【５・ＴＲＩＣＫ ＯＲ ＴＲＥＡＴ！】
その日、聖華市の市長である、森中秀雄氏の自宅に、怪盗から一通の予告状が届けられた。
『来るハロウィン当日 １６時ちょうどに“嘆きの人魚像”をお返しいたします 怪盗』
叔父から予告状を見せられた高宮リナは、片手でくしゃりと予告状を握り締め、不敵な笑い声を上げた。
「あたしの叔父様が次のターゲットだなんて、いい根性してるじゃない、怪盗！ 見てなさい！ 必ず逮捕してやるわ！」
☆★☆★☆
翌朝、が登校すると、クラス中が怪盗と高宮リナの直接対決の話題で持ち切りだった。
「ねえ、はどっちが勝つと思う？」
「あたしたちは、今度こそ高宮さんが怪盗を逮捕するんじゃないかなって思うの」
“Ｎｏｉｓｅな二人”とあだ名される噂話シスターズ、涼子と恭子に開口一番、尋ねられて、はたじろいだ。二人とおしゃべりしていた羽丘芽美と深森聖良も、既に同じことを聞かれたのだろう。の困った顔を見ながら苦笑している。
「…え…えーと、あたしは…う〜ん…よく分からないよ」
の本音としては、怪盗が逮捕されては絶対に困るのだが、そんなことが言えるはずもなく、さりげなくノーコメントで通した。
聖華新聞の記事を広げながら、口々に涼子と恭子は言った。
「『嘆きの人魚像』は二十年前に、当時の聖華市長さんが公費で購入した物なんだって。時価数億は下らないんだってよ！」
「体は純金でできていて、瞳にはエメラルド、涙にはサファイアがはめこまれ、鱗は全てピンクパールなんだって…！」
Ｎｏｉｓｅな二人は、互いの両手のひらを合わせると、「本物が見ったぁい〜!!」と黄色い声を張り上げた。
「ねえねえ、当日の放課後は、みんなで市長さんの家へ怪盗を見に行かない!?」
涼子の誘いに、芽美は「あたしはパス。その日はちょっと用事があるんだ」と断った。と聖良もそろって首を横に振る。
「ハロウィン当日は礼拝堂で御ミサがあるから無理だよ」
「その後は、仮装した子供たちと一緒に、お菓子をいただきに町へ出かけることになっていますし」
それを聞いた恭子が、面白そうに瞳を輝かせた。
「ハロウィンって確か、外国では子供達がお化けの格好をして、“Ｔｒｉｃｋ ｏｒ Ｔｒｅａｔ！（お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ！）”って言いながら、町中のお家を訪ねるんだよね？」
芽美が「わあ！ たちも仮装するの!?」と感心した声を上げる。
「そうだよ。あたしたちが訪問するのは、あらかじめお菓子を届けてある、教会の信者のお宅なんだけどね」
「子供たちだけでは、街で迷子になるかもしれませんから、ちゃんとわたしは、何人かの保護者の方とご一緒に、お化けの変装をして、子供たちを先導することになっているんです」
と聖良は顔を見合わせてニッコリした。
「へえ〜、面白そうじゃん！」
「どんな衣装!? 見せて見せて！」
期待いっぱいの涼子と恭子に、シスター見習いの二人は苦笑した。
「お見せできるほど、大したものではないんです。古いカーテンを頭からかぶって、目のところに穴を開けただけですもの」
「カボチャのランタンや、子供達の衣装作りが忙しくて、大人の衣装まで凝ってる暇がなかったんだ。先導役の大人は、全員おそろいのカーテンお化けだよ」
恭子が「な〜んだ、つまらないの〜」とがっかりした声を出した。
「去年の学院祭で、お化け屋敷をやった時の、あたしの衣装がまだ家に残ってるかも…？ 良かったら、衣装を貸してあげるから、だけでも魔女に変装してみない!?」
涼子の提案に、の心臓が激しく飛び跳ねた。
「ええっ!? あたしはお化けのままでいいよ！」
「あたしもの魔女が見たいな〜！ きっと似合うと思うよ」
嬉しそうに言う芽美にも、は大げさなほど、首を横に振って見せた。
「見なくていいってば！ 涼子、気持ちだけもらっておくから、ね？」
「…そこまでが嫌がるなら、仕方ないなぁ。でも、ホント残念！ 気が変わったらいつでも言ってね！」
涼子があっさり引き下がったことに、はこっそり胸を撫で下ろした。
