【７・テレビでピンチ！？】
定時きっかりに歌と情報の生放送番組、“ＷＨＡＴ’Ｓ ＯＮ”はスタートした。番組は順調に進み、後半の新人タレント紹介コーナーへ移った。
「さて今週の“フレッシュ☆フェイス”。ゲストは話題の新ユニット“Ｂｌｏｓｓｏｍ”です。どうぞ」
水原愛純がにこやかに告げる。５人の少女達は笑顔でカメラに手を振りながら登場し、思い思いにセットの椅子へ腰掛けた。の席は台本の指示により、愛純の真隣だった。
「こんにちは。初めまして」
愛純は親しげな微笑みを浮かべ、に話しかけた。つい１時間前、恐ろしい形相でにらみつけたのと同一人物とはとても思えない。
「Ｍｉｎｋｌｅのみんなと茜有香ちゃんには以前にもこの番組に出演してもらってるけど、ちゃんは初めてだよね。いくつか質問してもいいかな？」
「は、はい！」
今週の“フレッシュ☆フェイス”は、新人のへの質問を中心に構成されている。台本通りの前振りに、は緊張しながらもうなずいた。
愛純はピンクの舌をちろりと覗かせて唇を湿らせると、にマイクを向けた。
「ちゃんはイリヤくんにソロでスカウトされたって本当？ 半年後にユニットが解散したら、事務所を移籍して、ＧＩＬから全米デビューするんでしょう？ ソロ活動に向けての意気込みとか聞かせてもらえる？」
スタジオ中に驚愕のざわめきが起こり、は全身から血の気が引くのを感じた。Ｍｉｎｋｌｅの３人も声が出ないほど驚いている。
もちろん、こんな質問は台本にはない。イリヤがをスカウトした事は、バードミュージックの社員とイリヤ自身しか知らない極秘情報だ。
ただ１人、愛純の質問にも笑顔のまま動じなかった少女、有香が小声で謝った。
「やん、ごめんなさい♪ 有香、あんまり嬉しくて、つい愛純さんにお話しちゃったの♪」
「･･･有香ちゃ〜ん」
地の底を這うようなＭｉｎｋｌｅのうめき声を聞きながら、は覚悟を決めた。背筋を伸ばして愛純をまっすぐに見据える。
「はい。ソロデビューのお誘いは確かにありました。でも、実はまだお誘いを受けるかどうかは、お返事していないんです」
「それはどういう意味かしら？」
まさか、正直に認めるとは思っていなかったらしく、愛純が気色ばむ。
「今回、イリヤさんからは“女の子が夢を叶える”プロジェクトの人材を探しておられると伺いました。そして、“自分自身の将来の夢”についてご質問を受けたのですが、何も答えられなかったんです。だから、お返事を待っていただくようにお願いしました。･･･今はＢｌｏｓｓｏｍの活動を頑張りながら、“自分の将来の夢”を探したいと思っています」
「お返事の期限はいつまでなの？」
はとっさに具体的な日時についてはぼやかした。
「Ｂｌｏｓｓｏｍの活動が終了した後です。それに、見つけた夢がイリヤさんのプロジェクトにふさわしいかどうかも、まだ分かりません。その場合は、もっとふさわしい方がプロジェクトに選ばれると思います」
ハキハキ話すに、スタジオの雰囲気も「なるほどね･･･」と好感を帯びたものに変わった。一方、うまくはぐらかされたと知り、愛純の眉がキリキリとつりあがる。
憤然として愛純は立ち上がると、の手を取り、テーブルの前に押し出した。
「今日はちゃんがお得意のダンスを披露してくれるそうなんです。さあ、どうぞ！」
これまた台本無視。素人のが、ＢＧＭもない場所で、いきなり踊れるはずがない。
スタジオの全てのカメラがへと向けられ、スポットライトが集中する。その眩しさに、は立ちくらみを起こしかけた。
だがその時、の脳裏に、いつかのイリヤの言葉がよみがえった。
『歌やダンスは特別な才能を持つ者だけのものじゃない。…人を本当に魅力的に見せるのは、その人の心が持つキラメキなんだ』
は深呼吸し、下腹に力を入れた。そして、口を大きく開けると、目一杯、陽気に歌い始めた。
「あー、よかったよかったよかったぞ♪ よかったよかったよかったよ♪ よかったよかったよかったね♪」
