【１２・愛純の罠】
明日からＢｌｏｓｓｏｍ解散コンサートツアーに出発するという日、バード・ミュージック事務所に、ガイア・プロダクションの担当者２名がやって来た。
訪問の目的は、社長代理のモトハルの立会いの下、の移籍契約を執り行うことだった。
だから、眼鏡をかけたガイア・プロダクションの担当者が、こう言った時、もモトハルも耳を疑った。
「申し訳ありませんが、さんのガイア・プロダクション移籍とＧＩＬでのソロデビューは、全てなかったことにしていただきたい」
硬直したままの２人に、担当者は分厚い封筒を差し出し、淡々と告げた。
「これは契約破棄の賠償金です。正式な契約が交わされたわけではありませんが、一応、イリヤとＢ・Ｍとの間で、口約束が交わされていたということで用意させていただきました」
モトハルが椅子を蹴って立ち上がり、吠えた。
「ふざけるなっ！ はうちの大事なタレントなんだ。イリヤからどうしてもって頼まれて、も移籍を希望した。それがの幸せだと思ったから、オレは移籍を承知したんだ！ それを事情の説明もなしに、いきなりなかったことにしてくれ、なんて言われて、納得できるか！」
男は露骨に表情を歪めたが、人気アイドルユニットＭｉｎｋｌｅを抱える事務所を敵に回すのは不利と分かっているらしく、渋々説明した。
「実は、さんを起用する予定だった“Ｂｌｏｏｍｉｎ’！ Ｐｒｏｊｅｃｔ”が、別の新人タレントを起用することになりましてね。しかも、聞くところによると、ある大手事務所がさんをぜひとも採用したいと申し出ているそうじゃありませんか。ガイア・プロダクションとしては帝国テレビのご機嫌を損ねたくないんですよ」
水原愛純の差し金だということは火を見るより明らかだった。帝国テレビ社長令嬢の立場を利用して、を移籍させないように、ガイア・プロダクション側に圧力をかけたに違いない。
それまで黙って男の話を聞いていたは、耐え切れなくなって尋ねた。
「イリヤくんは、それで納得したんですか…!?」
「納得も何も、会社の決定に逆らうようなタレントは、ガイア・プロダクションにはいませんよ」
モトハルは、男が応接テーブルの上に置いた封筒をひったくり、相手の胸元へ叩き返した。
「賠償金なんていらない。金を持って、とっとと帰れ！ ２度とオレ達の前に顔を出すな！」
封筒を受け取ると、スーツの裾を叩いて男達は立ち上がった。不愉快そうに眉をひそめ、眼鏡の男は言った。
「Ｂ・Ｍも相変わらずですな。だが、そろそろ賢く立ち回ることを覚えたほうがいい。…さもないと、いつまで経っても、事務所も建て直せず、おたくの社長も逃げ回ったまま、帰って来れないでしょう。つぶれるのも時間の問題ですな」
大事そうに封筒を抱え、男達は事務所を出て行った。
「…バカな小僧だ」
彼らがドアの向こうに消える時、吐き捨てるように呟いた一言が、静まり返った事務所にしんと響いた。
「…モトハルくん…」
おずおずとが隣を見ると、モトハルは静かな我慢強い瞳で、を見つめていた。
「大丈夫か、？」
優しい声に、の瞳から大粒の涙が盛り上がった。しゃくりあげながら、は謝った。
「…ごめんなさい。…モトハルくんは私のために怒ってくれたのに、あの人達、モトハルくんに、あんなひどいことを言って…」
「オレは何を言われたって平気だよ」
モトハルはの背中に手を回し、ポンポンと叩いた。
「お前達が笑顔で頑張れるように、全力で守るのがオレの仕事なんだから」
なぜ、みんくがモトハルを好きになったか、は改めて分かった気がした。
―自分がボロボロになっても他人を守る、モトハルくんはそんな強くて優しい心を持っている人。だから、みんくちゃんは消去される危険を冒してでも、モトハルくんの役に立ちたかったんだね。―
「前から思ってたけど、モトハルくんってすごくカッコイイよね」
が泣き笑いしながら言うと、モトハルは「おだてても何も出ないぞ」と笑った。それから真面目な顔に戻って、モトハルは優しく言った。
「…あのな、。うちの事務所でよければ、ずっといてくれ。そのほうがみんな喜ぶし。…それで、どうしても渡米したいなら、おふくろにオレから、少しでも援助してもらえないか、頼んでみるよ。時間はかかるかもしれないけど」
