Bloomin’!
【1・オープニング】
ある金曜日の夕方。帰宅したは、自宅の前で妙な物体を発見した。
「…なに、これ…?」
背広姿の中年男性が、門の前でぐったりと座り込んでいる。
「ちょっと、おじさん!? どうしたの!? 大丈夫…!?」
慌てて駆け寄ると、相手は胸元をかきむしって、うめき声を上げた。
「み…水…」
*****
が水の入ったコップを差し出すと、男はひったくるように受け取り、一気に飲み干した。
空になったコップをに返して、男は笑顔で礼を言った。
「いやあ、助かったよ。歩きながら、オニギリを食べていたんだが、石にけつまずいた拍子にノドにつまらせてしまってね。キミは命の恩人だ」
少々くたびれた風情のその中年男性は、大きな瞳にどことなく愛嬌があり、ころころとした体型が、クマのぬいぐるみを連想させた。おまけに彼の足元には大きな旅行用バッグと、コンビニの袋が転がっている。
急病ではないと知って、はホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、私はこれで失礼します」
ペコリと頭を下げて、家に入ろうとすると、男は慌てて言った。
「あいや、待たれいっ! せめて命の恩人のお名を聞かせたまえっ!」
時代劇のような台詞に、はめんくらったが、どうせ門の横の表札には、家族全員の名前が書いてある。
「…私はって言いますけど」
「…。いい名前だ。お嬢さんの優しい心に、おじさんは感動したよ。キミには素質がある! どうだろう、アイドルにならないかね?」
「ちょっ…ちょっと! 妙な勧誘はいりませんから!」
警戒の表情が露骨に出たのだろう。男は慌てて背広の内ポケットを探り、1枚の名刺を差し出した。
「妙な勧誘じゃないよ。おじさんはこういう者でね。疑うなら、その電話番号にかけてくれたらいい。社員が応対するから」
名刺には次のような文字がゴシック体で打たれていた。
『タレントプロダクション 有限会社バードミュージック代表取締役 鳥海 真』
名前の後には、都内の事務所の住所と電話番号が記載されている。何気なくそれらの文字を辿り、はぎょっとなった。
「え? バード・ミュージックって…もしかして…トップアイドルのMinkleや茜有香が所属している、あの事務所!?」
「おお、キミも有香くんのファンかね。彼女はおじさんが見つけて来たんだ」
嬉しそうにニッコリ笑うと、ますますぬいぐるみっぽく見えた。
「いえ、私はどちらかと言うと、Minkleのファンで…」と、ついは正直に答えたが、鳥海社長は既に彼女の話など聞いてはいなかった。
ぎゅっとの手を握り締め、満面の笑顔で宣言する。
「事務所には、キミ専属のマネージャーを用意しておくよ。デビューしたら、成功間違いなしだ。必ず電話してくれたまえ。じゃ、ヨロシク♪」
そのまま、鳥海社長は元気よく立ち上がると、すたすたと歩き出した。
見かけ以上に足が速く、通りの角を曲がると、すぐにその姿は見えなくなってしまった。
後に残されたは、名刺を握り締めたまま、「一体、なんだったの…?」と呆然と呟いた。
*****
その晩。はすぐには捨てられなかった名刺を取り出し、悩んでいた。
―私がトップアイドルなんて…―
一瞬でも、おじさんの言葉を真に受けたのが、バカらしく思えてくる。
2つに破り捨てようとして、ふと手が止まった。自分の部屋に大きく貼られたMinkleのポスターへと自然に視線が向いてしまう。
「Minkleってプロフィールは完全に秘密で、プライベートは謎なんだよね。…もし、この事務所の電話番号が本物だったら、Minkleと話ができちゃったりして」
迷ったあげく、1回だけ電話してみることにした。自分の携帯から、名刺に書かれた事務所の番号をPUSHする。
数回のベルの後、元気のいい少年の声が飛びこんで来た。
『もしもし。こちらバード・ミュージック』
