【２・みんくの悩み】
モトハル（社長代理）の決定により、正式にバイトとして雇用されたは、それから毎日のように熱心にバード・ミュージックへ通い始めた。
まず合い鍵で事務所を開けて、掃除から仕事はスタートする。
事務所にはモトハルが寝泊りしているので、どうしても生活のゴミが出る。モトハルの妹のＭａｃｏこと、真帆子が手作り弁当を届け、ゴミの始末をし、洗濯物も随時、自宅へ持ち帰っているのが、せめてもの救いだった。真帆子がいなければ、家事能力ゼロのモトハルのおかげで、事務所はとうの昔に腐海と化していただろう。
だが、が最初の一週間をかけて事務所内を大掃除し、窓や床を磨き、カーテンまで洗濯した結果、事務所はみちがえるほど綺麗になった。
事務所の掃除が、ある程度楽になると、後はお茶くみに電話番、Ｍｉｎｋｌｅと有香のスケジュールに合わせたさまざまな手配、ファンレターの分別、事務所に押しかけるパパラッチを追い払うことまで、仕事はいくらでもあった。
せっせと仕事をこなすうちに、事務所の内情にも慣れ、はモトハルやＭｉｎｋｌｅ、そして有香と仲良くなっていった。
※※※※※
それはまだ寒さの厳しい、２月最初の週のできごとだった。事務所への道すがら、は商店街の洋菓子屋の店先で、１人の少女が立ちつくしているのを見つけた。
学校帰りらしく、制服の上にコートとマフラーを着た少女は、熱心にショーウィンドーを覗きこんでいる。耳の両脇に三つ編みを垂らした、茶色のストレートヘアはの見知ったもの。おまけにその頭上には、オムスビ型をしたロボットが、所在なさげに飛んでいた。
今や、の仲良しとなった、スーパーアイドルＭｉｎｋの真実の姿、白石みんくに間違いない。
「みんくちゃん、オムくん、こんにちは」
近寄って声をかけると、オムがふわりとの顔の前に飛んで来た。ニコニコと挨拶する。
『やあ、ちゃん！』
しかし、みんくは振り向く様子もない。耳を澄ますと、１人でなにやらしきりにぶつぶつと呟いている。
「先輩にチョコレート先輩にチョコレート先輩にチョコレート…∞」
『さっきからずっと、こんな調子なんだ』
オムがお手上げとばかりに、両手をバンザイさせる。ここしばらくの付き合いで、みんくの空想にのめりこみやすい性格を把握していたは、「なるほどね」と苦笑した。
オムに向かってうなずいてみせると、そっと手を伸ばして、みんくの肩をトントンと軽く叩いた。
「みんくちゃん、みんくちゃん。先輩がいるよ〜！」
弾かれたように、みんくは飛び上がった。
「えっ！？ 先輩っ！？ どこ？ どこ！？」
スミレ色の瞳が大きく見開かれ、きょろきょろと辺りを見回す。それから、みんくの慌てぶりにクスクス笑っているとオムに気付くと、「もうっ！ ダマしたなぁ！」と頬を膨らませた。
「さっきから声をかけてるのに、みんくちゃんってば、全然気付かないんだもん。一生懸命、なにを見てたの？」
途端にみんくの頬が赤くなった。
「…あのね、もうすぐバレンタインデーだから、…チョコレートなの」
言われてみれば、店内はバレンタインセールの真っ最中。ショーウィンドーにも綺麗にラッピングされたチョコレート菓子が並んでいる。
「そうかぁ。もちろん、みんくちゃんはモトハルくんにあげるんだよね？」
即座にうなずきかけて、みんくの動きが中途半端に固まった。物言いたげに唇が震えたかと思うと、瞳から大粒の涙がボロボロとあふれ出す。
「ちゃん、あたし、どうしようどうしようどうしよう…∞」
うつむいてすすり泣くみんくに、とオムは慌ててしまった。はバッグからハンカチを取り出し、オムは背中を撫でさすり、なんとか２人がかりでみんくをなだめる。人目がある上に、外は涙も凍りそうな寒風が吹いているため、は洋菓子店内にある喫茶コーナーへ、みんくを誘った。
※※※※※
温かいミルクティと大好きなイチゴのケーキをにおごってもらい、みんくはようやく泣き止んだ。
オムの補足も交えながら、が詳しく話を聞いてみると、バレンタインチョコにまつわるみんくの悩みは、かなり深刻だった。
ごく普通の中学生、白石みんくがひょんな事から“なりたい自分になれる”未来のＣＤ−ＲＯＭ、ＷＡＮＮＡ−ＢＥを手に入れ、スーパーアイドルＭｉｎｋとしてデビューした。紆余曲折あって、その存在は未来人も認める事となった。しかし、それでもＭｉｎｋの正体は歴史の流れにかかわるトップシークレット。Ｍｉｎｋのマネージャーであり、片思いの相手でもある鳥海モトハルも、いまだその正体は知らない。
そしてみんくは去年まで、バレンタインデーにはＭｉｎｋの姿で、モトハルにチョコレートを手渡していたらしい。だが、今年こそは白石みんく自身の姿で、バレンタインチョコを渡したいらしいのだ。
「うん、そうしたほうがいいと私も思うよ。がんばって」
