【３・ＬＯＶＥ ＧＡＭＥ】
聖華市には二人の怪盗がいる。一人は怪盗セイント・テール。誰かが不正な手段で手に入れた物を取り上げ、本来の持ち主に返している、神出鬼没の正義のドロボウ。
そして、もう一人、怪盗と名乗るドロボウが、最近になって聖華市に現れた。決して物は盗まず、その代わりに忍びこんだ家に、かつてその家から盗まれた物を『お返しします 怪盗』と書かれた一枚のカードと共に置いていく。
二人の怪盗の正体は、いまだ誰にも知られていない。実はその二人が聖ポーリア学院中等部のクラスメートだと知っているのは、怪盗、すなわち、ただ一人…。
☆★☆★☆
昼休みの教室、がいつものように、友達の羽丘芽美、深森聖良、そして涼子、恭子と机を並べて、お弁当を食べていると、突然、涼子が言い出した。
「最近、怪盗の噂を聞かないね。新着ニュースが手に入らないかなあ」
実は怪盗本人であるは、飲みこみかけたご飯をのどにつまらせた。咳きこみながら、慌てて紙パックのジュースをすする。
「…な、なんで怪盗なの…？」
「だって、怪盗セイント・テールなら、予告状が絶対にアスカＪｒ．に届くし、受け取るとアスカＪｒ．はいつも大騒ぎするから、いつ、どこに何を狙って現れるか、ぜんぶ丸分かりじゃん」
そう言って涼子は、少し離れた席で、男子たちとお昼を食べているアスカＪｒ．を指差した。今度は、実は怪盗セイント・テール本人である芽美が咳きこむ番だった。
恭子がおっとりと頬に片手をあてて、うなずく。
「怪盗は予告状を出さないものね。どこへ現れたとか、新聞やテレビでしか分からないし。怪盗も高宮さんあてに予告状を出してくれればいいのに〜」
「予告状…ねえ…」
は表情には出さず、内心大きなため息をついた。ただでさえ、怪盗の専任捜査官に、クラスメートであり、聖華市長の姪でもある高宮リナ、そしてアスカＪｒ．の父である飛鳥友貴刑事が任命されて、仕事がやりにくくなっている。この上、予告状を出すなんて冗談じゃないというのが、の本音だった。そもそもアスカＪｒ．に恋していて、彼に追いかけて来て欲しい理由がある芽美と、とでは全く事情が違う。大柄な体から繰り出される並外れたパワーと、カゲキな捜査手段で知られるリナにだけは、絶対につかまりたくない。
「でも、もう怪盗に賞金はかかっていないのでしょう？ 怪盗の情報を知って、どうされるんですか？」
不思議そうに聖良が尋ねた。ちっちっと思わせぶりに人差し指を振り、涼子は「実は、怪盗が次に現れる家の目星は、もうついてるの！」と自慢げに宣言した。
「ええっ!?」
、芽美、聖良はビックリして声を上げた。ふふっと恭子が得意げに笑い、涼子と恭子は口々に説明を始めた。“Ｎｏｉｓｅな二人”とあだなされる噂話シスターズの本領発揮だった。
「一年生の篠宮さやかちゃんから、三十年前に家宝の絵がお屋敷から盗まれたことがあるって教えてもらったんだ。怪盗は盗まれた物を返しに現れるんでしょう？ だったら、さやかちゃんの家にもいつかは現れるはずじゃ〜ん」
「高宮さんにこのことを教えてあげたら、高宮さんってば張り切っちゃって。今は飛鳥刑事と一緒に、毎晩、さやかちゃんの家で張りこみしてるんだって！ …どう？ あたし達の推理もなかなかでしょ！」
「怪盗が捕まったら見せてくれるって、さやかちゃんと約束したんだ。あー、早く怪盗が、さやかちゃん家に盗みに入って、捕まらないかなー！ その時はみんなでレッツゴー！」
嬉しそうに告げる二人に、の笑顔がひきつった。実は、恭子と涼子の勘は大当たりだった。は次に篠宮家へ忍びこみ、三十年前に祖母が盗んだ絵画を返すつもりで、既にあれこれ調べたり、準備を始めていたのだった。
―ど、どうしよう…。忍びこむのは他の場所を先にしたほうがいいのかな…？ でも、高宮さんと飛鳥刑事が、いつまで篠宮さんの家を見張るつもりか、分からないし…―