両親が別居した時、モトハルは父に、真帆子は母について行った。真帆子が言うには、父親の失踪後も、モトハルは１人で事務所を切り盛りして、母の援助を頑固に断り続けたらしい。そのお母さんに頭を下げても構わないという、モトハルの心遣いには胸が詰まった。
「…ううん。もういいの。あんなこと言われたら、ガイア・プロダクションに移籍する気もなくなっちゃったよ。…でも、イリヤくんが納得したとはどうしても信じられないの。だから、イリヤくんと話がしたいんだ。…ダメかな？」
モトハルは瞳を曇らせて、曖昧に首を振った。
「…イリヤが何を考えているのか、正直なところ、オレには分からない。Ｍｉｎｋのスキャンダル疑惑の時、イリヤは事務所の影に隠れて、一切表に出て来なかった。最後にはＭｉｎｋをかばって、移籍話をなかったことにしてくれたけど。…でも、には悪いけど、イリヤは結局、ガイア・プロダクションの指示に逆らえないんじゃないかって気がするんだ」
モトハルの言葉の意味をはじっと考えた。そして、ゆっくり口を開いた。
「…私はイリヤくんを信じるよ。スキャンダル疑惑の時は、イリヤくんもきっと、すごく辛かったと思うから。まずイリヤくんの話をきちんと聞きたいの。……それで、もしイリヤくんがガイア・プロダクションに従うって言ったら、私も納得できると思うから」
「イリヤくんのところへ行って来る」と言ってが立ち上がると、モトハルはその背中をポンポンと叩いた。
「オレは…オレ達みんなは、ここで待ってるから。いつでも帰っておいで」
優しい笑顔で言い切るモトハルに、は「うん」と微笑み返し、事務所を出た。
※※※※※
Ｂ・Ｍ事務所を出たところで、の目の前に純白のリムジンが停車した。
豪奢な車の側面に、自分の顔が映っているのを、がぽかんと眺めていると、マジックミラーになっている後部座席の窓が音もなく開いた。窓から顔を出したのは、なんと水原愛純だった。
「愛純さん!?」
すっとんきょうな声を上げるに、愛純は艶やかな笑みで応えた。
「あら、偶然ね。ちょうど、あなたに逢いに来たところなの」
何が偶然だと、はふくれっつらで考えた。愛純は今日がとガイア・プロの契約予定日だと知った上で、事務所前に車で乗りつけたに違いない。の不快な顔つきなどものともせず、愛純は尋ねた。
「これからどこへ行くつもり？」
「どこだっていいでしょう。愛純さんには関係ありません」
つっけんどんに答えるを、愛純は「ほほほ」と優雅に笑い飛ばした。
「乗りなさい。あなたに話があるの。ついでに送っていってあげる」
愛純の命令で、制服を着たドライバーが降りてくると、の目の前のドアを開いて一礼した。
一瞬、迷ったが、自身、愛純に文句を言いたい気持ちが勝った。ドライバーにイリヤのマンションの住所を告げると、相手は無表情に「かしこまりました」とうなずいた。
が愛純の向かい側に乗りこみ、ドライバーが運転席に戻ると、リムジンは出発した。
車内は予想以上に広く、ふかふかの座席に沈みこみながら、はきょろきょろと周囲を見回した。運転席と後部座席の間はガラス戸で仕切られており、会話は漏れない造りになっている。
車がイリヤのマンションの方角へ向かっていることを確認すると、は安堵して、愛純に向き直った。一方の愛純は落ち着いた態度で、備えつけのバーに手を延べている。
「飲み物でもいかが？」
の顔色の変化を見て、いたずらっぽく付け加える。
「毒なんて入ってないわよ」
「じゃあ、【ＳＩ：Ａ】のストロベリーティをください。愛純さんがＣＭに選ばれそびれたヤツ」
露骨な嫌味に、愛純は鼻の頭にシワを寄せた。結局、に差し出されたのは、愛純がＣＭで宣伝している、日西紅茶社のローズティだった。差し出されたカップから、車内に薔薇の芳醇な香りが満ちた。
一口、紅茶をすすり、は思わず頬を緩めた。
「…美味しい。…初めて飲んだけど、上品で香り高くて、愛純さんのイメージピッタリのお茶ですね」
「この紅茶はあたしも気に入ってるの。美味しいって言ってもらえるのは嬉しいわ」
正直な感想に、愛純も気取りをなくして、素直に嬉しそうな顔になる。
