【５・波乱のライブ】
３月９日はＭｉｎｋ、つまり白石みんくの誕生日。
この日、Ｍｉｎｋのバースディを記念して、Ｍｉｎｋｌｅの武闘館ライブが決定していた。２月も後半に近づくと、その準備にＭｉｎｋｌｅはもちろん、モトハルやも大忙しになった。
もっともバイクで外をかけずり回るのはモトハルの役目で、は事務所に留まって、事務手続きにもっぱら精を出していた。
３月に入り、ライブまであと一週間という日、書類を取りに事務所へ来たモトハルが、に笑顔で教えてくれたのは、とある極秘情報だった。
「これはＭｉｎｋｌｅにもナイショだけど、実はライブの途中で、これまでのＭｉｎｋの活動をドキュメンタリーにしたドラマを流すんだ。映像には練習風景とか、合宿所での様子とかも入ってる。普段は見られない素顔のＭｉｎｋを、ファンの皆に見てもらうんだよ」
「わあ、楽しみ！ モトハルくんはもう完成版を観たんでしょう？ 私も観たいな！」
「ダメダメ。当日のお楽しみだよ」
「ズルイ！」
頬をふくらませるに、イタズラっぽく片目をつぶってみせ、モトハルは書類をつかんで、再び出かけて行った。
だが、モトハルを見送った後、は自然に表情を暗くした。Ｍｉｎｋのバースディイベントに向けて、モトハルが張り切れば張り切るほど、彼に省みてもらえない、みんくの事がは気にかかった。
「『素顔のＭｉｎｋ』なんて言ってたけど、本当の素顔はモトハルくんも知らないくせに…」
大好きな先輩に祝ってもらうどころか、この日が誕生日だとすら、モトハルには言えないみんくを思い、はため息をついた。
※※※※※
いよいよ３月９日当日。その日は朝から快晴で、春らしい陽気に包まれていた。
開場３時間前には武闘館へ赴いた。既に武闘館の周りには長蛇の列ができていた。それを横目に通用口へ向かい、スタッフに通行書を見せて館内に入る。
しかし、がＭｉｎｋｌｅの楽屋へ辿り着く前に、血相を変えたモトハルと出くわした。
「！ Ｍｉｎｋｌｅの誰かから連絡が来てないか！？」
「いいえ？ 何も受けてないけど」
が首を横に振ると、モトハルは肩を落とし、重々しく告げた。
「もうとっくに会場入りしている時間なのに、３人の姿がどこにもないんだ」
Ｍｉｎｋｌｅが来なければ、ライブは始められない。だが、バード･ミュージック事務所では、武闘館ライブの当日全額キャンセルなど、到底払えない。ひとつ間違えば、事務所倒産の危機である。とんでもない事になったと、も血の気を失った。
「朝、オレが合宿所を出る時には、確かに３人共いたんだ。オレが出てすぐに３人も出かけたって、有香が言ってる。今、合宿所の周辺を有香に探してもらってるんだ。オレもこれから心当たりを探して来る」
「じゃあ、私も…！」
勇んで身を翻しかけるに、モトハルは「ダメだ」と引き止めた。
「誰かは残って、３人を待ってくれないと。はここにいて連絡役を務めてくれ。有香にも何かあったら、に電話するように言ってある」
モトハルが大急ぎで立ち去った後、はこっそりみんく達の自宅へ電話した。しかし、どこの家でも留守だと告げられただけだった。学校は春休みの上、合宿所にもいないとすると、大事なライブ前に３人そろってどこへ行ったのか、見当もつかない。
イライラしながら楽屋で待っていると、突然、の携帯電話が鳴った。見知った番号の上に『白石みんく』の表示が浮かんでいる。は慌てて電話を取った。