飛鳥刑事と高宮リナに見張られているようでは、怪盗として動きにくい。だが、返すべき品物が自分の手元にある以上、いつかは篠宮家に忍びこまなければいけないのだ。
しばらくあれこれ考えた後、は諦めのため息をついた。
―…悩んだって仕方ない。いつかは篠宮さんのお宅へ行かないとダメなんだし、自分から罠に飛びこんでみるのも、一つの手かもね。…見張ってるっていうなら、いっそ、あたしのほうから忍びこむ日を、あの人たちに教えてあげようじゃない―
怪盗本人が、ひとつの決意を固めたことも知らず、Ｎｏｉｓｅな二人は「楽しみだね〜」と呑気に言い合っていた。
☆★☆★☆
一週間後の朝、が登校すると、教室は大騒ぎだった。が面食らったのは、騒ぎの中心がアスカＪｒ．だったことだ。
「なに？ またセイント・テールから予告状が届いたの？」
人ごみをかき分けて、なんとか自分の机までたどり着き、近くにいた涼子と恭子に尋ねる。
「違うのよ。怪盗から『明日の夜 家宝の絵をお返しに参上します』って予告状が、さやかちゃん家に届いたんだって」
涼子がかぶりを振る。予告状を出したのは本人なので、驚くことではなかったが、アスカＪｒ．の周りに人が集まっている理由が分からなかった。
「じゃあ、どうして、こんな騒ぎになってるの？」
の問いかけに、恭子が「あの子が篠宮さやかちゃんよ」と、髪にリボンをつけたお嬢様ふうの少女を指差した。なんと、篠宮さやかは、嫌がるアスカＪｒ．の腕に、幸せそうな笑みを浮かべて、ひしっとしがみついていた。
「こらっ、離れろ、篠宮！」
「だって、怖いんだもんっ。飛鳥先輩、セイント・テールが現れた時みたいに、またさやかを守ってくださいっ」
「ちょっと！ 怪盗の専任捜査官はアスカじゃなくて、あたしなのよっ！」
二人の脇で、腰に両手を当てたポーズで、高宮リナが怒鳴っているが、ラブラブ光線を発しているさやかには、一向に効き目がない。
「セイント・テールの時に守ってくださったのは飛鳥先輩だし、飛鳥先輩が来てくださらないと不安なんだもんっ」
「なんでもいいから、この手を離せ〜！」
コントのような三人の会話を、は他のクラスメートと一緒に呆然と眺めた。
「あの…もしかして篠宮さんって、アスカＪｒ．が好きなの？」
が聞くと、涼子と恭子は口をそろえて「アイツのどこがいいんだろうねー」と言いながら、うなずいた。は更に尋ねた。
「それに、前に怪盗セイント・テールが篠宮さんのところへ現れたみたいなことを言ってるけど？」
「は転校生だから知らないと思うけど」と前置いて、二人は口々に説明した。
「以前、さやかちゃんには、親が勝手に決めたフィアンセがいたの。それで、相手の家から婚約の証にウェディングヴェールを贈られたんだけど、さやかちゃんはアスカＪｒ．が好きだから、困っちゃったらしいのよ。好きな人がいるのに、ゴーインに婚約させられるなんて、ちょ〜サイアクだよね！」
「そこへセイント・テールが現れて、ヴェールをさやかちゃんの家から盗み出して、フィアンセ宅まで送り返してくれたんだよ。それで相手は怒って、晴れて縁談は中止になったらしいの。あの時はさやかちゃんもとっても喜んでたよ」
「…なるほど…」
ふむふむとうなずくと、熱心に語っていた涼子と恭子は、得体の知れない殺気に気づき、同時に振り返った。そこには登校して来たばかりの芽美が、全身から怒りのオーラをにじませて立っていた。芽美の後ろでは、聖良が額に冷や汗を浮かべている。
「…芽美？ お、おはよー」
恐る恐るが声をかけると、芽美はぶすっとして口を開いた。
「なによ、女の子にデレデレしちゃって。アイツってばサイテー！」
アイツと言うのは、言わずと知れたアスカＪｒ．のことだろう。
「怪盗も怪盗よ！ 今まで予告状を送ったことなんてなかったのに、どうしてさやかちゃん家にだけ予告状が来るのよ」
「…どうしてって言われても…」
怪盗まで、八つ当たりのとばっちりが来たらしい。芽美の荒い鼻息に、はたじたじだった。
一方、アスカＪｒ．と言えば、ついにたまりかねて、さやかに約束していた。
