【１１・ハッピー バースディ】
Ｂｌｏｓｓｏｍの解散コンサートは、全国ツアーで行なわれることになった。
北は仙台を皮切りに、名古屋、大阪、福岡を回り、最後に東京へ戻って来る。
ツアーを目前に控え、Ｂｌｏｓｓｏｍの５人は合宿所に寝泊りして、レッスンに明け暮れた。レッスンにはモトハルやイリヤも加わり、大勢の共同生活はとてもにぎやかになった。
※※※※※
１２月２日はイリヤの誕生日。この日はたまたまＢｌｏｓｓｏｍ全員のオフ日であり、せっかくだからということで、イリヤを招いて合宿所でパーティを開くことになった。
以前から、がＭａｃｏとＣａｎｏｎにせがまれていたこともあり、とＭｉｎｋｌｅの４人で、合宿所のキッチンを借りて、バースディケーキを作ることになった。
有香はと言うと、「有香、食べるのは大好きだけど、作るのはダメなの〜♪」の一言で、買出し要員に決定。『有香にゃん親衛隊』を名乗る、取り巻きのクラスメートの男子たちを伴って、パーティに必要な品物を買いに街へ出かけて行った。
モトハルは、たまたまの移籍やＢｌｏｓｓｏｍのコンサートツアーの打ち合わせがイリヤとあったため、イリヤに事情を気づかせることなく、パーティ開始時刻きっかりに合宿所へ連れて来る役目を引き受けてくれた。
合宿所から有香とモトハルが出て行くと、Ｍｉｎｋｌｅは早速、変身を解いた。
「あー、疲れたー。変身って肩が凝るのよねー」
肩や腰を拳でとんとんと叩きながら、真帆子がうめいた。
「真帆子、ババくさいよ」
ツッコミを入れる叶花も、気持ち良さそうに伸びをしている。さすがにみんくは慣れている様子だったが、それでも携帯をポケットにしまう仕草が嬉しそうだった。常に他人の目を気にしていなければならない合宿所生活は、正体を知られてはならないＭｉｎｋｌｅ３人にとって、かなりストレスがたまるようだった。
「合宿所には私しかいないから、夕方まで３人とものんびりするといいよ」
が言うと、３人はそろって「うん！」とニッコリした。
『ねえねえ、早くケーキを作ろうよ！』
待ちきれない様子でオムが４人をせかし、たちはそれぞれエプロンを身に着けて、キッチンに入った。
今日作るのは、とびきり大きな生クリームのバースディケーキ。ケーキの上にはイチゴと星型のクッキーを飾り、チョコレートで文字入れする予定だった。
まず冷蔵庫や備えつけの戸棚をあけて、材料を確認する。オムが読み上げるリストの品物を、たちが見つけては、キッチンテーブルの上へ並べていく。
『え〜と、薄力粉と砂糖』
「あったよ！」
真帆子が戸棚から顔を出して手を振る。
『卵。バター。イチゴ。チョコレート。生クリーム』
冷蔵庫を覗きこんでいたみんくが「そろってまぁす」と返事をする。
『ブランデーリキュールとバニラエッセンス』
「はいはい」
叶花が買い物袋から、ブランデーリキュールとバニラエッセンスの小瓶をテーブルに並べる。
『じゃあ、食材はそろってるね。あと、クッキーの生地。それとケーキ型とか泡立て器とかめん棒とか…道具は全部ある…？』
「あるよ。私が家から全部借りて来たから」
最後にが、昨日、自宅に寄って持って来た荷物を、テーブルの上にどんと置いた。
それから４人は忙しく立ち働き始めた。
クッキーの生地は一晩寝かせる必要があったので、まず、昨夜のうちに作っておいた生地を、がめん棒で伸ばす作業から始まった。
「これくらいでいいかな」
生地が均一な厚さになったところで、はキッチンテーブルに生地を広げた。４人の少女たちは好きなクッキーの型を手に取り、はしゃぎながら身を乗り出した。みんなで協力して、星やハートの形にクッキーを抜いていく。
「あれ？ お星さまが歪んじゃった」
斜めになってしまった星を見て、みんくが情けない顔をすると、叶花があっさり「星じゃなくて、もみじの葉ってことにすれば？」と言い放った。そう言う叶花の手元では、５つあるはずの角が１つ欠けた星ができあがっている。
「やだ、叶花！ なにそれ!?」
横を向いて笑う真帆子の手元が滑り、ハート型の一部が欠けてしまった。
「真帆子こそ、なによ、それ？ 失恋マーク？」