電波の状態が悪いらしく、波のような雑音がまず耳に飛びこんで来た。雑音の合間、とぎれとぎれにみんくの声が響く。
『もしもし、ちゃん…？』
「みんくちゃん、皆心配してるよ！ 今、どこにいるの！？ 真帆子ちゃんと叶花ちゃんは！？」
『…あたし達は今、パソコンの中…電脳空間に閉じこめられてるの』
“サイバースペース”という聞き慣れない単語に、一瞬とまどう。だが、は以前にみんく達から、Ｍｉｎｋｌｅは電脳空間という特殊な空間を通じて、変身するという話を聞かされていた。また、かつてＭｉｎｋｌｅが未来人によって、電脳空間に何度か連れさられた話も。
「閉じこめられてるってどうして！？ 未来人の仕業なの！？」
『ううん。オムくんが“超時空ネットワークで時空嵐が起きて、ＷＡＮＮＡ−ＢＥが故障した”って言ってる』
また知らない単語を言われ、は裏声で聞き返した。
「タイムストームってなに？」
『時空のゆがみがひどくなって、大量の電磁波が発生した状態らしいの。超時空ネットワーク上にまれに起きる現象だって』
みんくの言葉はにはよく分からなかったが、Ｍｉｎｋｌｅが現れないのは、コンピュータ異常のせいだという事は伝わった。
『…今、叶花ちゃんとオムくんがＷＡＮＮＡ−ＢＥの復旧作業をしてくれてるけど、…嵐がいつ収まるか分からないの』
みんくの声は心細げだったが、キッパリしていた。
『…でも、絶対にライブに行くから。待ってて…』
みんくは更に何か言ったが、雑音がひどくなって、には聞き取れなかった。
「え？ なんて言ったの？ みんくちゃん！ もしもし…！」
必死で叫ぶが、電話は既に切れていた。は急いでかけ直したが、『おかけになった電話は現在、電波の届かない区間にあるか、電源が入っておりません』と繰り返すだけだった。
不安な気持ちで携帯を握り締めるの耳に、とどろくドラム音が届いた。…会場の外から怯えた悲鳴が聞こえて、ドラムではない事に気付く。
いつの間にか、晴れ渡っていた空に黒雲が湧き起こっていた。雷鳴が辺りをとどろかせ、激しい雨が武闘館の屋根を叩き始めた。
※※※※※
はモトハルと有香に電話をかけ、Ｍｉｎｋｌｅとひとまず連絡がついたと伝えた。
びしょ濡れで武闘館へ帰って来たモトハルに、乾いたタオルを渡す。濡れた髪を拭きながら、モトハルはに確認した。
「遅れる理由を、Ｍｉｎｋは言わなかったんだな」
「電波の具合が悪くて、よく聞こえなかったの。ごめんなさい。ただ『絶対にライブに行くから、待ってて』とだけ」
内心、モトハルに詫びながら、そう答える。
「…３人を信じて待つしかないか」
呟くと、モトハルはスタッフに指示を与えに行ってしまった。
開演時間は刻一刻と近づき、スタッフの表情にも苛立ちが表れ出した。
「みんくちゃん…叶花ちゃん…真帆子ちゃん…オムくん」
祈るような気持ちで、は携帯を握り締めた。３人が現れるか、再び連絡が来るのをひたすら待つ。ついにスタッフが観客を入場させる事に決めた。
「開場時間をもうしばらく遅らせる訳には行かないんですか？」
モトハルの言葉にスタッフがかぶりを振る。
「ダメです。この天気ですし、ファンは少しでも早く会場入りしたいのに、予定時間を過ぎて待たせているんですから。これ以上、遅らせると暴動が起きかねません」
スタッフの言葉通りだった。予定時間より遅れて会場入りしたファン達は、既にかなりの興奮状態だった。Ｍｉｎｋｌｅを呼ぶ声が、達のいる楽屋まで響いて来る。
「会場が見える場所に行こう」
