【８・ＦＩＲＳＴ ＤＡＴＥ】
ハロウィンの行事が終われば、次はクリスマスの行事が待っている。
毎年、聖ポーリア礼拝堂はクリスマスイブに特別な礼拝を開いていた。クリスマス礼拝では信徒によるクリスマスの聖劇や、クリスマスキャロルの合唱、キャンドルサービス等が行われる。と聖良のシスター見習いは、その特別礼拝に向けての準備の手伝いで、再び忙しい日々を送ることになった。
クリスマス礼拝で配る手作りクッキーの材料を買うため、は街に出ていた。十二月の街はクリスマス一色になり、商店街ではクリスマスキャロルが鳴り響き、街路樹はピカピカ光る照明で飾られている。両手にクッキーの材料を入れた買い物袋がぶら下げながら、は街の華やかさに見とれていた。
ふと、通りすがりのおもちゃ屋のショーウィンドーに飾られたクリスマスツリーに目を奪われる。ツリーは真綿でできた雪を積もらせ、様々な形のオーナメントで飾られている。その中には小さな羽をつけた天使もあった。
「天使の階段か……。一体、どこにあるんだろう」
何気なく呟いて、ため息をつく。ハロウィン以来、シスター見習いの仕事が忙しくて気がまぎれているが、怪盗としてが抱える謎、先代の怪盗が怪盗ルシファーの長手袋を隠した場所、『天使の階段』のありかはいまだに分からない。理由を適当にでっち上げて、聖良や佐渡に調べてもらったりもしたのだが、何も有力な情報は得られなかった。
聖ポーリア学院一の情報通の佐渡、そして、聖ポーリア礼拝堂で大勢の人の悩みを聞き、聖華市で最も優秀な情報屋とも言える聖良にすらつかめないというのだから、本来、聖華市の住人ではないにとって、見つけ出すのが困難なのも無理はない。
――今はただ、見つかることを祈ろう。もうすぐクリスマスなんだもの。神様もきっと祈りを聞き届けて下さるはず――
ツリーのてっぺんに輝くダビデの星を見つめ、かつて怪盗ルシファーであった羽丘映美のために、また、先代の怪盗であったの祖母のために、『天使の階段』が見つかるようにと、は祈った。
「さんじゃないか。買い物かね？」
穏やかな声が背後からかかり、は振り返った。
「飛鳥刑事！？」
つるしのコートを着て、笑顔でそこに立っているのはアスカＪｒ．の父、飛鳥友貴だった。
「聖ポーリア礼拝堂のクリスマス礼拝の時に配る、クッキーの材料を買いに来たんです」
が答えると、飛鳥刑事は「クリスマスも近いから、忙しそうだな」とねぎらうようにうなずいた。
「飛鳥刑事はどうなさったんですか？」
「事件の聞き込みの帰りでね。今から署に戻るところだよ」
飛鳥刑事は「ああ、そう言えば」と微笑んだ。
「私が入院していた時に、お見舞いに来てくれてありがとう。その場にいなくて悪かったね」
聖華市長宅で、高熱のために倒れ、救急車で運ばれた飛鳥刑事は、その後、２、３日、警察病院に入院していたのだった。飛鳥刑事の容態が気になったは、アスカＪｒ．から病室の場所を聞いて、お見舞いに行った。ところがが病室を訪ねた時は、たまたま検査のために飛鳥刑事はベッドを離れており、はお見舞いの品のお菓子だけを病室に置いて帰ったという経緯があった。
「お礼代わりに、今からで良かったら何かご馳走しよう。リクエストはあるかね？」
ニコニコと飛鳥刑事に尋ねられ、は答えざるを得なくなった。時刻は午後３時を過ぎた辺り。ちょうどおやつの時間である。これから署に戻るというのだから、あまり飛鳥刑事に時間を取らせるのも悪いだろう。自身も買出しの途中なので、なるべく早く礼拝堂に戻らなければならない。そう思って返答に窮していると、ちょうどの目の前を、一台のトラックがゆっくりと通りかかった。