「分かった。オレも明日の夜は、篠宮の家に行くから安心しろ」
「わ〜い、嬉しい！ 絶対に来てくださいね、飛鳥先輩！ 約束ですよ！」
すると、さやかは歓喜の声を上げて、更に強くしがみついた。そこへ、ついにぶち切れたリナが、さやかとは反対側の腕からアスカＪｒ．にしがみつく。
「ちょっと！ アスカから離れなさいよっ！」
「イヤですっ」
「…止めろ〜！ 二人そろってくっつくな！ 暑苦しい〜！」
二人にもみくちゃにされ、アスカＪｒ．は肩で息をしながら絶叫した。芽美の眉がキリキリとつり上がり、額に青筋が浮かび上がる。
「うわあ…。なんだか、とんでもないことになっちゃったかも…」
今更だが、まずい相手に予告状を出してしまったようだと、は内心、冷や汗をかいていた。
☆★☆★☆
怪盗が予告した日の夜、町外れにある古い洋館の篠宮家は、大勢の警官隊に取り囲まれ、ものものしい雰囲気に包まれていた。
篠宮家の門の前で、は軽く口笛を吹いた。
「さすが、厳重な警備ね。気を引き締めてかからないと」
そう呟きながらも、決して引くつもりはないだった。門に入る前に、はポケットから手鏡を取り出して、全身をチェックした。
鏡に映ったのは、いつものとは全く違う姿の少女だった。大柄な体、金色の短髪、真紅の瞳。背中には巨大なリュックを背負っている。
そこにいるのは、本物そっくりの高宮リナだった。本物のリナはと言えば、が盛った家秘伝の薬のおかげで、何も知らずに、自宅のベッドで熟睡している。…実は変装と声真似は、が最も得意とする術の一つだった。
鏡に映った姿を満足げに見つめると、は再び、鏡をポケットにしまった。そして、胸元で十字を切った。
「主よ。無事、絵をお返しできるように、お守りください」
それから、は胸を張って、篠宮家の門をくぐった。
「見張り、ご苦労さま！」
その口から漏れるのは、の普段の声ではなく、高宮リナそのものの声である。
「あ、高宮さん！ 飛鳥刑事とアスカＪｒ．が、邸内の居間でお待ちになってます！」
見張り役の警官がハッとして敬礼をするのに対し、鷹揚にうなずいて、は邸内に入った。
警官の言葉通り、居間には、篠宮一家と飛鳥刑事、そしてアスカＪｒ．の姿があった。
「遅いぞ、高宮！ 今までなにやってたんだ！？」
の姿を見るなり、アスカＪｒ．は額に青筋を立てて怒鳴った。だが、は腰に両手を当て、えらそうに言い返した。
「サボってたわけじゃないわ。いろいろと用意してたのよ」
ドスンと音を立てて、リュックを下ろし、は「ホラ」と中身を取り出して、アスカＪｒ．に見せた。
「バズーカーでしょ、催涙弾でしょ。あとは手榴弾に…」
アスカＪｒ．の眉が一気につりあがる。
「お前は何を考えてるんだっ！？ ここは個人の邸宅なんだ。お前は篠宮さん家を壊す気か！」
思いっきり怒鳴られて、は顔をしかめて、耳を押さえた。
「いいか、これまでのデータからだと、怪盗は必ず目的の建物の内部に入りこんで、人目につきやすい場所に品物を置いていく。屋敷の侵入路には全て、警官が配備されているし、屋敷の中心にある居間に、家族の皆さんには来てもらった。ここにいれば、ヤツがどこから侵入しても、すぐに駆けつけられる。ちゃんと見張っていれば、火器なんか必要ない！ 全部没収だ。分かったな！」
「せめて催涙ガスくらい…」
「ダメだ！」
厳しく言われて、はぷぅと頬をふくらませたが、それ以上は言わなかった。無言で火器を床にあける。
実は篠宮家は聖華市の有形文化財指定を受けている、由緒ある洋館だった。本気で火器を使用して暴れるわけにはいかないことを、もよく知っている。それなのに、わざと大きなリュックを背負って来たのには、ちゃんと訳があった。
…実はが背負って来たリュックの奥には、今回、返す予定の絵画を隠してあったのだった。だが、もちろん、アスカＪｒ．がそんなことを知るよしもない。
その時、居間のドアがノックされて、篠宮家の門を守っていた警官が顔を出した。