歌に併せて、両手両足を振り上げ、クルクルと舞う。満面の笑みを浮かべて、得体の知れない盆踊りを始めたに、その場にいた全ての者が凍りついた。
「･･･こ、このダンスって一体･･･？」
マイクを握り締めたまま、呆然と愛純が呟く。頭痛をこらえるように片手で額を押さえながら、Ｃａｎｏｎが説明した。
「ＭｉｎｋとＭａｃｏが作ったダンスで、『よかった音頭』ってあたし達は呼んでます。嬉しい事があると、よくああやって踊ってるんです」
ＭｉｎｋとＭａｃｏは目配せしあうと、笑顔で立ち上がった。
「あたし達も踊ろうよ！」
２人はの側に駆け寄ると、一緒に歌い踊り始めた。楽しげに踊り狂う３人を、愛純を始め、スタジオスタッフが呆然と見守る。
その時、瞳をキラキラと輝かせて、有香が立ち上がった。
「みんな、楽しそう〜♪ 有香も踊りたい〜♪」
そう言うと、無邪気な笑顔でリズムを口ずさみ、手拍子を始めた。有香に釣られて、会場の観客やスタッフも手を叩き出す。
愛純は何か皮肉に満ちたコメントを述べようと、口を２、３度開閉させた。だが、何も言えなかった。
それほど、踊っている３人は楽しげで、誘いこまれるようなリズムには、愛純もごく自然にマイクをもったまま、手拍子を取っていたのだった。
やがて達３人は踊り終え、スタジオ中から盛大な拍手を受けながら、深々と礼をした。
フッと唇から笑みを零し、愛純はカメラに告げた。
「楽しいダンスを披露してくれたＢｌｏｓｓｏｍのちゃんでした。Ｂｌｏｓｓｏｍのこれからが楽しみですね！」
そして“ＷＨＡＴ’Ｓ ＯＮ”はエンディングを迎えた。
眼鏡をかけた陽気な西プロデューサーがスタッフの間から現われ、の肩を叩いた。
「いや〜、よかったよ、ちゃん！ 『あのダンスについて詳しく教えて欲しい』『曲の発売日はいつだ？』って問い合わせで、電話もＦａｘも鳴りっ放しだ！ メールもどんどん届いているよ。今年の流行語大賞候補の誕生だね！」
「はあ！？」
は面食らって、西プロデューサーの顔をまじまじと見た。とっさにＭｉｎｋとＭａｃｏから伝授された“よかった音頭”しか思いつかず、ブーイング覚悟で踊り始めたのに、意外にも大ウケだったらしい。
Ｂｌｏｓｓｏｍの仲間達とモトハルもの側に駆け寄り、「放送が無事に済んでよかったね！」と口々に告げる。
しかし、突然、Ｍｉｎｋｌｅの表情がこわばった。愛純がＢｌｏｓｓｏｍのメンバー達のもとへ、つかつかと歩み寄って来たのだ。
Ｍｉｎｋｌｅとモトハルが敵意をこめてにらみ、有香が無邪気に「愛純さん♪」と声をかける。だが、それらを無視して、愛純はに片手を差し出した。
「今日は出演してくださってありがとう。お疲れ様でした」
「こちらこそ、ありがとうございました」
も慌ててその手を握り返す。手を離す瞬間、愛純は素早くの耳元に口を寄せ、小声で、だがハッキリとささやいた。
「気に入ったわ、。また逢いましょう」
これは宣戦布告なのか、それとも休戦協定の呼びかけなのか･･･。がその意味を図りかねている間に、愛純は身を翻し、堂々とした足取りでスタジオから出て行った。
愛純とはまだ一悶着ありそうだという予感を抱きながら、真紅の嵐のような女王様の後ろ姿を、は見送った。
※※※※※
翌日、バードミュージックに出勤したを待ち構えていたのは、笑顔のモトハルと有香、困り顔のみんくとオム、そして仏頂面の真帆子と叶花だった。
「すごいぞ、！ ドラマの仕事が入った！」
「女優デビュー、おめでとう♪ ちゃん♪」
両手を広げ、に抱きつかんばかりの勢いでモトハルが叫び、浮かれた口調で有香が拍手する。
「ええっ！？」
いきなり言われて面食らうに、２人は嬉々として説明した。
「２年前、イリヤと水原愛純主演で放映された、月９人気ドラマ『ガラスの星座たち』がこの秋、２時間スペシャルドラマとして放映されるんだ。現在撮影中のそのドラマから、に出演依頼が来たんだよ！」
「愛純さんが“ＷＨＡＴ’Ｓ ＯＮ”でちゃんと知り合って、すごく気に入ったんですってぇ♪ ぜひ共演したいって、直接プロデューサーにお願いしたって言ってましたよぉ♪」