トラックの後ろの荷台からは、ポーという独特の笛の音と共に、モクモクと煙が上がり、香ばしい匂いが漂って来る。涼子と恭子が噂していた『なかなかつかまらない、幻のヤキイモ屋』に間違いなかった。
「あ！ あれ！」
は思い切って、ヤキイモ屋のトラックを指差した。
「友達に、とても美味しいヤキイモ屋さんだって教えてもらったんです。でも、まだ食べたことがなくって」
「ヤキイモか。よし。ここでちょっと待っていなさい」
駆け足でトラックを追い駆けた飛鳥刑事は、やがて一抱えもある紙袋いっぱいに、熱々のヤキイモを詰めて戻って来た。
「お嬢さん、どうぞ」
湯気の立つヤキイモをひとつ差し出され、は感謝して受け取った。飛鳥刑事もまた自分の分をひとつ取り出す。
通りのベンチに並んで腰掛けた二人は、サツマイモをふうふう言いながら食べた。涼子と恭子が噂していた通り、ヤキイモはホクホク感たっぷりの歯ざわりがして、甘味と香ばしさが絶妙なバランスを醸し出しており、とても美味しかった。
「これは確かに美味いな」
「本当に美味しいですね。ありがとうございます、飛鳥刑事」
顔を見合わせて、二人は微笑を交わした。
「お茶が飲みたくなるなあ」
飛鳥刑事の呟きに、はコートのポケットから、緑茶のペットボトルを二本取り出し、片方を差し出した。
「そうおっしゃるんじゃないかと思って、さっき飛鳥刑事が行かれた間に、自販機で買っておきました。これ、飛鳥刑事の分です」
「用意がいいな。ありがとう」
から暖かいペットボトルを受け取り、飛鳥刑事は嬉しそうな顔をした。
「さんは本当に気が利くね。気立ても良いし、きっと立派なシスターになるんだろうな」
心から褒められていると分かるだけに、の胸の内にやましい思いが過ぎった。今、聖華市警察を騒がせている怪盗の正体が、自分の隣に座っている少女だと知ったら、飛鳥刑事は泡を吹くに違いない。それでも、飛鳥刑事と一緒にいるひとときは、にとって、ほのぼのとした気持ちになれた。
美味しそうにヤキイモを食べている飛鳥刑事の横顔をこっそり見て、は自分が怪盗ではなく、極普通の少女として、飛鳥刑事との時間を過ごせたら、どんなに楽しいだろうと想像せずにはいられなかった。ヤキイモは本当に美味しかったし、ヤキイモで乾いた喉を潤すお茶は、ペットボトルでも充分に美味しく感じた。飛鳥刑事の横顔は穏やかで優しく、にとって癒し効果のあるオーラが備わっているようだった。
「ん？ どうかしたかね？」
の視線に気づいたのか、飛鳥刑事が不思議そうに振り返った。二人の瞳がバッチリ合う。そこでは、自分が飛鳥刑事に見とれていたという事実にハッと気づかされた。
「い、いえ、なんでもありません」
思わず瞳をそらしてうつむいてしまう。は、自身の心臓が早鐘を打ち、頬が熱くなって、赤らんでいることに動揺した。これでは、涼子達に恋をしているなどと、からかわれても無理はない。
――あたしは主にお仕えする身なんだから――
何度となく繰り返した言葉も、心臓の跳ねる音を抑えることはできなかった。このままでは飛鳥刑事に不審に思われてしまうと、はますます焦った。
その時、賑やかな鐘を鳴らしながら、サンタクロースの格好をした、数人の若者が通りかかった。一人のサンタは『聖華商店街クリスマス特別セール』の看板を高々と掲げながら、ハンドベルを鳴らし、残りのサンタは手に提げた籠からチラシを配っている。
チラシを配っていたサンタの一人が達に近づいた。
「お嬢さん、お父さんとご一緒にどうぞ」
にこやかなセリフと共に、の手にチラシが押し付けられた。
「えっ!? あ、あのっ……！」