実は、はハロウィンの仮装行列に紛れて、『嘆きの人魚像』を返すつもりだった。行列のコースは聖ポーリア学院から、町の中心地にある市役所前を通り、森中市長の自宅付近を抜けるルートになっている。ただし、計画を実行するためには、ドロボウの準備を隠しやすい、カーテンお化けの衣装が必要がだった。
「大変だろうけど、も聖良も頑張ってね！」
明るく微笑む芽美に、二人のシスター見習いは、そろって笑顔でうなずいた。
☆★☆★☆
ハロウィン当日は日曜日だった。午後から始まった聖ポーリア礼拝堂でのミサで、は必死にあくびを噛み殺していた。
「…ちゃん？ なんだか眠そうですわ。大丈夫ですか？」
隣に並んでいる聖良に尋ねられ、は「昨夜眠れなくてさ、ごめんね」と、目じりに涙をためた顔で謝った。寝不足は、怪盗としての下準備のせいだが、もちろんナイショである。だが、聖良は違う方向で気を回したようだった。
「…もしかして、高宮さんのことを気に病んでいらっしゃるんですか？」
そう言って、さりげなく聖良は背後を振り返った。と聖良が座る椅子の数列後ろには、信者に紛れてミサに参加している高宮リナの姿があった。リナの視線が、祈りを捧げる祭壇ではなく、の背中にまっすぐ突き刺さっていることは、わざわざ振り返らなくても、には充分に感じ取れた。
「高宮さんがクリスチャンというお話も聞きませんし、怪盗の予告状が出ている当日なのに、わざわざ教会にいらしているのは、ちゃんを怪盗としてマークしているとしか考えられませんわ」
「…そうだよねえ」
リナに聞こえないように、こそこそとささやく聖良の言葉に、は微苦笑した。予告の当日にリナに尾けられるかもしれないことは、ある程度、予想していたが、ここまであからさまに疑いの目を向けられては、やはり落ち着かない。
「やっぱり、ハロウィン行列も尾けてくるつもりかなぁ」
「困りましたわね。…でも、かえって疑いを晴らすいいチャンスかもしれませんわ」
ため息をつくに、その正体を知らない聖良は無垢な笑みを浮かべた。良心の痛みを覚えつつ、は「…まあね」と曖昧にうなずいた。
☆★☆★☆
午後２時、仮装行列に参加する者たちが聖ポーリア礼拝堂前に集まった。が辺りをうかがうと、案の定、少し離れた木立からリナが様子をうかがっている。リナは先導役の大人たちが全員、同じお化けの格好で現れたので、戸惑っているようだった。
は自分のカボチャのランタンの柄に、大きなショッキングピンクのリボンを結んだ。そして、その目立つランタンを持ったまま、リナに近づいた。
「高宮さん、こんにちは！ 行列の見物に来てくれたの？」
声で本人だと分かったらしく、リナは一瞬、ひるんだ顔をした。だが、すぐに落ち着きを取り戻し、「ええ」とうなずいた。
「良かったら、高宮さんも一緒に仮装して参加しない？ ランタンも貸してあげるよ？」
ランタンを差し出すと、リナはど派手なリボンを見やって、不快そうに首を横に振り、肩をそびやかした。
「遠慮しておくわ。あたし、今日はそれほど暇じゃないのよ」
「…そう言えば、今日は怪盗の予告の日だっけ。忙しいんでしょう？ 張りこみに行かなくて大丈夫なの？」
白々しくが尋ねると、リナは皮肉っぽく唇の端を上げた。
「大丈夫よ。仕事はちゃんとやってるから」
「ふうん？ …あ、そろそろ出発の時間だから。じゃあね！ お仕事がんばって」
無邪気にリナに言うと、は行列に戻った。
まもなく、先導役の大人たちが歩き始め、三十人弱の仮装行列は出発した。
さりげなくが振り返ると、行列の後から、たくさんの見物客にまぎれて、リナはしっかりの後を尾けて来ていた。リナが今日は一日、を見張るつもりなのは間違いないようだった。
☆★☆★☆
やんちゃ盛りの子どもたちを先導して、街中を歩くというのが、いかに大変か、は今ひとつ分かっていなかった。
数分ごとに、誰かが必ず行列を外れて、どこか違う方向へ行ってしまうし、列の中央ではひっきりなしにケンカが起きる。大人たちはふらふらと列を離れかける魔女っこを引き戻したり、取っ組み合っている吸血鬼と狼男を引きはがすことに追われた。
だが、ハロウィンに現れた本物の小鬼もかくやとばかりに、いたずらばかりしている子どもたちも、お菓子をもらえる家に着いた時だけは、天使のようにおとなしかった。