「高宮さん、アスカＪｒ．、お友達が陣中見舞いにいらしたそうですが」
とアスカＪｒ．は、警官に続いて顔を出したクラスメート達に、ギョッとなった。
「は〜い」と陽気に手を振るのは、涼子と恭子。新聞部の腕章をつけて、カメラを構えた佐渡に、とまどい顔の聖良。それに、むくれ顔の芽美までが集っていた。
涼子と恭子は顔を見合わせ、「だって、もともと篠宮家が怪しいって情報を提供したのはあたし達だもん」「見学に来たっていいでしょ」と得意げに胸を張った。
「ここは捜査現場なんだ。子供が遊びに来るところじゃねー。とっとと帰れ！」
アスカＪｒ．の言葉に芽美がつっかかる。
「なによ、セイント・テールだって捕まえられない、ヘッポコ探偵のくせに、えらそうに！」
「なんだと〜！？」
たちまち、ぎゃんぎゃんと口ゲンカが始まる。だが、いつもよりお互いの口調がとげとげしいのは、の気のせいではないようだった。
口ゲンカ自体は、クラスメートのみんなは慣れっこなので呆れ顔だが、飛鳥刑事と篠宮一家は驚いて、点目になっている。
だが、次の涼子と恭子の行動には、リナに変装しているもギョッとなった。
おせっかいにも涼子は、飛鳥刑事に「あのー、本当はも連れて来たかったんですけど、他に用事があったみたいで、無理だったんです」と声をかけたのである。
「さん？ それは誰だね？」
飛鳥刑事が尋ねると、恭子が無邪気な笑顔で答えた。
「あたし達のクラスメートのちゃんです。飛鳥刑事の大ファンなんですよ！ いつも飛鳥刑事のことを素敵だって言ってるんです！」
当の本人が目の前で、内心『こら！ 二人とも、勝手なことを言わないでよ〜！ あたしがいつ、飛鳥刑事のファンだなんて言ったのよ〜！？』と悲鳴を上げていることも知らず、Ｎｏｉｓｅな二人はニコニコしている。
果たして飛鳥刑事がどんな反応を示すかと、は恐る恐る飛鳥刑事の顔を見た。すると、飛鳥刑事は息子そっくりの、明るくて邪気のない笑みを口元に浮かべた。
「…ああ、以前、カネモチ邸でお会いしたお嬢さんのことかね？ いや、ありがとう。あんな素敵なお嬢さんが私のファンだなんて光栄だ。よろしく伝えてくれるかな」
素直に喜ばれるとは思ってもいなかったは、飛鳥刑事の反応にどぎもを抜かれた。一方の涼子と恭子は、実に嬉しそうに「はい、分かりました！」と大きくうなずいている。飛鳥刑事の言葉を伝えれば、きっとが喜ぶと思っているに違いない。
結局、は変装の下で、密かに赤くなるしかなかった。
☆★☆★☆
永遠に続きそうな芽美とアスカＪｒ．の論戦にたまりかねたらしく、聖良が「帰ろう」と言い出したのは、それから五分後のことだった。
「そろそろ帰りませんか？ 長居して、ご迷惑になってもいけませんし」
逮捕劇を見たがっていた涼子、恭子、佐渡はガッカリした表情になったが、聖良には逆らえず、しぶしぶうなずいた。
その時だった。突然、屋敷中の警報が鳴り響き、屋敷の全ての電気が消えて、辺りが真っ暗になった。
「怪盗だ！」という叫びが、邸内を警備している警官隊から上がる。以外の、その場にいた全員が暗闇に視界を塞がれて、立ちすくんだ。
あらかじめ、屋敷の配電盤に仕掛けを施していたは、素早く行動した。
暗闇に乗じて、リュックから絵画を取り出し、居間のテーブルに置く。それから、再びリュックを背負うと「悪いわね、アスカ！ 手柄はあたしがいただくわ！」とリナの声で宣言して、あたかもリナが、怪盗を追って部屋を飛び出したように見せかけて、居間から逃げ出した。
唯一、暗闇に目が慣れている芽美だけが、ニセモノのリナの行動をしっかり見ていた。
「あの人…本物の高宮さんじゃない…!?」
芽美の呟きを聞きつけた聖良が「どうしたんです、芽美ちゃん？」と尋ねる。だが、それに答える前に、芽美はを追って、部屋を飛び出していた。
「芽美ちゃん!? どこへ行くんですか!?」
驚いた聖良の声に、アスカＪｒ．が慌てて怒鳴る。