が賛同すると、温かい店内の空気に乾き始めていたみんくの瞳が、再びじわっとうるんだ。
「…心配なの。…Ｍｉｎｋじゃない、ほんとのあたしがチョコレートをあげても、先輩はいつもの笑顔でもらってくれるかなって…。それに毎年、チョコをあげてるのに、今年はＭｉｎｋからチョコをあげないと、先輩はガッカリしたり、ヘンに思わないかな…」
１つ目の心配は、みんくの取り越し苦労だろうとは確信した。モトハルは妹の真帆子の友人であるみんくを結構、可愛がっている。素直で心優しい彼女の性格を、彼なりに見抜いているらしい。だから、そんなみんくからバレンタインチョコをもらえば、喜びこそすれ、邪険には決して扱わないはずだと、はみんくに言い切った。
「モトハルくんは、みんくちゃんからチョコをもらったら、絶対に喜ぶよ。大丈夫、心配ないよ」
「…そうかな…？」
のキッパリした否定に、みんくは小首をかしげながらも、ホッとした様子を見せた。
だが、２つ目は…。モトハルがみんくとＭｉｎｋを別人だと思っている以上、充分あり得る話だった。
「いっそ、Ｍｉｎｋちゃんの正体をモトハルくんに話して、告白しちゃうとか…？」
「ううん。告白はぜったい“白石みんく”でするって決めてるの」
涙を振り払い、キッパリと言い切るみんくには、強い決意があって、はそれ以上なにも言えなかった。かつて日本プラチナ・ディスク大賞のステージで、観客の誰からも拍手が送られない状況で、１人微笑んで歌い始めたＭｉｎｋの強さを、みんくの内側には見た気がした。
「そうだね。みんくちゃんのそういうところ、私は大好きだよ」
「ありがと。あたしもちゃん、大好き」
大好きな“みんく”と言われて、みんくは照れて頬を染めた。みんくに笑顔で同じ言葉を返されたも、負けないくらい頬が赤くなっていた。
『あれ〜？ ちゃんもみんくちゃんも顔が赤いよ〜？』
突然、脇からオムにツッコまれ、は慌てた。話題を急いで変える。
「そ、それにしても、本当に困ったね。…今年のバレンタインチョコは、みんくちゃんとＭｉｎｋちゃんの合作ですって言うとか…。…ダメだ。これじゃ、みんくちゃんががんばって手渡す意味がないし…」
自分の分の紅茶とケーキをパクつきながら、は一生懸命に考えた。そして、ある考えが浮かんだ。
「こういうのはどうかな？ みんくちゃんはモトハルくんだけにチョコをあげて、Ｍｉｎｋちゃんとしてはチョコレートケーキを１ホール用意して、事務所の皆に配るっていうのは。名づけて“義理チョコに混ぜて、本命チョコをごまかしてしまえ大作戦”！ もしＭｉｎｋちゃんとしても、モトハルくんに特別なチョコをあげたいのなら、モトハルくんに切り分ける分だけデコレーションを工夫してもいいし」
他に名案もない。みんくは「そうしようかな」とうなずいた。だが、その表情はどこか浮かない。
「なにか困った事があるの？」
が尋ねると、みんくはあいまいに首を振った。
「う〜ん。…あたし、チョコレートケーキって作った事がないの…。初めてでちゃんと作れるかな…。…それに、お小遣いが足りるかも心配だし…」
洋菓子を手作りすると、材料費もろもろで、かなり金額がかかる。それをみんくとＭｉｎｋの２人分を用意するのだから、まだ中学生のみんくの心配ももっともだった。
「じゃあ、ケーキの材料費は私が受け持つよ。その代わり、ケーキはＭｉｎｋちゃんと私の合作にさせてもらえるかな？ 私、チョコレートケーキなら作れると思うから、２人で一緒に作って配ろうよ」
さらっとが提案すると、みんくは瞳を真ん丸にした。
「すごくうれしいけど…。ちゃんはいいの？」
「もちろん。どっちみち事務所の皆に、何か用意するつもりだったし」
みんくは満面の笑顔になり、両手を差し出して、の手をぎゅっと握り締めた。
「ありがとう、ちゃん！ あたし、がんばる！」
「うん！ 素敵なバレンタインデーにしようね！」
『よかったね、みんくちゃん』
２人の会話のなりゆきを見守っていたオムが、嬉しそうにテーブルの上でタップダンスを踊る。
とみんくは洋菓子屋を出ると、そのまま手作りチョコレートの材料等を買い出し、その後で事務所へ向かった。
そしては、バレンタインデー前日に、みんくの家へ行き、２人でチョコを作る約束をしたのだった。
続く
＜あとがき＞
インフルエンザで寝こみながら、ベッドの中で考えて、ここまでで力尽きました（爆）
バレンタインデーまでには続きを考えないと…（をいをい）
ちなみに辛党の神無月は、生まれてこの方、１度もケーキを作った事がございません（爆）
さて、どうする、この続き…。誰か、見栄えがよくて美味しくて、
初心者にも簡単な、チョコレートケーキの作り方を教えてください（笑）
前へ戻る 次へ進む
小説TOPへ戻る