モトハルに促され、は会場を見下ろす放送室へと移った。
ついに開演予定時刻になったが、会場の明かりはついたままである。これでもう何十度目かの場内放送が流される。
『お客様にお詫び申し上げます。ただいま都合により、開演時間が遅れております。今しばらく座席にてお待ちくださいませ』
ついに、ファンの間で不満がふくれあがり、待ちきれない、なんとかしろ…というざわめきが起こり始めた。
ざわめきは次第に大きくなり、場内放送をかき消すほどの歓声になった。いつしか満場の観客が総立ちになって、Ｍｉｎｋｌｅを呼んでいた。
「Ｍｉｎｋｌｅ！ Ｍｉｎｋｌｅ！」
感極まった数人が突然、ステージに走り寄り、駆けつけた警備員ともみ合いになる。しかし、それが引きがねとなり、会場のファンは次々に、ステージへと押し寄せた。あちこちで押し合いへしあいになり、悲鳴が上がる。
「マネージャー！ このままではケガ人が出ます！」
スタッフの言葉に、モトハルが会場へ駆け出して行く。しかし、会場に続くドアのひとつから駆け出た途端、ファンにもみくちゃにされ、窓から見下ろすの目からは見えなくなってしまった。
「…モトハルくん！ …ダメ！ このままじゃ、モトハルくんが…！」
はとっさに隣にいたアナウンス係のマイクを奪った。
「これ、借ります！」
ついで、放送器具のスイッチを適当に動かす。マイクとマイクを近づけた時に出る、目いっぱい不快な音が、大音量で会場に木霊した。
暴れていたファンも、たまらずうずくまり、それぞれ耳を押さえた。会場が静まり返った隙をついて、はマイクを大音量にして呼びかけた。
「皆さん、聞いてください！ Ｍｉｎｋｌｅは今、渋滞のため、会場到着が遅れています！ でも『必ず行くから、待ってて』とＭｉｎｋちゃんは言っていました！ お願いです！ Ｍｉｎｋｌｅを信じて、待ってあげてください！ 皆でＡｎｇｅｌ Ｒｉｎｇを作り上げた時の気持ちを思い出して！」
深呼吸して、はアカペラで歌い出した。
「忘れないで 覚えてて 地上の小さな天国 Ｖｅｌｖｅｔ Ａｎｇｅｌ あなたを見てるから ずっと見てるから」
の力強い歌声は、観客を落ちつかせる効果を果たした。次々にに合わせて、ファンも歌い始める。もみあっていたファンは会場を歌声で満たしながら、それぞれの座席へ戻り始めた。
は大きく息をついて、マイクをアナウンス係に返した。途端に、足が震えて動けなくなった。
とっさの判断とは言え、こんな大勢の前で歌うなど、には初めての経験だった。長距離マラソンを終えた後のように、激しく脈打つ心臓をなだめながら、スチール椅子に崩れ落ちる。だが、自分の気持ちがファンに伝わったという嬉しい気持ちが、の心にはしっかりと残った。
観客がほぼ本来の座席に戻ったところで、会場の明かりがすぅっと小さくなった。同時にステージに白い垂れ幕が下りる。
「Ｍｉｎｋｌｅの到着まで、衝撃のデビューから、ＭｉｎｋとＭｉｎｋｌｅが歩んで来た道のりを、ご覧ください」
ウグイス嬢がそう告げると、ドラマが始まった。初めてＭｉｎｋがテレビに映った噴水広場から始まり、現在のＭｉｎｋｌｅ結成に至るまでの軌跡を、会場のファンが固唾を飲んで見守る。その様子を、は放送室から呆然と見つめていた。
「よくやったな、。ありがとう」
ポンと肩を叩かれ、振り向くと、モトハルが親指を立てて笑っていた。髪や服がかなり乱れているが、ケガはしていない。モトハルの無事を喜びつつ、は映像を指差して尋ねた。