少年の声は、どことなく今日会った男に似ている。はおずおずと尋ねた。
「あの、今日、鳥海真さんって方から、名刺をいただいた者なんですが…」
どんがらがっしゃん!!! 電話口で椅子ごと転げ落ちたらしい、すさまじい音がした。
少し間を置いて、『痛てて…』という悲鳴が上がり、なんとか受話器は取り落とさなかったらしい少年の、矢継ぎ早の質問が送られて来た。
『親父に会ったって本当ですか!? 親父は今どこにいるんです!? 元気にしてましたか!? なにか言ってましたか!?』
訳が分からないまま、が自宅近辺の住所を言い、少し話をして別れたと説明すると、電話の向こうで少年は恨めしげなうなり声を上げた。
それから少年と話をするうちに、にも少しずつ事情が飲みこめて来た。
が出会ったのは、本物のバード・ミュージックの社長で、事務所が傾いた時期に、旅に出ると言い残して行方をくらまし、今も家族を心配させている最中だと言うのだ。
「あの…じゃあ、失礼ですけど、そちらは本物のバード・ミュージックさんなんですね?」
の質問に、鳥海真の息子で、鳥海モトハルだと名乗った少年は、電話口で苦笑した。
『アイドル・プロダクションの名前を借りた詐欺もあるから、疑われても仕方ないけど、うちは本物ですよ。…その、よかったら今度、事務所に遊びに来てください。親父がご迷惑をおかけしたみたいだし。…あんな親父だけど、家族みんな、心配してるんです。親父に会った時、どんな様子だったかを、直接聞かせてもらえたら嬉しいので』
モトハルの誠実な口ぶりに、はその言葉を素直に信じることができた。
「分かりました。…なんでしたら早速、明日うかがっていいですか?」
『ああ、かまわないですよ。よろしくお願いします』
電話を切った後、はワクワクしている自分に気がついた。
「…Minkleの事務所に入れるなんて…明日はなにを着ていこうかな?」
*****
約束の時間ぴったりに、は雑居ビルの3Fにある、タレント・プロダクション、バード・ミュージックのドアをノックした。
事務所の中からは話し声が聞える。「じゃ、行くよ!」と明るい声がかかったので、どこかへ出かけるのかもしれない。は思い切って、ノブに手をかけ、ドアを開けた。
途端に上がったのは、悲鳴だった。
目の前で、都内の中学の制服を着た3人の女の子が、携帯電話を掲げている。
携帯電話から電磁波が発射され、3人を覆いつくす。眩しい光の中で、ごく普通の少女たちが、文字通り、輝く美少女へと変化する。
その様子を、はただ呆然と見守った。
光が収まると、そこにはバード・ミュージックの看板タレントであり、人気絶頂のアイドルユニット、Minkleの3人の姿があった。
「…な…な…一体、なんなの!?」
思わず、は絶叫して、3人を指差した。だが、に負けず劣らず、相手の3人も動揺している様子だった。
ユニットのリーダーの、ピンクの髪をしたMinkがべそをかきながら、青い髪をした少女Canonの腕に取りすがる。
「…どうしよう、Canonちゃん…。見られちゃったよぅ」
Canonの反対側の手をつかんで、金髪のMacoも慌てた声を上げる。
「WANNA−BEの機能で、記憶を操作するとか、なんとかできないの!?」
「どうしようって…ちょっと落ちつきなさいよ、2人とも!」
なんとか2人をなだめようとするCanonも、視線が定まらず、おろおろしている。
「…あ、あの…ゴメンナサイ。私、なにかまずいことしたみたいで…」
訳がわからないなりに、自分の存在が3人を困らせていると気づいたは、謝罪しようとした。すると突然、Mink、Canon、Macoは大きく頭を下げ、口々に言った。
「ごめんなさいっ!」
「お願い! あたし達の正体は誰にも言わないで!」
「特にモッくんにだけは、絶対にナイショにしてちょうだい!」
*****
は約束の時間ピッタリに到着したつもりだったが、実は約束より1時間早く来てしまい、仕事前のMinkleと鉢合わせしたのだった。