おそらくのこういうウソをつけない性格が、愛純に気に入られたのだろうが、それが現在のような揉め事に結びついたと思えば、面白くない。
飲み干したカップを愛純に返すと、は愛純に向かって身を乗り出した。
「それより愛純さん、私も愛純さんにお話したいことがあるんですけど」
「あなたの返答を受け付けなかったこと？ それともガイア・プロダクションに手を回したことかしら？」
「両方ですっ！」
噛みつくように答えるが、愛純は意にも介さず、傍らに置かれていた、封筒をに差し出した。
「じゃあ、もうひとつ増やしてもらいましょうか。あなたにプレゼントがあるの」
は封筒に収まっていた書類を取り出し、広げてみたが、どこかの土地と建物の売買に関する文書だということしか分からなかった。首をかしげて愛純を見ると、令嬢は優雅に微笑んだ。
「Ｂ・Ｍ事務所が入っているビルの土地と建物の権利書よ。あたしのパパが買い取ったの。…あんなちっぽけな土地、なんの役にも立たないけど、ビルを壊して、帝国テレビの出張所を建てるくらい、パパにとってはなんでもないのよ」
愛純の意図を悟り、は怒りで真っ赤になった。
「Ｂ・Ｍ事務所を奪おうって言うんですかっ!?」
拳を固めて、今にも殴りかかりそうになるを、愛純は鋭い視線と冷たい口調で押しとどめた。
「“プレゼント”だって言ったでしょう？ あなたがあたしの事務所に移籍したら、その書類はあなたにあげる。契約金の一部としてね。…その代わり、もしあなたがあたしの誘いをこれ以上拒むようなら…Ｂ・Ｍ事務所はなくなるわ。少なくとも今の場所からはね」
頭痛と耳鳴りを覚えて、はふかふかの座席に身を沈めた。事務所を出る時の、モトハルの笑顔と言葉が蘇る。
『オレは…オレ達みんなは、ここで待ってるから。いつでも帰っておいで』
モトハルにとって、いや、事務所の仲間みんなにとって、あの“場所”がどれほど大切か、も充分に分かっていた。
きっと、この愛純の申し出を聞いたら、モトハルは激怒するだろう。そして、こう言うに違いない。
『どこにいようと、オレ達みんなが集まる場所、そこがバード・ミュージック事務所なんだ！ を…大切な仲間を奪われるくらいなら、建物なんか、いくらでもくれてやる！』
そして、Ｍｉｎｋｌｅが、有香が、が笑顔で頑張れるように、内心はどんなにボロボロに傷ついても、笑っているに違いない。
「…できないよ…」
子どものように頭を振るの瞳から、涙があふれた。
「あの事務所は、モトハルくんがＭｉｎｋちゃんと２人で、ゼロから始めた場所なんだもん。モトハルくんも真帆子ちゃんも、お父さんが帰って来るのを、あの場所で待ってるんだもん。…あそこは、私達みんなにとって、大切な“還る”場所だから…私のワガママで失くすなんて、絶対に…できない」
うつむき、両手で顔をおおうを、愛純は痛みを堪えるような表情で見守っていた。
のＢ・Ｍ事務所への思い入れを利用すれば、必ず自分に従わせることができると愛純は確信していた。事務所を盾に取ったヤリクチは、それゆえに取った手段だった。だが、この手段はＢ・Ｍ事務所の仲間のようには愛純を想っていないことを、かえって愛純に突きつけるものだった。
「…悔しいわ…」
ぽつりと呟いた愛純の声は、の耳には入らなかった。
やがて、はゆっくり顔を上げた。その頬にはまだ涙の跡が残っていたが、瞳には強い決意が宿っていた。
「分かりました。愛純さんのおっしゃる通り、そちらの事務所に移籍します。だから、みんなからＢ・Ｍ事務所を奪わないでください」
愛純はすらりとした足を組み直し、「いいわ」とうなずいた。
「ただ…」言いかけて、は少しためらった。だが、思い切ったように訴えた。
「せめて“Ｂｌｏｓｓｏｍ”が解散するまで、移籍を待ってもらえませんか？ 明日からラストコンサートツアーに入るんです」
意外なことに、愛純はあっさりと許可した。
「いいわよ。それくらいなら待ってあげる。…ただし、ラストコンサートの最後のステージで、全国のファンの前で宣言してもらいましょうか。“事務所を移籍します”ってね」
諦めのため息と共にはうなずいた。の手から愛純は封筒と書類を取り上げ、きびきびと言った。
「これは、その時まで預かっておくわ。コンサートの後で渡してあげる」