「モトハルくん、このドラマ、本当はライブの途中で流す予定だったんじゃ…？」
「ああ。先に流すように変更してもらった。これで少しは時間が稼げる。…なんとか、これを映している間にＭｉｎｋｌｅが来てくれるといいんだが…」
モトハルの言葉通り、もうすぐ上映が終わるところで、放送室をスタッフの１人がノックした。
「マネージャー！ Ｍｉｎｋｌｅがたった今、到着しました！」
モトハルとは顔を見合わせて、放送室を飛び出した。
「Ｍｉｎｋ！」
「Ｃａｎｏｎちゃん！ Ｍａｃｏちゃん！」
舞台裏で既にスタンバイしていた３人とオムが振り返る。Ｍｉｎｋｌｅに疲れの色はなく、とモトハルに「心配かけてゴメンね」と頭を下げた。
「よしっ！ いってこいっ！ 誕生日おめでとう、Ｍｉｎｋ！」
モトハルに背中を叩かれて、Ｍｉｎｋが「はいっ！」と幸せそうに笑う。そして３人は満員の観衆が待つ、明るい舞台へ駆け出して行った。
※※※※※
無事、ステージが始まると、モトハルは開演の遅れにともなうスケジュール調整に出かけた。はモトハルの代わりに、舞台の袖で３人を見守る役割を引き受けた。の隣にはオムがついて、電脳空間に閉じこめられていた間の事を話してくれた。
遅れなどなかったように、元気いっぱいにステージを飛び回るＭｉｎｋｌｅの歌声に、はうっとりと聞き惚れた。観客の歓声と音楽に耳を傾けるうち、はいつのまにか雷鳴も雨音も聞こえない事に気がついた。
天候が気になったは、オムと一緒に舞台の袖を離れた。誰もいない廊下に出て窓を覗く。見上げた空には雲ひとつなく、すっきりとした青空が広がっていた。
「…ひどい嵐だったのに、どうなってるの？」
「さっきの雷雨は、超時空ネットワークに発生した時空嵐が、ＷＡＮＮＡ−ＢＥを通して、ここの座標に吹き出たせいだ。時空のゆがみが静まれば、本来の天候に戻る」
突然、訳の分からない言葉で話しかけられ、は飛び上がった。振り向くと、眼鏡をかけ、袖なしの服を着た少年が立っていた。には見覚えのない顔で、胸元にもスタッフの証であるカードが下がっていない。一体、何者だろうと、は用心深く相手を見つめた。
「キミはだろう？ Ｍｉｎｋからメールで話は聞いてるよ」
少年はの警戒の眼差しを意にも介さず、眼鏡の奥の瞳を細めて笑った。自分の名前をあっさりと口にされて、は目をパチクリさせた。オムが慌てて説明する。
『ちゃん、この人は連邦公認特Ａ級プログラマーの鏡・Ｊ・ファーウェル。ＷＡＮＮＡ−ＢＥを創った未来人だよ。時空嵐の影響で、Ｍｉｎｋｌｅが電脳空間に閉じこめられた事を知って、未来から助けに来てくれたんだ。鏡のおかげで、ボクらは電脳空間から出られたんだよ』
「初めまして」
少年に片手を差し出されて、はドギマギしながら、その手を握った。未来人の手も現代人と変わらず、暖かく柔らかだった。
「Ｍｉｎｋｌｅを助けてくれて、ありがとうございます」
「別に、大した事じゃない。Ｍｉｎｋの未来を見守るのも、今のボクの仕事だから」
鏡は時空管理法違反で逮捕された後、その才能を買われて、時空管理局の特別捜査官になったと、みんく達からは聞いていた。だが、彼のＭｉｎｋの名を呼ぶ口調に、鏡が純粋な好意から駆けつけてくれたのだと、も分かった。
「ファーウェルさんは優しい方ですね。…Ｍｉｎｋちゃんを大事に想ってくださって、本当にありがとう」