どう答えていいか分からず、は視線を真帆子と叶花に向けた。すると、真帆子が鼻息荒く、腕まくりをして立ち上がった。
「あたしは反対だからね。水原愛純がわざわざちゃんを指名するなんておかしいよ。ドラマの撮影現場でちゃんをいじめるつもりじゃないの！？」
「インターネットでも、『ガラスの星座たちＳＰ』は水原愛純のワガママがひどくて、撮影が難航してるって噂になってます。ちゃんに出演依頼が来たのも、愛純がもともとのキャストが気に入らなくて降板させた後、代役が決まらなかったせいらしいし。あたしも引き受けるべきじゃないと思います」
真帆子の隣で、厳しい表情をした叶花も大きくうなずく。
だが、有香とモトハルが、２人の発言に異議を唱えた。
「えぇー？ 鳥海サンも森山サンも愛純さんを誤解してます！ 愛純さんはそんな意地悪な人じゃないです！」
「『ガラスの星座たち』と言えば、超人気ドラマだぞ？ しかも今回、準主役級の配役を、ぜひに演じて欲しいって言われてるんだ。これを引き受けなくてどうする？ イジメが恐くてアイドルがやれるか！」
モトハルと有香、真帆子と叶花がにらみあい、火花が散る。事務所におどろおどろしい雰囲気がたちこめた。
『･･･モッくんが依頼を受けて来てから、みんなずっとこんな調子なんだよ･･･』
オムがの肩にちょこんと止まり、ため息をついた。同じく困り顔のみんくがに尋ねる。
「ちゃんはどうしたいかな？ あたしはちゃんが決めたらいいと思うけど」
スミレ色の瞳に見つめられて、は恐る恐る口にした。
「･･･う〜ん･･･引き受ける以前に、ドラマなんて初めてなのに、いきなり準主役なんてできるのかな･･･」
はＣＭやプロモーションビデオには既に何本か出演しているし、演技経験が全くゼロという訳でもない。一応、アイドルデビューが決まった時から、俳優として必要な、身体表現から発語発声、感情表現にいたるまで演技の基礎、応用レッスンも続けている。
だが、ドラマというのは完全に未体験ゾーンである。それに、Ｂｌｏｓｓｏｍの仲間がいない撮影現場というのも初めてで、不安が大きかった。
みんくは優しい笑顔で、の腕にそっと触れた。
「大丈夫。ちゃんなら、きっとできるよ。心配しないで。･･･それに、ちゃん、言ってたじゃない。“将来の夢”を探したいって。それってもしかして、女優さんのお仕事かもしれないよ？ 色んなお仕事にチャレンジしてみるのもいいんじゃないかな」
その信頼感の根拠はどこにあるのだろう･･･？ と思いながらも、はみんくの言葉と、てのひらから伝わる温もりに勇気づけられた。
「誰だって最初は初心者なんだ。何事もチャレンジだぞ」
２人の会話を聞いていたモトハルも横から「うんうん」とうなずいている。
は“自分はどうしたいのか”を考えこんだ。
初めての体験で不安はある。愛純の真意も分からない。だが･･･俳優の仕事への興味と憧れが、の心の中には確かにあった。
恨めしげな真帆子と叶花に「ごめんね」と両手を合わせ、は思い切って言った。
「そのお仕事、お引き受けします。･･･ううん、やらせてください、ぜひ！」
「よし、よく言った！」
モトハルがぐっと親指を立て、分厚い封筒を差し出した。
「台本と資料だ。来週から撮影現場へ行ってくれ。･･･大丈夫、オレもついてく。水原愛純の好きにはさせないさ」
「ちゃん、頑張って♪」
有香も瞳をキラキラさせて、両手を祈るように組み合わせている。
「はいっ！」
笑顔で封筒を受け取るに、叶花と真帆子は同時にため息をついた。
「叶花ちゃん、真帆子ちゃん、ごめんね」
しょんぼりと再び頭を下げるを、叶花が「ストップ！」と制止する。
「ちゃんがそう言うなら、仕方ないじゃない。あたし達も協力するわ。なんでも聞いてね。すぐにパソコンで調べてあげる」
「撮影現場にもできる限り、応援に行くからね！ 意地悪な愛純なんかぶっ飛ばしてやるんだから！」