「あたし達は親子じゃないんです」と告げる前に、サンタの集団は通り過ぎてしまった。仕方なく手にしたチラシを見ると、今週末に商店街主催で開かれるクリスマスイベントのチラシだった。アイドルのＭｉｎｋが招かれて、コンサートを行うらしい。開場は１７時半、開演は１８時と、夕方から夜にかけてのライブになるようだった。二名までの無料チケットがホッチキスで留めてある。
飛鳥刑事にチラシを手渡すと、「ほう」と彼はうなった。
「場所は海岸通りのホールか。君のお祖母様も昔、舞台を上演したことがあったな。あの頃、このホールは確か『天使のホール』と呼ばれていたはずだが……」
「天使！？ 聖華市に天使の名前がつく建物があるなんて知りませんでした！ どうして『天使のホール』と呼ばれていたんですか！？」
掴みかかりかねない勢いでに尋ねられ、飛鳥刑事は驚いたように答えた。
「老朽化を防ぐための改装工事をした時に撤去されて、今は跡形もないが、十年ほど前まで、天使の姿を彫った柱があってね。その柱から取られた呼び名だよ」
「柱……ですか」
階段ではなかったことに肩を落としたものの、は『天使』というキーワード、それに祖母が訪れたことがあるという話が気になって仕方なかった。
「お祖母様が来られた頃とは雰囲気が変わってしまったが、見事なホールだよ。良かったら、コンサートに行ってみるといい」
チラシを返されて、はうなずいた。だが、そこではたと気づく。今はもう跡形もないという物のありかを、どうやって突き止めればいいのだろう。
答えはひとつ。実際に見たことのある人物に尋ねるしかない。
「……じゃあ、そろそろ私は署に帰ることにするよ。さんも気をつけて帰りなさい」
立ち去ろうとする飛鳥刑事の腕を、ほとんど無意識のうちに、は両手でがしっと掴んでいた。
「あのっ！ 飛鳥刑事もご一緒に、コンサートへ行きませんかっ！？」
突拍子もないの発言に、飛鳥刑事の瞳がこれ以上ないほど見開かれる。
「お友達とは行かないのかね？」
「いえ、あの、一人分のチケットだと友達は誘いにくいし、飛鳥刑事にもっとお祖母ちゃんの話とか伺いたいし、その……」
言い訳しながら、自分が神に仕える者としては、ものすごく大胆なことをしたことに、今更ながら気づく。耳まで真っ赤になりながら、は謝った。
「……ご、ごめんなさい。お忙しいのに、私なんかがお誘いしたら、ご迷惑ですよね。すみません」
こんな小娘の誘いに、飛鳥刑事が乗るはずもない。断られるに決まっているのに、何をやっているのかと、は安易に飛鳥刑事を誘った浅はかさを呪った。だが、数秒の沈黙の後、飛鳥刑事は笑顔でチケットを一枚受け取った。
「この日なら私はちょうど非番だよ。私みたいなおじさんで良かったら、ご一緒しよう」
「ええっ！？ 本当にいいんですかっ！？」
思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。
「夜のコンサートに中学生だけで行くよりは、保護者がついていたほうが安心だろうからね」
「ありがとうございます！」
はギュッと飛鳥刑事の両腕を握り、ぶんぶんと縦に振って、心の底からお礼を言った。
「それじゃあ、待ち合わせは当日の開場時間にホールの出入り口で」
「はい！」
去って行く飛鳥刑事を見送ってから、は心から安堵すると同時に、無性に恥ずかしさを感じていた。涼子と恭子に知られたら、『飛鳥刑事とがデートだって!!』と大騒ぎするに違いない。
――これはデートなんかじゃない。怪盗としての仕事よ。天使のホールについて調べる必要があるから、飛鳥刑事を利用させてもらうだけ。飛鳥刑事だって、私の保護者代わりのつもりで誘いを受けて下さったんだから――
それなのに、どうして飛鳥刑事と一緒にコンサートに行くと思うだけで、胸がドキドキするのか。は不可思議な自分の感情に戸惑わずにはいられなかった。
