｃａｎｏｎがさりげなく話題を変えた。
「それにしても、水原愛純が止めに入るなんて、一体どういうつもりなのかな？ ちゃんを嫌っていじめてた訳じゃないの？」
「水原愛純はこのドラマに賭けてるみたいだからな。当然だろう」
さらっとモトハルが答え、とＭｉｎｋｌｅは「それ、どういう意味？」と異口同音に尋ね返した。
「今回のドラマで“”は“”と“”を愛憎のしがらみから解放し、別々の人生を歩み始めるきっかけを作る、重要な存在だろう？ その“”役のが恋人役のイリヤと揉めたなんて噂になったら、放映前からドラマの人気に影が落ちるからな」
「…ごめんなさい」
自分の行動ひとつで、ドラマには大きな影響が出るのだと思い知り、はしょんぼりと謝った。モトハルはの頭をくしゃっと撫で、強い口調で言い切った。
「は悪気がなかったんだから、いいじゃないか。…さあ、この話は終わりだ」
その時、楽屋のドアがノックされ、スタッフが顔を出した。
「ちゃんはもう大丈夫ですか？ 監督からお話があるそうですけど」
「あ、大丈夫ですっ！ ご迷惑をおかけしてすみませんでしたっ！」
は急いで立ち上がった。ショックを受けた後だというのに、そんな様子は見せず、ハキハキと応答するその態度を、モトハルとＭｉｎｋｌｅは頼もしげに見つめた。
が撮影現場に戻ると、監督を始め、愛純やたくさんのスタッフの姿があった。…少し離れた、スタッフの影になっている場所には、イリヤも佇んでいた。
愛純は艶やかな微笑を浮かべると、に歩み寄り、手に持った純白の薔薇の花束を差し出した。
「今日であなたの撮影は無事終了ね。おめでとう、。これはスタッフ一同から、あなたへのお祝いと感謝の気持ちよ」
が花束を受け取ると、スタッフから一斉に拍手が鳴り響いた。花束の重みを感じ、豊かな香りを胸いっぱいに吸いこんで、は涙ぐんだ。
「…ありがとうございます、皆さん！ 皆さんとご一緒の時間を過ごせたことを、心から誇りに思います！」
「最初はどうなることかと思ったが、短い間に随分と成長した。…、キミはいい女優になるだろう。機会があれば、キミを使って別の作品も撮ってみたい。その時はよろしく頼むよ」
監督が微笑みながらかけてくれたのは、にとって何よりも嬉しい言葉だった。はうわずった声で「はいっ！ ありがとうございますっ！」と答えた。
再び拍手が起き、は幸せな気持ちで拍手に応えた。
※※※※※
その後、Ｍｉｎｋｌｅは雑誌のインタビューがあると言って、その場を離れた。モトハルは最初、についているか、Ｍｉｎｋｌｅに同行するかで迷っていたが、が「もう大丈夫」と頑固に言い張ったため、Ｍｉｎｋｌｅと共に出かけて行った。
１人残ったは、着替えるために控え室へ戻った。撮影が全て終了して、若干の寂しさはあったが、なによりも充足感がの心を満たしていた。…たったひとつだけ、イリヤと仲直りできていないことが気がかりだった。
着替え終わって、控え室を出ようとした時、ドアがノックされた。スタッフかと思い、「どうぞ」と答える。
入って来たのは、イリヤだった。イリヤは楽屋のドアを開け放しにしたままで室内に入り、に向かって、深々と頭を下げた。
「…さっきはごめん」
一気に乾いてしまった唇を湿らせながら、は明るい笑いで、この場を紛らわせようと努めた。
「いいえっ！ こちらこそ本当にごめんなさい。ＮＧビックリ大賞、逃しちゃいましたねっ！」
あはは…という、わざとらしい笑い声を、イリヤは強い口調でさえぎった。
「いい加減な気持ちや、演技で、キミにキスした訳じゃない」
食い入るようなイリヤの視線に、は戸惑い、恐れを抱いた。それをふりはらおうと、わざとは拗ねた素振りで、唇を尖らせた。
「以前、キスしそびれたＭｉｎｋちゃんが、撮影を見物していたからですか？ ひどいですよ。身代わり扱いなんて」
「違う！」
イリヤの秀麗な顔が歪んだ。こらえていたものを吐き出すように、イリヤは一息に告げた。
「ちゃん、キミが好きだ。キミと会う時はいつだって、このまま一緒にいられたら、と願っていた。…頼む。オレとＬ．Ａ．へ行って欲しい」
突然の告白に、は硬直した。何か言わねばと思うのに、頭が真っ白になってしまって、何も答えられない。
「開けっ放しで無用心ね。ラブシーンの撮影はもう終わったはずよ」
冷たい声が２人の間の緊張を崩した。いつのまにか、愛純とジョニ田がドアの前に立っていた。
振り返る２人に、愛純は仰々しく一礼をしてみせた。