叶花のツッコミに、真帆子があかんべえで応戦する。
「みんな、よそ見しないでやらないとダメだよ！」
注意した途端、の手元が狂い、ハートが丸い形になってしまう。
「あ〜!? 私も失敗しちゃったっ!?」
悲鳴を上げるに、みんくたちは明るい笑い声を上げた。
騒ぎながらも、なんとか抜き終えた生地を天板に並べ、熱しておいたオーブンに入れる。１０分程度でクッキーは焼け、ひとまず冷ましておくことになった。
それから、いよいよケーキ作りに入った。
まず、砂糖と薄力粉を真帆子が振るい始める。普段からモトハルに欠かさずお弁当を届けているだけあって、ふるいを扱う手つきも慣れたものだった。
「へえ、あんたにも得意なことってあるのね」
「なにおう!?」
隣の叶花に余計なツッコミを入れられ、ムカッとした真帆子は、ふるっている最中にもかかわらず、拳を振り上げた。途端にふるいから真っ白な粉が飛び出し、キッチン中に舞った。
「きゃあっ！？」
頭から真っ白になった少女たちは悲鳴をあげた。一番真っ白になったのが叶花だったのは、自業自得と言えるかもしれない。
「真帆子ちゃ〜ん」
べそをかいたみんくの頬に、粉と涙が入り混じった跡がつく。４人は先を争うように水道の蛇口をひねった。
一旦、飛び散った粉を拭ってから、４人は料理を再開した。
真帆子が薄力粉をふるい、叶花が卵を卵白と卵黄に分けて、卵白を泡立て始める。真帆子に比べると、叶花の手つきはややぎこちない。少しずつ泡立っては来ているのだが、なかなか上手くいかない様子だった。
「ねえ、そろそろ止めてもいい？ 腕が疲れてきたよ」
「ダメダメ。今の３倍は泡立てなきゃ」
叶花の訴えに、真帆子がボールの泡立ち具合をちらりと見て、キッパリと頭を振る。
「叶花ちゃん、私と交代しようよ」
叶花の唇がとがるのを見て取って、バターを湯せんで溶かしていたが、叶花と交代した。
しっかりと泡立てた卵白に、砂糖と卵黄を数回ずつ加えたところで、今度はからみんくに交代した。
「バニラエッセンスを誰か取ってくれる？」
みんくの言葉にオムがテーブルの上に舞い降りた。瓶をつかんで、みんくのところへ飛ぶ。しかし瓶のふたが緩んでいたらしく、中身がオムのボディにこぼれかかった。
「わぁっ!? オムくん、気をつけて！」
の悲鳴に、オムは慌てて体勢を立て直し、瓶の中身全部をこぼすのはかろうじて防いだ。
全身から、バニラの香りをぷんぷんさせながら、オムはみんくの傍に着地した。
『ごめんなさい』
丸い瞳からうるうるとこぼれる涙も、バニラの香りである。叱るより先に、少女たちは吹き出していた。
「オムくんってば、とってもいい匂い！ 美味しそうだね。食べちゃいたい！」
がからかうと、オムは頬をふくらませて、地団太を踏んだ。
『ちゃん、ひどいや。ボクは食べ物じゃないよぅ！』
そんなこんなで紆余曲折を挟みながらも、卵を泡立てたボールに、バニラエッセンスと薄力粉と溶かしバターを加えて混ぜ、型に流しこんだ。
オーブンでスポンジを焼く間に、テーブルの上を片付ける。生クリームと砂糖とブランデーリキュールを混ぜ合わせて生クリームを作り、イチゴを洗ってヘタを取っている間に、スポンジはふんわりと焼き上がった。
焼き上がったスポンジを冷まして、横半分に切ると、いよいよお楽しみのデコレーションとなった。
とみんくが手分けして、二枚にスライスしたスポンジの、下の部分のスポンジに生クリームを塗って、切ったイチゴを載せる。その間に、叶花と真帆子が上の部分のスポンジに生クリームを塗った。
「きゃあっ！ 叶花ってば、どこにクリーム塗ってんのよ!?」
「あんたがよけないのが悪いんでしょ。ジャマだよ、その手」
「なんだとォ!? え〜い、こうしてくれるわ！」
「わぁっ!? 何すんのよ!?」
叶花のバターナイフが真帆子の腕をかすめたのをきっかけに、真帆子と叶花はスポンジではなく、互いの顔にクリームをなすりつけ始めてしまった。
「真帆子ちゃん、叶花ちゃん、真面目にやろうよぅ！」
止めに入ったみんくの鼻の頭にクリームが飛ぶ。
「ちょ…ちょっと、３人とも！」