☆★☆★☆
イベント当日、待ち合わせの５分前に、はかなり緊張しながらドーム型の白亜のホールの入り口に立っていた。この日が来るまで、飛鳥刑事と並んで座るためには、どんな服装がふさわしいかを、ずっと悩んでいた。
結局、無難に、清楚な雰囲気の白ワンピースを選んだが、飛鳥刑事に、私服の自分をどう見られるかと考えると、なんだか落ち着かない。そうやって悩んでいる時点で、既に恋する乙女モードであることを、は自覚していなかった。
もっとも服の悩みだけで、ただ過ごしていたわけではない。シスター見習いとしてクリスマスの準備で忙しい中でも、調べられる限り『天使のホール』についての情報は得ていた。県立図書館にあった古い資料で、柱のデザインも確認した。純白の大理石の柱の中央に、背中に大きな翼を持った大天使の立ち姿が彫られた物だったらしい。資料の紹介によると、ホールの入り口の中央付近に大きく建てられた柱だったそうで、『天使』ではあるものの『階段』とは縁がなさそうだった。
「さん、待たせたね」
声をかけられて振り向くと、いつものコート姿の飛鳥刑事が立っていた。
「飛鳥刑事、こんばんは」
緊張しながら挨拶するを、飛鳥刑事は無言で見つめた。
「……あの、なにかヘンでしょうか？」
恐る恐る尋ねると、飛鳥刑事は「いや」と首を横に振って、何故か視線を空に泳がせた。
「そうやって盛装すると、ますます若い頃のお祖母様に似ているなと思ってね。こんな綺麗なお嬢さんのパートナーが、私のようなしょぼくれたおじさんで申し訳ないな」
「そ、そんなことないです！ 飛鳥刑事は素敵な方です！」
思わずむきになって力説して、は自分のセリフに真っ赤になった。
「ありがとう、さん」
飛鳥刑事の笑顔が優しい。ただでさえ緊張していたは、ドギマギして、思わず口を滑らせた。
「で良いです。名前で呼んで下さい。飛鳥刑事は目上の方なのに、丁寧に呼んでいただくのは、私の方こそ、なんだか申し訳ないです」
「そうかね？」
飛鳥刑事は瞳を丸くした。その時、達の背後でホールの扉が開かれ、並んでいた人々が入場し始めた。開場時間になったようだった。
「じゃあ、行こうか。くん」
自然な仕草で片手を差し出され、は少しはにかみながらも、その手を取った。飛鳥刑事の手は包みこむように大きく温かかった。
会場内に入ると、はきょろきょろと辺りを見渡した。
「天使の柱はどの辺りにあったんですか？」
飛鳥刑事はを入り口の正面に案内して、「ちょうどこの辺りだよ」と教えてくれた。その場所に実際に立ってみて、は冷静な眼で周囲を注視した。
今は柱の代わりに、聖母子像の壁画が描かれた巨大な壁が立ちはだかっている。壁と床は同色系の白い大理石で作られており、同時期に製作されたことは間違いない。柱を撤去すると同時に、床の張替えも行われたのだろう。万が一、の祖母が天使の柱の下に何かを隠していたとしても、柱の撤去工事で掘り出され、とっくに発見されていたに違いない。以上の推測から、残念ながら、このホールは『天使の階段』とは関係なさそうだとは判断した。
「何か興味を引く物でもあったのかな？」
飛鳥刑事に尋ねられ、は慌てて頭を横に振った。
「いえ、ただ、天使の柱を見てみたかったなと思っただけです」
「それは無理だな。完全に改修されてしまったからね」
のほほんと言う飛鳥刑事に、これ以上、自分が天使というキーワードに固執していることを悟らせるのはまずいと感じたは、話題を変えることにした。
「ところで、祖母がここで演じた舞台ってなんだったんですか？」