それまで愛純がＢ・Ｍ事務所に対して何もしないという保証はなかったが、とりあえず愛純を信用するしかなかった。が渋々うなずいたところで、リムジンが停車した。
ドライバーが運転席との間のガラス戸を開けて、「お嬢さんのおっしゃった住所に着きましたが、こちらでよろしいでしょうか？」と言った。慌ててが窓の外を見ると、イリヤのマンションの前だった。
「あっ、降ります！」
が中腰になって立ち上がると、愛純はすかさず「イリヤくんによろしくね。…もっとも会えたらの話だけど」と言った。やはりどこへ行こうとしていたのか、愛純は分かっていたのだと、は口をへの字に曲げた。一方の愛純は優雅に微笑みながら告げた。
「あなたがうちの事務所に来てくれる日を楽しみに待ってるわ」
何か言い返そうとして、は口ごもった。に向けた愛純の笑顔は、卑怯な手口でを操ったのと同じ人物とはとても思えない、優しくて暖かいものだった。
傍若無人なやり方は使っても、愛純がを高く評価してくれているのは事実であり、それを思うと完全に愛純を突き放せないのが、の弱いところだった。
意気をくじかれ、はリムジンを降りた。肩を落としたを残し、純白の車は静かに走り去った。
※※※※※
マンションに設置された、地階のインタフォンを鳴らしても、イリヤの応答はなかった。部屋に電話しても、ただベルが鳴り続けるだけである。携帯にも電話してみたが、電源が入っていないと、音声案内が告げた。
開かないガラス戸の前で、が途方に暮れていると、気の毒に思ったのか、管理人室から警備員の男性が声をかけてきた。
「イリヤさんなら出かけられたよ。どこへ出かけたかまでは分からないけれど」
「えっ!? 本当ですかっ!?」
「ああ、１時間ほど前に、車で出かけて行ったみたいだよ。マネージャーさんがさっき管理人室へ来て、行き先を聞いて行ったし、しばらく戻らないんじゃないかねえ」
「…そうですか。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、はマンションを出た。
マネージャーもイリヤを探していたとすると、ガイア・プロ事務所でもイリヤの行き先を把握していないということだろう。こうなると、どこへ行ったらいいか、見当もつかず、は木枯らしの吹きすさぶ外で、足踏みした。
その時、はふと、ある場所を思い出した。ライブハウス『ＭＵＳＩＣ ＢＯＸ』だ。
万が一の可能性にかけて、は『ＭＵＳＩＣ ＢＯＸ』へ行ってみることにした。幸い、イリヤのマンションからも歩いて行ける距離で、道も分かりやすかった。半時間足らずで、はライブハウスへ着いた。
今日もライブはないらしく、辺りに人気はない。ライブハウス横の駐車場に、見覚えのあるベンツが止まっていて、はやはりここだったかと、ホッと息をついた。
表の入り口には鍵がかかっていたため、覚えのある裏の通用口へ回った。ノブをひねるとドアは簡単に開いた。そっと中に入ると、室内は薄暗く、ステージの上にだけ、小さくスポットライトが当たっていた。
スポットライトの下、パイプ椅子に座り、ギターを抱えたイリヤが１人、静かに歌いながら、弦を爪弾いていた。
覚えのあるメロディに、の胸がつまった。それはイリヤがのために作ってくれた曲だった。まだ歌詞が出来ていないため、イリヤが口ずさむのは「ＬａＬａＬａ〜♪」というフレーズだった。
こんな状況にも関わらず、イリヤのギターが奏でるのは、とても暖かいメロディーだった。メロディーに励まされるように、は足を踏み出した。
「イリヤくん…」
が呼びかけると、イリヤは顔を上げた。を認めて、ブルーグレイの瞳が揺れた。
「ちゃん」
ギターを置くと、イリヤは立ち上がった。ぎこちない足取りで、に近づく。まるで近づいたら、が幻に変わって消え去るのではないかと恐れているようだった。
「…あの…今日、ガイア・プロダクションの人が来て、それで、イリヤくんと連絡を取ろうと思ったんだけど、マンションにイリヤくんがいなくて…」
おずおずと言いかけると、イリヤはの瞳をじっと見つめて、「ごめん」と謝った。