これまた慌ててが止めに入ったところ、の頬にもべったりと生クリームがつけられてしまった。
にクリームをつけた張本人、叶花がいたずらっぽく舌を出して、さっとテーブルの陰へ避難する。
「逃げたな〜！」
とっさには手元のボールにスプーンをつっこみ、たっぷり生クリームをすくいとると、叶花を追って走り出していた。
それから、２０分近くも暴れ続けただろうか。
２つのボールいっぱいに作ってあった生クリームが底をついたところで、少女たちは我に返った。
気がつくと４人は、キッチン中を組んずほぐれつして暴れ回りながら、雪合戦ならぬ、生クリーム合戦を繰り広げていた。ケーキに塗るための生クリームは、ケーキではなく、４人の全身にくっついていた。
「…うわ、ベタベタだ」
がオーブンの脇から、手のひらについた生クリームをなめとりながら立ち上がると、冷蔵庫の陰やテーブルの下、戸棚の隅から、みんく、真帆子、叶花も同様の仕草をしながら出て来た。
『うわ〜ん！ 怖かったよぅ』
唯一、空中に逃れて参戦を免れたオムが、べそべそ泣きながらの肩に舞い降りる。その両手には、作りかけのケーキを載せた皿がしっかり抱えられていた。
「オムくん、ずっとケーキを守っててくれたの？」
の質問に、オムはあいかわらずバニラ風味の涙を流しながら、こくこくとうなずいた。確かにオムが守ってくれていなければ、理性を失った少女たちによって、争いはケーキのぶつけ合いにまで発展していそうだった。
「ありがとう。ごめんね。私たち、ちょっとはしゃぎすぎたみたい」
が頭を撫でてやると、オムはの手にケーキの皿をそっと置いた。
生クリームだらけになったキッチンを片付けながら、交代でシャワーを浴びて着替えることになり、それから再び生クリームを用意して、４人はケーキのデコレーションを再開した。
さすがに材料が残り少なくなっているため、これ以上、暴れることもなく、デコレーションは順調に進んだ。
真帆子が生クリームを塗った上下のスポンジを重ね、絞り袋に生クリームを入れて、ケーキの周囲を波型に飾る。そして、みんくと叶花が協力して、イチゴとクッキーを飾る。
その間に、は刻んだチョコレートを湯せんで溶かし、生クリームと一緒に混ぜて、絞り袋に入れた。
最後、ケーキの中央に、チョコレートの文字で「Ｈａｐｐｙ Ｂｉｒｔｈｄａｙ ＩＬＬＩＹＡ」と書き入れることで、特製バースディケーキは完成した。
完成した後、４人とオムはぐったりとキッチンの床にひっくり返った。
「…やっとできたぁ〜！」
「楽しかったぁ！」
満足そうにため息をつく叶花と真帆子を横目に見ながら、は少しだけ心配になって、みんくに話しかけた。
「イリヤくん、喜んでくれるかなあ…？」
「うん。みんなで頑張ったんだもん。きっと喜んでくれると思うよ」
心をこめて、みんくはそう答え、優しくニッコリした。
オムがふと何かを思い出したように体を起こした。
『ねえねえ、ちゃん。ちゃんはイリヤくんに誕生日プレゼントは何をあげるの？ 特別な何かをあげるんでしょ？』
は「うっ」と言葉に詰まってしまった。真帆子と叶花までもが興味深々での顔を見る。
「あたしたち、まだ見せてもらってないよ！」
「みんくに相談してたじゃない。何を用意したの？」
事情を知っているみんくだけが、困った顔で黙っている。みんなに見つめられて、は白状した。
「…みんくちゃんに手伝ってもらって、手作りに挑戦したんだけど、コンサートの準備とかが忙しくて、まだ途中なの。イリヤくんには悪いけど、残りはクリスマスまで待ってもらおうと思って…」
「残り？」と首をかしげる真帆子と叶花とオムに、は「うはは」と情けない笑いで誤魔化した。
※※※※※
有香が大量の荷物を親衛隊に持たせて帰って来た後、みんなで協力して、合宿所をパーティにふさわしく飾りつけた。
その後、全員そろって部屋に戻り、それぞれ着替えることになった。
ここでも一騒動が持ち上がった。Ｍｉｎｋｌｅも有香も、専用のクローゼットをひっくり返して服を物色し、ついには各自手持ちのアクセサリーまで持ち寄って、をオシャレさせるために一致団結してしまった。