そしてMinkle3人に、は世にも不思議な話を聞かされることになった。
Minkleの正体は、実は普通の中学生で、“なりたい自分になれる”未来のCD−ROM『WANNA−BE』によって、アイドルに変身しているのだと言う。
とても信じがたい話だったが、目の前で変身する姿を見てしまっては、納得するより仕方ない。
一時は未来人の手によって消去されるところだったが、今は未来からもアイドル活動を認められていると、3人は口々に説明した。
去年の大晦日のMinkleのコンサートで、コンサートの途中にも関わらず、ファンが帰りかけた事件は、コンサートに行っていたの記憶にも新しかった。
「分かりました。私、このことは誰にも言いません」
が誓うと、Minkleはホッとした様子で顔を見合わせた。
「…でも、どうして、消去なんて、そんな恐ろしい目に遭う危険を犯してまで、アイドルを続けていたんですか?」
なにげなくが尋ねると、MacoとCanonが笑い出し、かあっとMinkの頬が赤くなった。
「…それは…その…先輩っていうか、マネージャーがいたから…」
その表情と恥ずかしそうな口ぶりだけで、にはピンと来てしまった。
「一昨年の、プラチナディスク大賞最優秀新人賞の授賞式で、“1番喜びを伝えたい人はマネージャーです”って、Minkちゃん、言ってましたよね。もしかしてMinkちゃんはマネージャーさんが好きなんですか?」
Minkは耳まで真っ赤になると、小さくうなずいた。なんでも、1度は傾いたバード・ミュージックがここまで立て直されたのは、全てMinkがマネージャーのために頑張り続けた結果らしい。
―うわ〜、Minkちゃんってば可愛い〜!―
思わず、心の中で絶叫して、はニッコリした。
今まで謎のままだったMinkleのプロフィールと、その秘密を知ってしまったのだ。これはファンとしてすごいことだ。
「絶対にナイショにしますね」
再びが決意を口にした時、事務所のドアがノックされて、バイクのヘルメットを持った少年が現れた。
「ナイショってなんの話だ? お、皆来てたんだな。えらいえらい」
Minkが椅子から飛びあがり、少年にペコリと挨拶する。
「せ、先輩! こんにちは!」
少年はニコリとして、Minkに答えると、のほうを向いた。「あれ?」という表情になる。
「もしかして、昨夜電話をくれた、さん?」
「初めまして! です! すみません。約束の時間を間違えてしまって、1時間早く来てしまったんです」
「そうだったんですか。かまいませんよ。オレは鳥海モトハル。この事務所の唯一の社員です。よろしくお願いします」
Minkの様子を見ていれば、すぐに彼がその片思いの相手だと分かる。ほのぼのした気持ちで、はモトハルに挨拶した。
それから、モトハルの質問に答えて、は昨日、社長に会った時の状況をくわしく説明した。全部聞き終わると、モトハルはソファの背にもたれかかった。
「親父のやつ…。どれだけ心配かければ気が済むんだ…」
大きくため息をつくと、気を取り直したようにモトハルはを見た。両膝に手を置くと、テーブルにつきそうなほど、深く頭を下げる。
「うちの親父がご迷惑をおかけしたみたいで、本当にすみませんでした」
「いいんです。…それに私、Minkleさんのファンなので、事務所に呼んでいただいたおかげで、皆さんにお会いできて、すごく嬉しかったですし」
「そう言ってもらえると、ありがたいです。…ところで、あなたのアイドルデビューの件だけど…」
はモトハルが皆まで言わない内に、大きく首を横に振った。
「私、アイドルになりたい気持ちはないんです! 私なんか全然、スタイルだって良くないし、可愛くないし…。事務所に電話したのも…その、本物の名刺かどうか、気になっただけで! だから、勧誘の話はなかったことにしてください!」
「…そう?」