「シェイクスピアの『真夏の夜の夢』という喜劇だった。君のお祖母様はタイターニアという妖精の女王の役で、ケンカをした夫のオーベロン王に媚薬を盛られて、ロバの顔をかぶった人間の道化師に恋をしてしまうんだ」
「ええ！？ それで、どうなってしまうんですか！？」
「大丈夫。最後には夫と仲直りして、薬の効き目を取り払ってもらうんだよ。中学生には戯曲なんて馴染みが薄いかもしれないが、一度、翻訳された原作を読んでみるといい」
は素直に「はい」と答えた。
「開演時間が近づいて来たな。そろそろ席につこう」
飛鳥刑事がうながし、二人はホールの一階席の真ん中辺りに席を取った。目線の位置にステージが良く見えた。二人はしばらく、席につく直前に購入したパンフレットを見たりしていたが、やがて会場にブザーが鳴り響き、開演が告げられた。同時に会場の明かりが消され、すうっと辺りが暗くなる。
非常灯の明かりだけがぼんやりと光る会場に、水音をアレンジしたバックミュージックが流され、場内が静まり返った。
バックミュージシャン達がステージの袖から現われ、席に着き、それぞれの楽器を手にしたりして、位置につく。
そして、Ｍｉｎｋが現われて、マイクを手にした途端、眩いスポットライトが浴びせられ、背景に海の波を連想させる、幻想的なライティングが現われた。
水音が静かに消えてゆき、代わりにパーカッションが最初は小さく、次第に大きくドラムを叩き始める。ギター、ベースギターがそれに続き、キーボードからピアノの綺麗な旋律が流れて、演奏は始まった。
海の波間に漂う人魚のように、優雅に身振り手振りを、旋律に合わせて動かしながら、歌姫は歌い始めた。澄んだ力強い歌声が会場に響き渡り、も飛鳥刑事も釘付けになったようにステージに見惚れた。
「Ｔｅａｒｓ ｏｆ Ｍｅｒｍａｉｄ
こんなに傍にいるのに
貴方に私の想いは届かない
私の声は貴方に聴こえない
声にならない声で叫ぶの
私はここにいるよ
愛してるの
たとえ貴方の瞳が私を見ていなくても
いつまでも変わらずに」
届かない想いを歌う歌声に、は胸を打たれ、思わず涙が盛り上がった。
一時間半のうちに十数曲が歌われ、二回のアンコールにも応えて、ラストソングは最高潮まで盛り上がり、コンサートは盛況のうちに幕を閉じた。
自宅へは飛鳥刑事が車で送ってくれることになった。ありがたく助手席に座ったは、今日のコンサートの感動を語るのに終始した。
「素敵なコンサートでしたね。あたし、感動しました。ひとつひとつの歌詞を観客に向けて、一生懸命に歌っている感じが、すごく伝わって来て、心をこめて歌うってどういうことか、初めて分かった気がします」
「くんはハンカチがびしょ濡れになるくらい泣いていたね。そんなに感動したのかね？」
「……切ない片想いの歌って、聴いているとなんだか胸が締めつけられる気がするんです」
の横顔をちらりと見て、ハンドルを握る飛鳥刑事は、ふうとため息を漏らした。
「くんくらいの年の子は、こちらはまだまだ子どもだと思っていても、ふとした瞬間に大人の顔を見せるものだね。親としては複雑だよ。うちの息子も、そのうち好きな女の子ができて、家に連れて来るかもしれないな」
アスカJr.に片思い中の芽美のことを思い出し、はドキリとした。ごまかすように飛鳥刑事に話題を振る。
「そういう飛鳥刑事は再婚はなさらないんですか？ こんなに素敵な方なのに」
飛鳥刑事は「大人をからかうんじゃないよ」と苦笑いした。
「私はどうも結婚に向いていない性格のようでね。息子と二人、今の気楽な生活で充分だよ。幸い、息子も家事上手に育ってくれたしな」
「アスカJr.は勉強だけじゃなくて、お料理も得意なんですね！」
「ああ、自慢の息子だ」