「そんなにオシャレしなくたっていいよ！ みんなだけのパーティなんだから！」
恥ずかしがるを、有香が「ダメよ〜♪」とお説教する。
「男の子はね、好きな女の子が自分のためにオシャレしてくれると、嬉しいものなのよ〜♪ イリヤくんのバースディなんだもの〜♪ ちゃんはとびっきりオシャレしなくちゃ〜♪」
「…す、すきって…」
が真っ赤になって硬直してしまったのを良いことに、Ｍｉｎｋｌｅと有香は検討を重ねていく。
Ｍｉｎｋがクローゼットの中から、イリヤが初めて会った時、にプレゼントしてくれたドレスを取り出す。
「ちゃんはやっぱり、このドレスが一番、似合うよ」
「それに合わせるなら、バッグと靴はこれがいいんじゃない？」
Ｃａｎｏｎがドレスに合わせたバッグと靴を用意する。
「じゃあ、アクセサリーはこれとこれ！」
Ｍａｃｏがイヤリングとペンダントを選ぶ。
「髪型はあたしに任せて〜♪」
はしゃいだ口調で有香がブラシを手に取る。
４人は一斉にに飛びかかって着替えさせた後、今度はお化粧ポーチを持ち寄った。この服装ならばアイシャドーは何色、口紅は何色が似合うなどと、あれこれ言いながら、お化粧まで済ませてしまった。
お化粧している間、は目を閉じていて、どうなっているか、状況を見ないように命じられた。
「ちゃん、目を開けていいよ」
Ｍｉｎｋにうながされ、マネキンめいた気分を味わっていたは、恐る恐る目を開き、差し出された鏡を覗きこんだ。
手鏡の向こうからは、頬を上気させ、精一杯のオシャレをした愛らしい姿のが、微笑みかけていた。
カリスマアーティストが魔法のような技術で描き出す、見知らぬ自分に変身してしまった姿ではない。技術はプロには遠く及ばないけれど、友達の視点だからこそできる、本来の魅力を最大限に生かした姿がそこにはあった。
「…うわぁ、すごい！ みんな、ありがとう！」
思わず感激の声を上げるに、４人は満足そうに微笑みあった。
それから、Ｍｉｎｋたちも慌てて着替え、今度はがみんなの着替えやお化粧を手伝った。
全員の準備が整い、客間で待機を始めたちょうどその時、玄関のチャイムが鳴った。
モトハルに連れられて、イリヤが客間に入った瞬間、Ｂｌｏｓｓｏｍの５人は一斉にクラッカーを鳴らした。
「イリヤくん、おめでとう!!」
そろって声をかけられ、イリヤは目をパチクリさせた。辺りをきょろきょろと見回し、飾りつけられた室内と、『ＨＡＰＰＹ ＢＩＲＴＨＤＡＹ ＩＬＬＩＹＡ！』の垂れ幕を目に留める。途端にイリヤの表情がぱあっと明るくなった。
はイリヤの手を取って、客間の中央のテーブルへと誘った。たくさんのご馳走が並ぶテーブルの中央には、とびきり大きなバースディケーキがろうそくに火を灯して、スタンバイしていた。
「美味そうだね！ オレ、ケーキが大好きなんだ！」
甘い物に目がないイリヤは、大きなケーキに目が釘付けだった。待ちきれない様子で、いそいそとケーキの真向かいのテーブルにつく。ＭａｃｏとＣａｎｏｎが部屋のカーテンに飛びつき、Ｍｉｎｋが電気を消した。
薄闇の中、ぼうっと輝くろうそくと、それに照らされたケーキは幻想的な雰囲気をかもし出した。
息すら詰めて、全員が見守る中、イリヤはろうそくを一息に吹き消した。同時に拍手が起こる。
カーテンが再び開かれた後、今度は明るい部屋の中、ジュースの入ったグラスが回された。
「じゃあ、イリヤさんの誕生日を祝って、乾杯！」
モトハルが乾杯の音頭を取る。全員がグラスをぶつけ合い、「乾杯！」と叫んだ。
その後は、おしゃべりしながら食事を取ることになった。どの料理も美味しかったのだが、やはりイリヤが一番喜んだのは、とＭｉｎｋｌｅの努力の結晶のバースディケーキだった。
「こんなに美味いケーキは初めてだよ！ ありがとう！」
子どものようにケーキを口の中いっぱいにほうばり、イリヤは幸せそうにケーキを味わっていた。
そんなイリヤの様子に、とＭｉｎｋｌｅは「頑張って作って良かったね」と笑顔でうなずきあった。
その後は、みんながプレゼントをイリヤに贈ることになった。お菓子の材料代等、パーティの準備費だけでお小遣いを使ってしまったＢｌｏｓｓｏｍは、イリヤへのプレゼントとして歌を選択した。