真帆子が拳を「えいえいおー！」と振り上げる。
「ありがとう、叶花ちゃん、真帆子ちゃん！」
は感極まって、２人の手をぎゅっと握り締めた。それをみんくとオムが「良かったね」と笑顔で見守り、モトハルと有香が「やった！」と諸手をあげて喜ぶ。
応援してくれる仲間達がいる幸せを噛み締めつつ、は新たな仕事に向けて、気合を入れた。
※※※※※
その後、モトハルは有香をグラビア撮影の現場に送って行った。そこではみんく達に頼んで、事務所近くの稽古場に移動し、演技指導してもらった。
３人はＷＡＮＮＡ−ＢＥを使って、“名優”のＭｉｎｋｌｅに変身し、の指導に当たった。
『ガラスの星座たち』は２年前、イリヤと水原愛純主演で人気を博したトレンディドラマである。愛純が歌う、イリヤ作詞作曲の主題歌『Ｗｉｔｈ』は一躍、ミリオンセラーとなった。放映当時、も毎週欠かさずに見ていたので、よく覚えている。そのドラマが今回、帝国テレビの開局３０周年を記念して、スペシャルドラマとして復活するらしい。
前回のドラマでは、総合病院の院長を父に持つ、中学２年生の主人公“”を水原愛純が、その従兄で医大生の“”をイリヤが演じていた。
幼い時に両親を交通事故で亡くした“”は“”の両親に引き取られ、２人は兄妹同然に育てられる。しかし、次第に２人の間には恋心が芽生えていった。
互いに惹かれあいながらも、それを許されない２人は、いつしか言葉や態度で傷つけあう事で、恋慕の情を隠すようになる。その一方で“”に恋するクラスメートも現われ、また過去の事故が“”に暗い影を落とす。２人はさまざまな問題に巻きこまれ、すれ違い続けながらも、互いへの想いを深い愛情へと育てていく。
ドラマの終盤では、隠されていた事故の真相が明らかになる。実は“”には“”と同い年の兄がいたが、彼は“”の身代わりになった形で、“”の両親と共に事故で亡くなっていたのだった。そして、更に明かされる２人の出生の秘密…。全てを知った“”は家を出る事を決意する。
最終話では、“”は大学を退めてギタリストになる道を選択し、両思いになった“”にも別れを告げるところで、ドラマは終了した。
そして今回の特別編はドラマの終わりから３年後の、２人の再会と成長を描くらしい。
“”は今や業界で才能が認められ、ギタリストとして独り立ちしている。一方、高校２年生になった“”は、“”への想いを忘れず、彼との別れにいまだ深く傷ついていた。
の配役は“”のクラスメート兼、親友で、その名も“”という役柄。
ある日、“”は授業中に突然倒れる。検査の結果、重い病気にかかっていて、手術が必要だと診断される。ショックを受けた“”は、心を閉ざし、手術を拒否する。そんな“”を、“”は一心に励ます。
“”の努力の甲斐もあり、偶然“”の歌声を聴いた事をきっかけに、“”は元気を取り戻す。そして、いつしか“”に恋心を抱き始める。そんな“”に“”はやるせない思いを抱くという筋書らしい。
“”役はＭｉｎｋ、“”役をＣａｎｏｎが仮に引き受け、Ｍａｃｏは横で見物している。
セリフの読み合わせの後、動きをつけるために、は台本を片手にＭｉｎｋと向かい合った。
がちゃりとドアを開ける仕草をして、明るい口調でＭｉｎｋが言う。
「『…、お見舞いに来たよ』」
は無言で、Ｍｉｎｋに背を向ける。表情を曇らせるＭｉｎｋだが、無理に陽気さを取り繕い、再び言う。
「『これ、お見舞い。ゴメンね、今月ピンチで、うちにある雑誌とか適当に持って来たんだ。それと、の今週分の授業ノート』」
無言のままの。さすがにＭｉｎｋも暗い面持ちを隠しきれず、口ごもりながら告げる。
「『さっき･･･おばさんに会ったよ。･･･手術･･･したくないってが言って、ケンカになったって』」
「『･･･には分からないよ』」
ぼそりと呟くに、傷ついた表情を見せるＭｉｎｋ。
「『どうしてそんな事言うの？ なんだって相談して来たじゃない、あたし達。の役に立ちたいのに･･･』」
「『今は何も聞きたくない。放っておいて』」
