【２・ＤＥＡＤ ＯＲ ＡＬＩＶＥ！】
今、聖華市では、二人の怪盗が世間をお騒がせしている。
一人は怪盗セイント・テール。誰かが不正な手段で手に入れた物を取り上げ、本来の持ち主に返している、神出鬼没の正義のドロボウ。
そして、もう一人、つい最近、聖華市に現れるようになったのが、怪盗エリカ。決して物は盗まず、その代わり、忍びこんだ家に、かつてその家から盗まれた物を『お返しします 怪盗エリカ』と書かれた一枚のカードと共に、置いていくという、得体の知れないドロボウだった。
二人の怪盗の正体は、いまだ誰にも知られていない。実はその二人がわずか十四歳の少女で、聖ポーリア学院中等部のクラスメートだということも…。
☆★☆★☆
が登校すると、朝のＨＲ前の教室はその話題で持ちきりだった。
「おっはよー！ ！」
教室の真ん中で、紙束を振り回しながら、熱弁をふるっていた涼子が、を見つけて明るく声を上げた。
「おはよう」
涼子の隣にいた恭子もニッコリ笑って、手を振る。
よく見れば、涼子の手の中にあるのは、聖華新聞の朝刊のようだ。涼子と恭子と言えば、『Ｎｏｉｓｅな二人』との異名を持つ、歩く噂話シスターズ。きっとホットなニュースを見つけたに違いない。机の間を二人に向かってすり抜けながら、は尋ねた。
「おはよう、涼子、恭子。なにか面白いニュースでもあるの？」
「大ありよ！」
大げさな身振りで、涼子はの目の前に新聞を広げて見せた。の予想に反して、涼子が示したのは三面記事や地方記事の欄ではなく、広告ページだった。
一面ぶち抜きの広告を見た瞬間、は固まった。
『ＷＡＮＴＥＤ！（求む！） ＤＥＡＤ ＯＲ ＡＬＩＶＥ！（生死を問わず！） 怪盗エリカを捕まえた人に百万円！ 怪盗エリカに関する、有力な情報提供者にも謝礼を差し上げます！』
「ええーっ！？ どういうことっ！？」
思わず声をあげてしまったに、ちょうど登校してきたばかりの羽丘芽美と深森聖良が、不思議そうな顔で近づいて来る。二人もでかでかと書かれた文字を読み取った瞬間、たじろいだ。
「…セイント・テールじゃなくてよかった…」
こっそりと芽美が呟く。聖良が優しげな顔立ちを曇らせて、涼子に尋ねた。
「生死を問わず…って、かなりカゲキな内容ですわね。一体、どなたがこんな広告を？」
「東通りの宝石商のカネモチさんだって。あ、カネモチさんっていうのは、お金持ちって意味じゃなくて、そういう名前なの」
よく分からない注釈を付け加えた後、涼子は説明した。
「カネモチさんのお屋敷は先週、怪盗エリカに入られて、五十年前に盗まれた家宝の壺を返して行ったらしいんだけど、その後、屋敷の金庫に保管されていた貴重な宝石が、たくさんなくなっていることが分かったらしいの」
「それで、怪盗エリカが盗んでいったに違いないってことになって、この広告が出たらしいよ」
おっとりと恭子が引き取る。すっかり頭に血が上ってしまったは、早口で言い返した。
「ちょっと待ってよ。カネモチさんのお屋敷に入ったのは本当だけど、何も盗んでなんか…」
そこでハッと自分が何を口走っているかに気づき、は慌てて口調を変えた。
「宝石がなくなったからって、犯人が怪盗エリカかどうかは分からないじゃない」
意外にも、芽美がの加勢をした。
「そうだよ。怪盗エリカは『決して物を盗まないドロボウ』じゃなかったの？ そんな悪い人には思えないよ」
涼子の耳が獲物の鳴き声を聞きつけた猟犬のようにピンと立つ。
「、芽美、もしかして怪盗エリカの情報をなにか知ってるの？」
二人は同時に赤くなり、そろって、ぶんぶんと頭を横に振った。
幸い、涼子はそれ以上つっこまなかった。その代わり、恭子と手を取り合って、不敵な笑い声を上げる。
「それにしても…百万円よ、百万円！」
「聖ポーリア学院探偵団の出番よね!?」
二人の頭の中には百万円という数字だけが踊っている状態らしかった。
「もしかして、二人とも怪盗エリカをつかまえるつもりなの!?」
芽美がビックリして聞き返すと、涼子は「モチよ、モチ！ 決まってるじゃん！」と叫び、恭子もうんうんとうなずいた。