「オレのところにもマネージャーから電話があったよ。何があったか聞いて、たまらなくなって部屋を出たけど、キミにも鳥海にも会わせる顔がなくて、気がついたら、ここへ来てた」
再び謝罪の言葉を口にするイリヤに、はふるふると頭を振った。明るく答えようとしたが、その声はひどく頼りないものになってしまった。
「…よかった。もうイリヤくんに会えなかったら、どうしようって思った…」
いたわるように、の両手をイリヤは握り締めた。緊張のためか、イリヤの手はひどくひんやりしていた。
「オレは覚悟を決めたよ。もう事務所の思惑に振り回されるのは嫌だ。ガイア・プロダクションを離れて、独立しようと思う。…これまで通りに仕事が来るわけじゃないけれど、キミさえよければ一緒に来てくれないか…？」
たまらずはうつむいた。「はい」と答えられたら、どんなにかいいだろうと思う。…だが、愛純との約束があった。
それに、例え愛純との約束がなかったとしても、イリヤを不用意に移籍させてはいけない気がした。はうつむき、か細い声で答えた。
「ごめんなさい。…私、やっぱりイリヤくんとは一緒に行けません。愛純さんの事務所に移籍すると約束したんです」
イリヤの瞳が驚愕で見開かれる。イリヤはの両肩をつかみ、激しい口調で尋ねた。
「水原になにを言われたんだ!?」
少しためらった後、は正直に答えた。
「私が移籍しなければ、Ｂ・Ｍ事務所ビルを潰すと」
イリヤの頬が怒りに染まる。
「…なんてことだ。鳥海はそれを知っているのか？」
は頭を振り、イリヤを見つめて訴えた。
「お願いです。モトハルくんには…ううん、Ｂ・Ｍ事務所のみんなには言わないで」
「…しかし…」
「モトハルくんやみんなはきっと事務所がなくなっても構わないと言ってくれると思います。…だからこそ、みんなのために、私は事務所を守りたいんです。…それに、愛純さんは私を高く評価してくれています。愛純さんのところで仕事するのも、きっと楽しいと思います」
の言葉が続くにつれ、イリヤの表情が怒りから深い悲しみへ変わっていった。
「…オレのことは考えてくれないの…？ オレはキミを必要としている。水原よりもずっと。…それでもキミは水原のところへ行ってしまうのか？」
「…ごめんなさい」
はイリヤの頬に、片手を伸ばして触れた。
「…お願いです。一時の感情で、ガイア・プロダクションから出て行ったりしないでください。イリヤくんがいなくなったら、ＧＩＬやＪＵＧＵＮＮＡはどうなるんですか…？ …どうか、今まで積み重ねて来たものを、簡単に捨てたりしないで」
ブルーグレイの瞳が苦しみに耐えかねるように閉じた。ひびわれた声でイリヤは尋ねた。
「…ガイア・プロダクションの命令で、オレはもうすぐＬ．Ａ．に戻らなければならない。…キミの知らない他の誰かと一緒に。…それでも、キミの気持ちは変わらないのか？」
「はい」
イリヤは唇をきゅっと噛み締めると、瞳を開いた。から手を離し、二三歩下がる。そしてに背を向けた。
「…ごめん。もう帰ってくれないか。…これ以上、一緒にいると、キミを傷つけてしまいそうだ」
震える背中と握り締められた両拳が、イリヤの傷心を表していた。は何か言おうとして、言葉を途中で飲みこんだ。
の本心はイリヤから離れたくなくても、愛純の事務所へ移ると決めた以上、もうイリヤの傍にはいられない。今は何を言っても、イリヤの耳には言い訳としか聞こえないだろう。
小さな声で「さよなら」と呟くと、は急ぎ足でライブハウスを出た。
続く
＜あとがき＞
とんでもないところで終わってしまってすみません。イリヤくんの誕生日をこういう展開で迎えるのも辛いものがあったので、前回は明るい話を挟んでみました。前回と言えば、アップしてから気づいたのですが、両思いなのに“みんなでパーティ”って、なんか変ですよね!?（滝汗）作者が万年お子様なもんで、どうもすみません…（逃げる)
実はこのＭｉｎｋ夢連載を始めたのって、０２年１月８日なんですよ。もうじき１年が過ぎてしまいそうです（ヤバイ）この１年、ドリームしか書いてないっていうのもなんだかなあ（滝汗）ええっと…がんばります〜。
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