ニッコリ笑う飛鳥刑事は誇らしげで、心からアスカJr.を大切に想っていることが伺えた。
その時、飛鳥刑事の胸ポケットから携帯電話が鳴り出した。
「なんだろう？ 済まないが、少し車を停めるよ。仕事の電話だと困るからね」
飛鳥刑事は車を他の車の通行の邪魔にならないように、道路の左端に寄せ、鳴り続ける携帯電話を取った。
「もしもし。……ああ、息子か、どうした？」
飛鳥刑事はアスカJr.のことを、名前ではなく『息子』と呼ぶらしい。呑気に会話を聞きながら思っただったが、次の応答の瞬間、飛鳥刑事の顔色が変わった。
「なにぃ！？ 怪盗セイント・テールが今夜現れる！？ 予告状がさっき届いただと！？」
しばらくのやり取りの後、「分かった。現場に急行する」と答えて、飛鳥刑事は電話を切った。続いて、今度はどこかの番号に電話をかける。切羽詰った口ぶりからが察したのは、飛鳥刑事がかけたのは、どうやら所属する聖華市警察の刑事課らしく、緊急召集の号令をかけているようだった。
電話でのやり取りが終了した後、真剣な表情で飛鳥刑事はに向き直った。
「聞いての通りだ。申し訳ないが、くんの家まで送ってあげることができなくなった」
「あたしは大丈夫です。お仕事を優先させてください」
「……しかし、君のようなお嬢さんを、夜道で一人で放り出す訳にもいかないな。こんな中途半端な場所では、通りすがりのタクシーも拾えないだろう」
困り顔になる飛鳥刑事に、は思い切って頼みこんだ。
「良かったら、私を予告状の現場まで連れて行ってください。絶対にお邪魔にはなりませんから」
「……しかし……」
ためらい顔になる飛鳥刑事だったが、判断は早かった。
「現場に着いたら、タクシーを呼んであげよう。それが一番安心だ。申し訳ないが、とりあえず一旦は、現場まで着いて来てもらうしかないな」
「はい。ありがとうございます！」
飛鳥刑事の車はＵターンをして、の家路とは違う道を辿り始めた。今度は、飛鳥刑事が法定速度を破らない程度ではあるものの、出来得る限りのスピードで現場に向かって運転していることが分かったので、も無駄なおしゃべりはせず、ただ黙って夜道を見つめていた。
それにまた、怪盗セイント・テールの正体を知るにとって、気がかりなことがあった。通常、怪盗セイント・テールは、遅くとも犯行予定時間の半日以上前には予告を出す。それが夜になってから、急に予告状を出して来て、その晩が犯行予定時間とは異例の速さだ。何か、急いで獲物を狙わなければならない事情ができたに違いない。は芽美のことが心配だった。
「あの……セイント・テールが指定した予告状の現場ってどこですか？」
の問いかけに、苦虫を噛み潰したような飛鳥刑事の返事が返って来た。
「さっきまで我々がいたところだよ。海岸通りのホールだ。しかも狙われているのはＭｉｎｋさんらしい」
「ええっ！？」
驚きの声を上げながら、嫌な予感をは拭えずにいた。
続く
＜あとがき＞
久々のセイント・テールの更新です。なかなか書けなくて、待っていて下さった方、いらしたら、本当にごめんなさい。
今回、色々、分かっていて、嘘を書いています。まず、セイント・テールが活躍していた年代には、お茶のペットボトルや今のような携帯電話は存在しないと思います。
それに、アイドルＭｉｎｋちゃんも、もちろんまだデビューしていません。更に言うとまだ１４才のＭｉｎｋちゃんは、法律で夜にコンサートなどの仕事を行うことは禁じられているはずです。
でも、嘘を承知で色々と登場させちゃいました。ごめんなさい。さらっと見逃していただけるとありがたいです。
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