台本のセリフを繰り返しながら、はいらだちのため息をついた。自分でもハッキリ分かるくらい、演技がぎこちない。
「ちゃん、セリフはゆっくり、はっきり発音して」
「もっとリラックスしないと。表情が硬いよ」
容赦のない、ＭａｃｏとＣａｎｏｎの指示が入る。
「ちゃん、“演技しよう”って考えちゃダメだよ。“演技は小手先のワザじゃなくて、演じる人の心を映すものだ”って言うよ。ドラマの登場人物にちゃんもなりきらなきゃ」
Ｍｉｎｋに言われ、は頭を抱えてしまった。
「なりきるって言われても…」
しばらくに稽古をつけた後、Ｍｉｎｋｌｅは生放送のラジオ番組に出演するため、その場から転送した。
は１人で練習を続けたが、どうもうまくいかない。その時、稽古場のドアがノックされて、モトハルが顔を出した。
「どうだ？ 練習ははかどってるか？」
は上目遣いになり、両手をあわせて、モトハルに頼みこんだ。
「…それが、なかなかうまくいかなくて…。今、時間ある？ もし良かったら、相手役のセリフを読み上げてもらえないかな？」
「ああ、いいよ」
うなずくと、モトハルは台本を受け取った。に示された箇所、病院の庭を散歩中の“”に“”が声をかけるシーンの、“”のセリフを読み上げる。
「『こんにちは。病室に行ったら、ここにいるって聞いたものだから。調子はどう？』」
「『ええ。術後の経過も良くて、来週には退院できるみたいなんです』」
「『本当に元気そうだね。安心したよ』」
見事なまでの棒読みである。名マネージャーも演技の才能はないらしい。は笑いたくなるのをこらえて、１歩モトハルに近づいた。
「『初めて会った時、ここで、さんのギターを聴いたんです。なんて暖かくて優しい、素敵な音色なんだろうってビックリしました。･･･きっとさんの心が優しいから、奏でる音楽も優しくなるんですね』」
「『･･･そんな事を言われたのは初めてだよ。なんだかくすぐったいな。ありがとう』」
「『さん。…今日はどうしても聞いて欲しい事があるんです…』」
「『なに？ オレに相談かい…？』」
は息を吸った。そして、ゆっくりと告げた。
「『…あなたが好きです。初めて会った時から、ずっと…』」
突然、モトハルが吹き出した。苦しそうにお腹をよじり、勢いあまって台本を閉じてしまう。
「…ごめん。…何て言うか…あんまりヘタな演技だから…！」
モトハルには言われたくないと、は頬を膨らませた。
「ごめんごめん。･･･でも、ＣＭやプロモビデオ撮影の時は、もっと生き生きと楽しそうに演技してたじゃないか」
そう言ってモトハルは、の鼻の頭を指先で軽く弾いた。
「…今のの演技には心がこもってないんだ。好きな相手に告白する時、キミならどんな行動に出る？ 思い出してごらん」
穏やかに尋ねられ、は思わずうつむいた。
「…告白の経験なんてないから分かんない…」
突然、モトハルは手を伸ばし、を抱き寄せた。ポンポンと背中を叩き、耳元でささやく。
「経験なくたって、想像はできるだろう？ 今だけ、オレを恋人だって思ったらいいよ」
モトハルの体温を感じて、は全身が熱くなるのを感じた。混乱しながら、うわずった声で叫ぶ。
「…な、な、なに言ってんのよっ！？」
だが、が勇気を振り絞ってモトハルの腕から逃れると、相手は真っ赤な顔で笑っていた。
「…って反応が素直で、本当に面白いよな」
「…ひどい！」
からかわれたと知り、の顔色が変わる。が本気で怒っているのに気付き、モトハルは慌てて笑うのを止めた。
「悪かった。からかったりして、本当にごめん。…熟練した俳優さん達に混じって演技するのは、も不安だよな。…でも、無理に背伸びしなくてもいい。今ののベストを尽くせば、きっといい演技ができるよ」
の頭にぽんと手を置いて、モトハルは優しく言った。
「うん、頑張る」とが微笑むと、モトハルは腕時計を見た。
「そろそろ生放送が終わる時間だな。Ｍｉｎｋｌｅを迎えに行って来るよ」
「忙しいのに、手伝ってくれてありがとう」