期待と興奮で瞳をキラキラさせながら、チャイムを鳴らし、現れた家の者に声をそろえて、“Ｔｒｉｃｋ ｏｒ Ｔｒｅａｔ！（お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ！）”と叫ぶ。そして、一人一人が両手いっぱいのお菓子をもらうと、満面の笑顔でお礼を言い、ばね仕掛けの人形のように飛び跳ねて喜んだ。
心からハロウィン行事を楽しんでいる子どもたちの様子を見ていると、も疲れを忘れて、自然に笑顔になった。
だが、まもなく行列は、が行動を開始しなければならない、市役所近辺にさしかかろうとしていた。
時計を見て、頃合と判断し、は背後をうかがった。道路脇の見物客の間には高宮リナがいる。ちょうど、リナの携帯が鳴り出したらしく、リナは一瞬、仮装行列から顔をそむけて、受話器を取るところだった。
リナの様子を油断なく見張りつつ、は少し離れた位置を歩く聖良に近づいた。
お化けの仮装をしている者は、みんな同じように見えるが、聖良とだけは他の保護者と見分ける方法がある。それは、カーテンの裾から覗く、聖ポーリア学院の学校指定の制靴だった。
は聖良の横に並び、そのランタンの火をこっそりと吹き消した。
一呼吸置いた後、はわざと聖良に話しかけた。
「あれ？ ランタンの火が消えちゃったみたいだよ」
「あら？ いつのまに消えたんでしょう…」
戸惑った声で聖良が答える。
「そのランタン、ちょっとあたしのと交換してくれる？ ライターを持っている保護者の人に頼んで、もう一度、火を点けてもらって来るよ」
の申し出に、聖良は「ありがとうございます」と言って、自分のランタンを手渡した。そして、疑う様子もなく、聖良は代わりにのランタンを受け取った。
聖良から離れた後、は再び背後を振り返った。…まだリナは電話で話すのに一生懸命で、予想通りランタンの交換に気づいていない。読唇術を心得ているは、離れた位置にいても、リナが『なに言ってるのよ、アスカＪｒ．！ これは捜査の一環よ！ は本当に怪しいんだから！』と言い返しているのが読み取れた。
はこっそり、『アスカＪｒ．、サンキュ』と胸のうちで呟いた。さっき立ち寄った家から出発する直前、は、アスカＪｒ．にメールを送信していた。それは“高宮さんがずっとあたしを見張って、行列を尾けてきているの。なんとか止めさせてもらえないかな？”という内容だった。
それがリナの気を散らすの作戦とも知らず、メールを読んだアスカＪｒ．は、律儀にリナに電話をかけて、注意してくれたに違いない。
は、電話を切ったリナが、ピンクのリボンをつけたランタンを持った聖良に、視線を送るのを確認した。ランタンの交換に気づいていないため、同じ仮装に同じ靴の聖良を、だと思いこんでいるに違いない。いたずらし放題の子どもたちのおかげで、大人たちが入り乱れ、正確な人数の把握が難しい現状も、リナの目をくらますのには好都合だった。
『ごめん、聖良。少しの間だけ、身代わりをお願い』
再び胸のうちで呟くと、はそっと行列を離れて、近くの建物の陰に回りこんだ。
建物の陰から出た時、は既にお化けの扮装を脱ぎ捨てていた。そして、はまっすぐ市役所へと向かった。
休日のため、市役所は閉まっていた。だが、が用事があるのは役所の中ではなく、外だった。人目につかないように建物に近づき、背の高い木にするするとよじ登る。用事はすぐに終わり、は素早く木から飛び降りると、急いでその場を立ち去った。
☆★☆★☆
すぐに仮装行列に追いついたは、再びお化けの扮装で、行列に潜りこんだ。
リナは相変わらず、だと思いこんで、聖良を見張っている。はおとなしく聖良の後ろを歩き、入れ替わる機会をうかがった。その機会はすぐに訪れた。
次の行列の訪問先は、高い塀に囲まれた屋敷だった。行列に参加している者たちは門をくぐれるが、見物客は塀の外で待つしかない。は自分たちがリナの視界から完全に消えたことを確認して、聖良に近づいた。
「聖良、これ、火をつけてもらったから。渡すのが遅くなってごめんね」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