「待て、高宮！ 羽丘！ この部屋から動くな！ 罠かもしれない！」
だが、二人を追おうとしたアスカＪｒ．に、気を取り直したさやかが、ちゃっかりしがみついた。
「きゃーっ！ 怖い〜！ 飛鳥先輩〜！」
「こ、こらっ！ 離れろ、篠宮っ！」
「だって怖いんだもんっ！」
さやかを振り払おうと、アスカＪｒ．がじたばたしているうちに、非常電源に切り替わった邸内に電気が点いた。
途端に、その場にいた全員が息を呑んだ。部屋の中央のテーブルに、一抱えもある額縁と小さなカードが置かれていたのだった。
「…こ、これは三十年前になくなった家宝の絵!? いつのまに!?」
さやかの父が額縁を手に取って、呆然と呟く。一方、カードを拾い上げた飛鳥刑事は『お返しします 怪盗』と書かれた文字を読み取った。
「怪盗がさっきの停電に乗じて、テーブルに置いたんだろう」
飛鳥刑事の言葉に、アスカＪｒ．が考えこんだ。
「さっきまで居間にいたのは、高宮と羽丘。…そして、こんな大きな絵をこっそり運びこめるのは、…リュックを背負っていた高宮だけだ。…つまり、さっきの高宮は、怪盗の変装だったのか!?」
なにかに気づいたようにアスカＪｒ．は顔をゆがめた。
「羽丘はあいつを追って行ったんだ！ 羽丘が危ない！」
「きゃっ！？」
突然、強い力で腕をもぎ離されて、さやかが抗議の悲鳴を上げた。
だが、アスカＪｒ．はさやかを振り返ろうともせずに、「羽丘！」と叫びながら、そのまま居間を飛び出していった。同時に、室内の中央に置かれた警察無線に飛鳥刑事が駆け寄り、ボリュームを最大にして怒鳴った。
『邸内の警官隊に緊急連絡！ 怪盗が変装して邸内に侵入した！ 高宮リナ嬢を捕まえろ！ 繰り返す、高宮リナ嬢を捕まえろ！』
☆★☆★☆
飛鳥刑事の無線が邸内に鳴り響いた時、既にはリナの姿をしたまま、篠宮邸の屋根に上っていた。
背負っていたリュックの腰の位置にあるボタンを押すと、たちまちそれは黒い翼を宿すハンググライダーに変わった。
「風速、風向きよし」
呟いて、離陸の態勢を取ろうとした時、身軽な動作で屋根に飛び上がる誰かの気配に気づき、は振り返った。
「待って！ 怪盗！」
屋根に素早く這い上がった芽美は、をじっとにらみすえて、鋭い声を上げた。
「本物の高宮さんはどこなの!? 無事なんでしょう!?」
芽美がリナのことを心配して、自分を追って来たのだと知り、は苦笑した。
「大丈夫よ。高宮リナさんなら、今頃、自宅のベッドでぐっすり眠ってるわ」
落ち着いたの答えに、芽美はホッと息をついたが、それでも、油断なくから視線を外さなかった。
「怪盗、あなたは何者なの？ どうして、街の人達に盗まれた物を返しているの？」
「…それを知って、どうしようと言うの、羽丘芽美さん？」
からかいめいたの言葉に、芽美は真剣そのものの口調で答えた。
「あたしは、あなたが悪い人にはどうしても思えないの。ドロボウをしているのも、なにか訳があるんでしょう？ あたし、できることなら、あなたを助けてあげたいの！」
「…あたしを助けたい…ですって？」
芽美がそんなことを考えていたと初めて知って、はぽかんとなった。
「お願い、教えて！ どうして、あなたは怪盗になったの？」
芽美の強い視線と真剣な言葉にうながされて、はつい本当のことを告げた。
「…あたしは、ある人のために“天使の階段”を探しているの。怪盗になったのはそのためよ」
「“天使の階段”…？」
だが、芽美の肩越しをちらりと見たは、それ以上の会話を断ち切った。その代わり、小さな声で早口に告げる。
「気をつけて、セイント・テール。アスカＪｒ．が追って来てるわ。あなたの運動神経が“ドロボウ並み”だって、アスカＪｒ．に気づかせてはダメ」
芽美の瞳がこぼれ落ちそうなほど、大きく見開かれる。
「…あたしが怪盗セイント・テールだって知ってるの…？」
その時、芽美を見つけたアスカＪｒ．が、屋根裏の窓から必死で屋根によじ登って来た。