せきこんでお礼を言うに「いいんだよ」と笑顔を向けると、モトハルは稽古場のドアに手をかけた。そのまま出て行こうとして、ふと振り返る。
「あ、そうだ。事務所にイリヤからＦａｘが届いてたぞ？」
ジーンズのポケットを探り、くしゃくしゃに折りたたまれた紙を取り出す。渡された紙をは丁寧に引き伸ばして開いた。
そこには、に至急渡したい荷物があるので、手間をかけるが、モトハルに下記の住所まで取りに来て欲しいと書いてあった。その下にはイリヤの自宅らしいマンションの住所と、最寄駅からの簡単な地図まで載っている。
ドラマの撮影が入って忙しいイリヤとは、しばらくバードミュージックのメンバーも会っていない。
「イリヤくんが至急渡したい荷物ってなんだろう…？」
「…さあ？ とりあえず、このマンションはラジオ局の近くだから、オレが今からもらって来るよ」
とっさにはモトハルの袖を掴んでいた。
「だったら、行きだけ一緒にバイクに乗せてもらえないかな？ 帰りは１人で帰れるから」
モトハルは目を丸くしたが、すぐにうなずいた。
「オレが受け取っても、に渡すのは明日以降になるからな。急ぐなら直接、受け取ったほうがいいかもしれない。…でも、はバイクの免許って持ってるのか？ タンデムの経験は？」
「え？ 免許も経験もないけど？ でも、モトハルくん、いつもＭｉｎｋちゃんを乗せてるよね？」
“なにか問題でも？”と目顔で問いかけるに、モトハルは「…怖くても絶対に暴れるなよ？」と真面目くさって告げた。
※※※※※
はモトハルに渡されたヘルメットをかぶり、バイクのタンデムシートに乗りこんだ。
目的地まで大した距離ではなかったが、はモトハルのバイクに乗った事を心底、後悔した。まるで“レールのないジェットコースター”に乗ったも同然だったのである。
タンデムで安全に走るには、後ろに乗った者が膝を固めた適度な姿勢を保ち、ハンドル操作に合わせて体重移動ができないといけない。見た目はカッコイイが、タンデム経験ゼロのにとって、それはまさに命がけだった。
前から来る風圧で、常に後ろに引っ張られた状態だというのに、コーナーリングの度に左右に揺すぶられ、段差を乗り越えれば、体が上下に浮き沈みする。エンジン音と風切音は耳をつんざき、ものすごいスピードで風景が左右の視界を流れていく。対向車や並走車が体のすぐ側を通っていくようで、は振り落とされまいとモトハルに必死でしがみついた。
ようやく目的のマンションに到着した時、は全身、震えが止まらなかった。
まずモトハルは自分がバイクを降り、それからを抱き上げて軽々と降ろしてくれた。ぐったりと地面にしゃがみこむに、茶目っ気たっぷりに尋ねる。
「お疲れさん。どうだ？ 帰りも迎えに来てもいいけど？」
「いい！ いらない！ 電車で帰る！ お願い、電車で帰らせて〜！」
は頭がもげそうなほど、思いきり横に振った。
「分かった。気をつけて帰れよ」
クスクス笑いながら、モトハルはからヘルメットを受け取った。そして軽く片手をあげると、そのままラジオ局へと去って行った。
続く
＜あとがき＞
やっと出ました〜。お待たせして申し訳ありません〜。ドラマの内容で、てこずってしまって･･･。
あれこれ悩んでいじったけど、結局、ほぼ初期設定に戻りました（爆）
原作（Ｍｉｎｋ２巻第６話）には『ガラスの星座たち』の看板は出て来ますが、具体的な内容は分からないので、
神無月の趣味で適当に決めました（笑）実はちょっぴり某ＰＣ恋愛ゲームを意識してます（汗）
それと、“よかった音頭”は、個人的には怪盗安母尼亜さんが作詞された作品が素晴らしくて、お勧めです☆
また今回、バイクの乗車シーンに関しては、こっちーさんから多大なご教授をいただきました。
一部のフレーズは、こっちーさんからいただいた描写をそのまま流用させていただいています。
こっちーさん、本当にありがとうございました！
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