素直にランタンを交換する聖良に、申し訳ない思いでいっぱいになる。だが、罪悪感に悩んでいられたのもわずかな時間だった。
仮装行列は、とうとう最後の家を訪問し終えて、終了した。最後の家は、森中市長の自宅のすぐ近所だった。後は一旦、聖ポーリア学院へ戻って、仮装を着替えてから、各自帰宅する予定になっている。
予告の１６時まで１時間を切っている。ずっとを尾けてきているリナが、この後、どういう行動に出るかは、にも予想がつかなかった。
こっそり背後をうかがうと、リナは携帯電話で誰かと話している最中だった。今度はあいにくに背を向けた形で話しているので、唇を読み取ることができない。がじりじりとして見守っていると、リナは電話を切り、いきなり帰り支度をしている仮装行列の中に踏みこんだ。
お化けたちがざっと避ける中、リナはつかつかとに近づくと、いきなりの肩をつかんだ。そして、有無を言わせぬ態度で、こう宣言した。
「ちょっと一緒に来てちょうだい」
「ええ！？ いきなりどうしたの？」
とまどった声を出しながらも、はついにリナが任意同行を求めるという手段に打って出たかと考えた。だが、リナの次の言葉は全く異なるものだった。
「さっき、飛鳥刑事と電話で話したんだけどね。さんが近くに来ているなら、ちょっと会って、聞きたいことがあるんですって。飛鳥刑事はすぐそこの、あたしの叔父の家にいるの。大して時間は取らせないから、あたしと一緒に来てちょうだい」
言い終わらないうちに、リナは腕力に物を言わせて、を強引に行列の外に連れ出した。は聖良とすれ違う時に、リナを止めてもらえることを期待したが、むしろ聖良は「疑いを晴らすチャンスですわ」とにささやきかけた。見送りの手まで振られてしまい、は内心『聖良ぁ、助けて〜！』と悲鳴を上げつつも、リナに従うしかなかった。
リナは市長の自宅前まで来て、やっとの肩をつかんでいた手を離した。
「…ね、ねえ、高宮さん。飛鳥刑事が一体、あたしに何の用があるの？」
緊張しながら尋ねると、リナはあっさり笑って、肩をすくめた。
「飛鳥刑事が呼んでいるって言うのはウソよ」
「ウソ！？」
「でも、あなたと飛鳥刑事と会わせたかったのは本当。…この前、佐渡と話す機会があったんだけどね。その時に『さんは飛鳥刑事が気になっているみたいだから、二人が親しくなるきっかけを作ってあげて欲しい』って頼まれたの」
そんな場合ではないと分かっていたが、ついの頬に血の色が上った。お化けの衣装を顔から外し、面と向かって、リナに食ってかかる。
「高宮さんまでそんなことを言うなんて…！ なんで、みんな寄ってたかって、あたしと飛鳥刑事をくっつけたがるのよ〜!? 飛鳥刑事は、あたしよりずーっと年上で…、アスカＪｒ．のお父さんで…、それに、あたしは神さまにお仕えする身の上なんですからねっ！」
リナはおかしそうに笑って答えた。
「理由を教えてあげるわ。いつも控えめなさんが、飛鳥刑事の話題を出された時だけ、そうやって顔を真っ赤にしてムキになるから。…つまり、みんな、あなたのことをからかってるのよ」
「はあ！？」
「…けど、まんざら冗談だけじゃないかもね。飛鳥刑事も、あなたのことを気にかけてるみたいだし」
「高宮さん、それ、どういう意味…っ!?」
やはり自分は怪盗の被疑者として、警察にマークされているのだろうかと、は考えを巡らせた。だが、リナは意地悪くこう言っただけだった。
「気になるなら、本人に聞いてみればいいじゃない」
結局、はリナのペースに乗せられて、飛鳥刑事に会うことになってしまった。
☆★☆★☆
前回、がリナに変装して篠宮邸に侵入した上、聖華市の市長の自宅が狙われているとあって、今回は現場の警備が更に強化されていた。
市長宅の門をくぐったところで、二人は見張りの警官に呼び止められた。とリナは金属探知機で全身をチェックされた上で、婦警による身体検査をクリアして、初めて邸内に入ることができた。その際、だぶだぶした服装で邸内を歩かれては困るという理由から、の仮装衣装は取り上げられ、預かられてしまった。
はてっきり応接室などに通されると思ったのだが、リナが案内したのは屋敷の地下にある、一部屋分もあるワインセラーだった。