１週間ほど前から練習を重ねた５人そろっての『ハッピー バースディ トゥ イリヤ』のアカペラは、イリヤをとても喜ばせた。
返礼として、イリヤがギターを片手に即興で歌ってくれたりと、パーティは大いに盛り上がった。
※※※※※
そして、盛況の内にパーティはお開きになった。
「今日は本当にありがとう。こんなに楽しい誕生日は初めてだよ。…ゆっくりしていたいけど、まだ仕事が残ってるんだ。そろそろ帰らないと」
残念そうに言って席を立ったイリヤを、はこっそり隠していた紙袋を持って追いかけた。
「あたしたちは後片付けしてるから」
そう言ってＭｉｎｋが、Ｖサインで“頑張ってね！”と合図してくれた。
イリヤが合宿所の玄関を出たところで、は追いついた。
「イリヤくん！ あのっ！」
「ちゃん？」
きょとんとして振り返るイリヤに、はおずおずとリボンをかけた紙袋を差し出した。
「…これ、私から。お誕生日プレゼントなの」
イリヤの不思議そうな顔が、明るい笑みに変わる。
「ありがとう！ 嬉しいよ」
勇んで差し出された両手に紙袋を渡しながら、もじもじと小さな声では謝った。
「…ごめんね。実はまだ途中なの…」
「途中？」
リボンをほどいて、袋の中身を取り出したイリヤは、「ぷっ」と吹き出した。
「本当だ」
袋の中からは、手編みの手袋が出てきたのだった。…ただし、片手だけ。
「ごめんなさいっ！ Ｍｉｎｋちゃんに教えてもらって編んだんだけど、片手分しか間に合わなかったの！ もう片方はクリスマスプレゼントにするから、もう少しだけ待ってくださいっ！」
は真っ赤な顔で深々と頭を下げた。それから恐る恐る顔を上げると、イリヤは手袋を右手にはめて、優しく微笑んでいた。
「ありがとう。とても暖かいよ。ツアーも近くて、毎日忙しいのに、無理して手作りしてくれたんだね」
まっすぐで暖かな瞳に間近で見つめられて、の心臓は今にも飛び出しそうだった。
「もう片方はいつでもいいよ。オレのために頑張ってくれたちゃんの気持ちが、オレにとっては最高のプレゼントだから。…ありがとう、ちゃん」
大好きなイリヤに最高に優しい言葉をかけてもらえて、は幸せな気持ちで「こちらこそありがとう、イリヤくん」と微笑み返した。
「あ、でも」とちろっと舌を出して、いたずらっぽくイリヤは言った。
「もうひとつだけ欲しいな。ちゃんからのバースディプレゼント」
「え!?」
訳が分からないでいるうちに、イリヤの手袋をはめた右手がの頬に触れた。イリヤの顔がに急速に近づく。柔らかくて暖かい感触が、の唇をさっとかすめ、それから離れていった。
「いっ、イリヤくんっ!?」
耳まで真っ赤になってが拳を振り上げた時には、イリヤはもうから数歩、あとずさっていた。素早く片目をつぶって言ってのける。
「今日は今までで最高のバースディになったよ。本当にありがとう！」
「じゃあ、また明日」と明るく手を振り、軽やかな足取りで去っていくイリヤの後姿を、は真っ赤な顔のまま見送った。
その後、いつまで経ってもが部屋へ戻って来ないことを心配したＭｉｎｋ達によって、玄関先で固まっているは発見された。
その夜、一体、イリヤと何があったのか、全員にが質問攻めにあったのは言うまでもなかった…。
続く
＜あとがき＞
イリヤくんバースディ記念ドリ。ギリギリ間に合いました（汗）せっかく誕生日だしってことで、ちょっと気分を変えて番外編的ストーリーになりました。
ちなみに、良い子は食べ物で遊んではいけません☆ 特に生クリームはお腹をこわす可能性もあるので、くれぐれもご注意くださいね。
あと、有香にゃんは原作の調理実習時の態度から考えて、まともにお料理しなさそうだったので、お買い物要員にしちゃいました。ごめんなさい。
…連載開始時の目標は１０話か１２話で完結…だったんですが、この進み具合だと、もうちょっと…１５話くらい続くかも（汗）ムダに長くてすみません（滝汗）この後も、もうしばらくお付き合いくださいませ。
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