モトハルは拍子抜けした様子で、ホッとしたとも、残念がっているとも、どちらとも取れない複雑な表情をした。だが、がキッパリと否定したため、それ以上の話は止めたようだった。
話題を変えようとして、は慌てて言葉を継いだ。
「…お父さんがいらっしゃらなくて、ずっとお1人で事務所を切り盛りされてるんですか? 大変ですね」
「妹やその友達が時々、手伝ってくれますから。…あいつらもこの頃、忙しいみたいで、事務所の管理までは、なかなか手が回らないのが辛いところなんですが…。うちみたいな弱小事務所じゃ、これ以上、従業員を雇う余裕もないし」
モトハルが少々情けない顔をして、周囲を見回す。確かに狭い事務所はどことなくホコリっぽく、掃除が行き届いていない風情である。に出されたお茶も、お茶葉を切らしているらしく、色がほとんどついていない、でがらしだった。
Minkleがそれぞれ、情けない顔をして明後日のほうを向いた。モトハルは知らないが、彼の言う『妹やその友達』というのは、まさにMinkleのことなのだ。アイドルとしての仕事と、普通の女子中学生としての日常に、加えて事務所の事務処理…までは、とても手が回らないのだろう。
自分が言い出したことなのだが、なんだか彼らが気の毒になって、はうつむいてしまった。
―なにか私に手伝ってあげられることはないのかな…。…あれ? もしかして、これって…憧れのMinkleの傍にいられるチャンス!?―
突然、はぱんっとテーブルに手をついた。
「あのっ、よかったら、私をバイトに雇ってもらえませんかっ! 簡単な事務とか、掃除とか、お茶くみならできます!」
「ええっ!?」
モトハルとMinkleが一斉に声を上げた。その口調には、隠し切れない嬉しさがこもっていた。
しかし、すぐにモトハルが首を横に振った。
「いや、でも、うちはそんなに給料は出せないし…」
「バイト代なしのボランティアでもいいです! 皆さんのお役に立ちたいんです!」
「う〜ん」とモトハルはうめき声を上げた。
「ねえ、モッくん…いえ、先輩、せっかくこう言ってくれてるんだし、頼んじゃおうよ。もし、またパパ…いえ、社長から事務所やさんに連絡があった時に、頼りになるだろうし」
Macoがウキウキと言うと、Canonも大きくうなずいた。
「あたしも賛成です。でがらしのお茶とか、まずい赤飯はこりごりだし、もっと快適な事務所で過ごしたいです」
だが、モトハルの気持ちを決めたのは、おそらくMinkのこの一言だっただろう。
「先輩、社長さんはさんを『アイドルの素質がある』って言われて、事務所を紹介されたんですよね。…あたし、その理由、分かる気がします。だって、あたし、さんとさっき初めて会ったばかりですけど、お友達になりたいって思いましたから。だから、さんが、バードミュージックに来てくれたら、嬉しいですっ!」
言った後で、Minkは照れたように頬を染めて、ニッコリと微笑んだ。モトハルのまっすぐな瞳が、Minkからへと移った。
「バイト料は少ししか出せないし、仕事もきついと思うし…いろいろ大変だけど…それでもいいかな?」
「はいっ! よろしくお願いします!」
は満面の笑顔で、大きくうなずいた。
そしてこの日から、にとって新しい世界が始まったのだった。
続く
<あとがき>
なりゆきと萌爆で始めた、初めてのドリーム小説。連載開始です(笑)
まだ名前変換小説ですね。これからドリーム要素も入れていく予定ですが、全くの手探り状態です。
大体、なにが「萌える」のかもよく分からない。とりあえず自己満足夢で突っ走ってますが。希望とかあったら言ってください。今後の展開が変わる可能性、充分あります(爆)
…1番の問題は、誰とくっつけるかってことですね。希望があったら、本当によろしくお願いします。
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