ワインセラーにはイライラした様子の飛鳥刑事がいて、リナが現れるなり噛みついた。
「こんなところに呼び出して、なんのつもりだね。予告時間まで時間もないし、こっちもいろいろ忙しいんだ。おまけに装備したヘッドフォン型無線の調子が悪くて、指揮系統の伝達に問題が…」
そこまで言いかけて、飛鳥刑事はリナの後ろにぽつんとたたずむに、やっと気がついたようだった。
「やあ、君はさんじゃないか。…こんなところに、一般人を連れてくるとは、どういうことだね？」
言葉の後半の質問はリナに向けたものだった。リナは答える代わりに、を飛鳥刑事に向けて突き飛ばした。多少は腕に覚えもあるだったが、リナの圧倒的なパワーにはかなわず、床にひっくり返った。
「彼女は一般人じゃないわ、容疑者よ。怪盗のね」
を助け起こしながら、飛鳥刑事が叱りつけた。
「リナくん、警察の仕事は子どもの遊びじゃないんだ。逮捕令状が出ているのならともかく、勝手な憶測で他人を犯人扱いするのは止めなさい」
「憶測かどうかは、すぐに分かるわ。１６時まであと３０分。予告時間に怪盗が現れなければ、彼女が犯人よ」
リナは指先で金色に光るカギをクルクルと回した。
「飛鳥刑事、怪盗の捜査に関しては、あなたはあくまで、あたしの補佐という立場のはずよ。指揮権はあたしにあるわ。１６時まで、彼女を決して逃がさずに、ここで見張っていてちょうだい。１６時を過ぎたら、怪盗が現れても現れなくても、出してあげるわ」
高らかに宣言すると、リナはワインセラーの扉を閉めてカギをかけ、地下室を出て行ってしまった。
「た、高宮さんっ！？」
「こらっ！ リナくん！？ 戻って来なさいっ！」
…と飛鳥刑事はしばらく声を上げ続け、リナが戻って来るのではないかと、淡い期待を寄せた。だが、５分が過ぎた段階で、どうやらその可能性はなさそうだと判断した。
「…あいにく無線の調子が悪くて、部下にここを開けてくれるように連絡するのは無理そうだ」
ため息をつく飛鳥刑事に、は「地下室のせいで、携帯も圏外ですし…」と憂鬱な気持ちでうなずき返した。仕事の途中に閉じこめられた飛鳥刑事も大弱りだろうが、はもっと困った事態になっていた。
ならばワインセラーのカギを開けるくらい造作もないし、閉じこめられた場合に役立つアイテムも、身体検査でも気づかれない形で持っている。だが、飛鳥刑事の目の前で、ワインセラーから逃げ出せば、怪盗だと一発でばれてしまう。そんな危険を犯すわけにはいかない。
…かと言って、このまま１６時が過ぎるまで、ここにいたら…。そんなことは考えたくもなかった。
まるで、“Ｔｒｉｃｋ ｏｒ Ｔｒｅａｔ！”というハロウィンの言葉通りの罠にはまってしまったようだった。
と飛鳥刑事の深いため息が、かすかなこだまとなって、地下室に響き渡った。
続く
＜あとがき＞
本当は今回で一仕事終える予定だったんですが、予想以上に続いてしまったので、ちょっと短くなりましたが、キリのいいところで一旦切ります。ごめんなさい（汗）
それと、この作品では「飛鳥刑事」という呼び方をあえて使用しておりますが、本物の警察官に「刑事さん」と呼びかけると笑われますよ（笑）
テレビドラマ等の影響で勘違いをされていますが、“刑事”はあくまで警察の課名のひとつで、階級名ではありません。生活安全課や交通課に勤務する警察官を「飛鳥生活安全」や「飛鳥交通」とは呼ばないように（笑）、「飛鳥刑事」という呼び方も本来はしません。ちなみに、刑事課に配属されると制服を着ずに、私服になるというイメージもウソです。
ただ、お話の都合上、ウソと知りながら、あえて「飛鳥刑事」という表記をしていることをお許しください（ペコリ）
あと、飛鳥刑事の名前を何度か「雅貴」と間違えて表記してしまいましたが、「雅貴」は木山秀平さんの作品『Ｗ Ａｓｕｋａの事件簿』のオリキャラ名であり、飛鳥刑事の名前は「友貴」です。木山先生、失礼な間違いをして、本当にごめんなさい〜！ 伏してお詫びして訂正いたします…。
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