微笑んでが言うと、鏡はいきなり耳まで真っ赤になった。そして、赤くなった顔を恥らうように、からぷいと顔をそむけた。
「…Ｍｉｎｋはボクを救ってくれた天使なんだ」
ステージの歓声に紛れて、よく聞こえなかったが、は鏡がそう呟いたように思った。そして、鏡はやぶからぼうに「キミの携帯をボクに貸せ」と命じた。がそれに従うと、鏡は携帯内蔵の電話帳に英数字を打ちこんだ。
「今度、Ｍｉｎｋｌｅに何かあった時は、このメールアドレスにメールすればいい。どこにいてもボクにすぐに届く。…それともうひとつ。ボクの名前はファーウェルさんじゃなく、鏡でいい」
「ありがとう、鏡。…じゃあ、私の事はって呼んでね」
に携帯を返すと、鏡は小さく微笑んだ。
「ボクはしばらくここの時空にとどまって、超時空ネットワークの補修とＷＡＮＮＡ−ＢＥの改良工事を行う指令を受けてる。また会おう」
かすかな機械音と共に、鏡の姿は見る間に薄れていく。とっさには鏡に呼びかけていた。
「私はバード･ミュージック事務所にいるから。いつでも遊びに来て」
軽く片手を挙げたのが返答の代わりだったのか、そのまま鏡は宙に溶けた。
※※※※※
ステージが終わった後、Ｍｉｎｋｌｅとスタッフは楽屋で、ライブの成功を祝った。
「そういえば、今日は白石さんに最前列のチケットをあげたんだけど、騒ぎのせいで声をかけ忘れたな。楽屋には来てなかったか？」
何気なくモトハルが言い出し、はギクッとなった。
「…え〜と、楽屋には来てなかったみたいだけど…Ｍｉｎｋちゃん、知ってる？」
さりげなくＭｉｎｋに振ると、Ｍｉｎｋもぷるぷると首を横に振る。
「…そ、そう言えば、ステージだけ見て、帰ったみたいですよ」
「そうか…。いや、真帆子が今日は白石さんの誕生日だって言うから、チケットをあげたんだ。…あれ？ そう言えばオレ、誕生日おめでとうって白石さんに言い忘れたな」
とＭａｃｏ、Ｃａｎｏｎ、オムの肩と顎が一気に下がった。
同一人物と知らないとは言え、みんくのバースディプレゼントにＭｉｎｋのチケットとは…。鈍感なモトハルらしい、気の利かないプレゼントだった。
だが、彼らの反応とは裏腹に、Ｍｉｎｋは瞳をうるませて微笑んだ。かすかに震える声でＭｉｎｋはモトハルに告げた。
「…先輩…ありがとう」
「え？」
「…あ、えーと、その…みんくちゃんなら、きっとそう言うと思います」
突然Ｍｉｎｋからお礼を言われて、きょとんとなったモトハルも「そうだといいな」と呑気に笑い返す。
ほのぼのと笑い合う２人に、もまた自然に微笑んでいた。心の中でそっと呟く。
―モトハルくん、みんくちゃんの誕生日を覚えていてくれて、ありがとう―
続く
＜あとがき＞
当初は、あずみんとジョニ田のほうが先に出て来る予定だったんですが、何故か鏡しゃま☆が先に（笑）
密かに別人かも…。あと、何故、鏡しゃま☆が時空管理局にいるねん！ 鏡しゃま☆は○×と△□△□な
生活を送っているはずよ！ とか思われた方、ごめんなさい（平身低頭）
それにしても全然、キャラ×自分にならず、ひたすら他人の恋に一生懸命なヒロインに弱ってます…（滝汗）
あと、今回のヒロインが孤軍奮闘するライブシーンは、ドリームの構想段階で、最大の山場と決めていた、
とても書きたかった場面です。…でも、第５話で山場持って来ちゃって、後はどうしましょう…（爆）
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