「羽丘ぁ！ 今行くからなっ！ そのまま動くなよっ！ …怪盗！ 羽丘に手ェ出しやがったら、絶対に許さねーからな！ てめー、羽丘から離れろっ！」
「…アスカＪｒ．…!?」
アスカＪｒ．の声には、怪盗を逮捕することよりも、芽美を案じる気持ちだけがこもっていた。それを感じ取った芽美の頬が、ほんのり赤くなる。その隙に、は篠原邸の屋根の上を吹く上昇気流に乗った。
「さよなら！」
「待って！ あなたにはまだ聞きたいことが…！」
とっさに引き止めようとした芽美だったが、その時にはアスカＪｒ．が屋根に上り終えて、芽美を怪盗からかばうために駆け寄っていた。アスカＪｒ．の前でマジックを使うわけにもいかず、見る間に小さくなっていくハンググライダーを、芽美はなす術もなく見送った。
その頃には庭に出た警官隊が、上空を見上げて騒ぎ出していたが、もはやどうすることもできなかった。
☆★☆★☆
翌日、が登校すると、教室では涼子と恭子、そして佐渡が大騒ぎしていた。
「怪盗ったら、高宮さんに変装してたのよ〜！ それがもう本人にクリソツで、ぶったまげ！」
「あたし達、ずっと一緒にいたけど、ニセモノだなんて、全然分からなかったよね！」
今朝の聖華新聞を片手に語る涼子と恭子の瞳は、キラキラと輝いている。一方、佐渡は愛用のカメラをひしっと抱え、両目から滝のような涙をこぼしていた。
「…スクープだったのに〜！ オレとしたことが、怪盗の写真を撮り損ねるなんて…！」
リナが聞いたら、激怒しそうな発言続きだったが、肝心のリナの姿は教室にはなかった。
「あれ？ 高宮さんはまだ来てないの？」
聖良にが尋ねると、聖良は「それが…」と首を横に振った。
「怪盗にお薬を盛られて、寝過ごしてしまった上に、自分に化けてドロボウされたのが、よほどショックだったらしくて、高宮さんはお家で寝こんでるんですって。今日は欠席されるそうです」
「…あちゃー、そうなんだ」
リナがそこまでショックを受けたと聞くと、さすがにの胸にも罪悪感がよぎった。
「あと、篠宮さやかさんも寝こんでいるらしいですわ」
「ええっ!? どうして？」
何気ない聖良の付け足しに、はきょとんと首をかしげた。
「それが…、アスカＪｒ．が芽美ちゃんを守るために、さやかさんを振りほどいて、置いて行ってしまったのが、とてもショックだったとか…」
さやかには気の毒だが、はその言葉に、つい微笑んでしまった。
「そっかあ。…アスカＪｒ．も結構やるじゃん」
その時、芽美とアスカＪｒ．が明るい笑顔で教室に入って来た。
「おはよう！」
「おーっす」
珍しい、二人並んでの登校に、目ざとい男子生徒がからかいの言葉を投げる。
「おおっ、今日は夫婦おそろいで！」
二人は同時に赤くなった。
「「たまたま教室の前で一緒になっただけっ！」」
ムキになって言い返す息までピッタリ合っている。
「こんなヘッポコ探偵と、夫婦だなんて迷惑よっ！」
「それはこっちのセリフだっ！ 冗談じゃないっ！」
いつも通りの口ゲンカが始まったが、二人の間に昨日、漂っていた険悪なムードは消え去っていた。
「…仲直りできてよかったね」
呑気に微笑むだったが、その時はまだ、が芽美に告げた一言のために、今後、怪盗セイント・テールと怪盗が、互いに深く関わっていくことになるとは、気づいていなかった…。
続く
＜あとがき＞
久々の更新です（滝汗）待っていて下さる方（いるのか？）、本当に申し訳ございません（平身低頭）
今回は分量の問題で先延ばしにしちゃいましたが、次回、ヒロインのプライベートとか、怪盗になった理由とかを出します。
なんとなくラストも見えて来ました。…完成がいつになるかは分かりませんが（汗）、がんばります。
…しかし、セイント・テールと設定がもろにかぶっちゃうので、予告状はできれば出したくなかったなあ（泣）
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