「お楽しみのところを邪魔して悪いけれど、メイクさんが探していたわよ、イリヤくん。まだあなたの今日の撮りは終わってないんだし、早く行ってあげたらどう？」
「愛純さんはに大事な話があるそうだ。ちょっと席を外してもらえねーか？」
意地悪くジョニ田もそう言うと、ひらひらと手を振った。
「ちゃん。…返事を待ってるから」
イリヤはの瞳を見つめて、そう告げると、足早にその場を去った。イリヤがいなくなると、はへたへたとその場にしゃがみこんでしまった。
「おいおい。大丈夫かよ？」
さりげなくジョニ田が手を差し出し、をパイプ椅子に座らせてくれた。だが、そんな態度にはごまかされなかった。
「…今のバッチリ撮ったんでしょう？ イリヤくんとのスキャンダルを狙ってるんですもんね」
「そりゃもうバッチリ。今のカメラは性能が良くてね。映像で撮れる上、音声が入るんだ」
悪びれもせず、にんまりとジョニ田は答えた。が「いい加減にしてください」と怒鳴る前に、愛純が言い放った。
「見なかった事にしてあげてもいいわよ。あなたがあたしの言う通りにするならね」
「バードミュージックの皆さんにご迷惑をかける行為ならお断りします」
キッパリ言い返すに、愛純は唇の端を皮肉っぽく上げて笑った。
「律儀な上に威勢がいいわね。あなたのそういうところが好きよ。…、弱小事務所も渡米も辞めて、あたしの事務所へ来なさい。給料は今の３倍…いいえ、５倍出すわ」
鳩が豆鉄砲を食らったような気分で、は「今、なんて言いましたっ！？」と聞き返した。自分の耳が信じられなかったのである。噛んで含めるように愛純は繰り返した。
「あたしはあなたが気に入ったの。あたしはいずれ帝国テレビの社長になるわ。その時、片腕になってくれる人材が欲しいのよ。裏の仕事ならジョニーに任せられるけれど、表の仕事を担ってくれる人が必要なの。…あたしを良く理解してくれて、決して裏切らない、頭の切れる、クリーンな知名度の高い、そんな相手がね。あなたはそれにピッタリだわ」
「…もしかして、この撮影に推薦してくれたのも…？」
「勘がいいわね。あなたの人物を見極めるためよ。期待を裏切らない、いい仕事をしてくれて嬉しいわ」
愛純のことをプロ意識の高い少女だとは思っていたが、美貌のアイドルの顔の下に、怜悧な経営者の顔まで隠し持っていたとは、には驚きだった。
「あなたを共演者に選んだ理由はそれだけじゃないわ」と付け加えて、イタズラっぽく愛純は笑った。
「イリヤくんに恋をしているあなたなら、きっとヒロイン“”に気持ちを重ねて、いい演技をするって分かっていたもの。今日のラブシーンは、まるっきり恋人同士みたいだったわよ」
度肝を抜かれたの表情を見て取って、愛純は肩をすくめた。
「あら？ もしかしてあなた、今日まで自分の気持ちに気づいていなかったの？ “ＷＨＡＴ’Ｓ ＯＮ”で、あなたがイリヤくんについて話す様子で、あたしはすぐに分かったけど」
女の勘は恐ろしいとは本気で思った。だが、愛純は笑みを素早く消すと、厳しい口調で断言した。
「悪いけど、Ｌ．Ａ．には行かせないわ。あなたはあたしがもらうわよ」
「そんなことを言われても困ります！」
「そうよね。Ｂ．Ｍ事務所にもまだ未練があるみたいだし」
少し考える素振りをした後、愛純は人差し指を立てた。
「１週間だけ待ってあげる。それまでに身の回りを整理して、あたしのところへいらっしゃい。…１週間経っても、あなたが来なければ、どんな手段を使ってでも、あたしのところへ来るように仕向けて見せるわ」
「…そんなのズルイ。要するに、絶対に移籍しろってことじゃないですか！」
憤然として言い返すに、得意満面の笑みを浮かべて、愛純は宣言した。
「あなたに選択権はないわ。あなたがうちに移籍した後のＭｉｎｋのショックが見物よねっ」
ジョニ田を伴い、高笑いをしながら去っていく愛純を、は呆然と見送った。
続く
＜あとがき＞
イリヤくんとのラブシーンです！ 書いててあちこちかゆかったです（をいこら）今回のラブシーンは、
渡辺徹さんと榊原郁恵さんの話が元ネタです。2人が両思いになる以前、ドラマのキスシーンの撮影で、
本当は郁恵さんが徹さんを突き飛ばすはずだったのに、気がつくと2人は夢中でキスしていて、
ＮＧになってしまった（笑）とか。俳優さんカップルならではの、かわいいエピソードだなと思って、
ネタにしちゃいました（笑）あと、今回のあずみん、なんか恐いです。別人です〜（滝汗）すみません。
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