「涼子は今月のお小遣いがピンチなのよね」
「なによ、そういう恭子だって、欲しいスカートがあるって言ってたじゃん」
二人がやたらと燃えているのは、そういう理由かと、はガックリ肩を落とした。
だが、二人との会話はそこで終わらなかった。涼子と恭子は、、芽美、聖良に向かって、両手をぐっと伸ばした。
「だから、も芽美も聖良も手伝ってね！」
二人に手を取られてしまったと芽美は「はぁっ!?」と声を上げた。素早く両手を胸の前で組んで、掴まれることを免れた聖良は、天使のような笑顔で頭を横に振った。
「わたしは神に仕える身の上ですから、お手伝いはできませんわ」
「あっ、あたしも神に仕える身だし…」
聖良の尻馬に乗ろうとしたは、「は手伝ってくれなきゃ！」と恭子に力強く言われて戸惑った。
「はまだ聖華市に慣れてないでしょう？ このチャンスにいっぱい案内してあげるよ！」
「そうそう。それにスポーツの得意な芽美がいてくれれば、バッチグーじゃん!?」
二人の言葉に悪気がないだけに、は力なくうなずくしかなかった。隣で芽美も困り果てた様子で頭をかいている。
だが、イチ抜けしたはずの聖良が、なにやら複雑な表情で考えこんでいた。
「宝石商のカネモチさん…ですか。…ちょっと気になりますわね…」
聖良の言葉の意味をが尋ねようとした時、始業のチャイムが鳴り、少女達は慌てて自分の机に戻った。
☆★☆★☆
放課後、シスター姿になったは、礼拝堂にいた。聖ポーリア礼拝堂に所属する、シスター見習いのつとめに、困っている街の人の話を聞くというものがある。たまたま今日の相談当番はだった。
今週は礼拝堂に悩み事を打ち明けに来る人が多く、今日、が話を聞くのは、年配の男性で三人目だった。
「シスター、私はどうしたらいいのでしょう…」
心の内に秘めた悩み事を打ち明けると、男性は深くうなだれた。
「祈りましょう。主はきっとあなたの願いを聞き届けてくださいます」
が真剣な顔で言うと、男性は「そうだといいのですが…」と呟き、肩を落としたまま礼拝堂を出て行った。
男性を見送ると、は近くの椅子に腰を下ろし、大きくため息をついた。街の人の話を聞くことは大切なつとめだが、とても気疲れする仕事でもある。少しでも相手の役に立ちたいと、一生懸命に話を聞けば聞くほど、話が終わった後はどっと疲れがこみ上げて来る。
その時、礼拝堂の扉が開いた。はまた誰か相談に来たのかと、慌てて立ち上がったが、入って来たのは礼拝堂の外の掃除を担当していた聖良だった。
「どうぞ、そのまま座っていてくださいな。…だいぶお疲れのようですわね。大丈夫ですか？」
心配そうに聖良が近づいて来て、の隣にそっと腰を下ろした。
「うん。今日は三人連続だったから、疲れちゃった」
素直に言って、は微笑んだ。
「その点、聖良は偉いね。いつもたくさん街の人の相談を聞いているのに、辛そうな顔は見たことがないもの」
聖良は困ったような、恥ずかしそうな表情でかぶりを振った。
「昔はお話を聞くだけで、何もできない自分を情けなく感じていました。…でも、今はわたしがお話をうかがうことで、迷える子羊の手助けが少しでもできればと思ってますから」
聖ポーリア礼拝堂が『願いを叶える教会』だという噂があるのは、実は聖良が、礼拝堂に持ちこまれた相談を芽美に話し、怪盗セイント・テールとして問題を解決させているせいである。そのことを知っているは心の中で微苦笑した。
自分と芽美の秘密を、まさかに知られているとは思ってもいない聖良は、おっとりと話を続けた。
「それにしても、今週は礼拝堂に相談に来られる方が多いですわね」
「あたし、今週はこれで七人だよ」
が指折り数えると、聖良は頬を片手で押さえて、ほうっとため息をついた。
「わたしは十二人ですわ」
本来、シスター見習いは街の人から聞いた話を、決して誰にも打ち明けてはいけない。聖職者には神聖な守秘義務というものがある。だが、今度ばかりはそうも言っていられなかった。どうしても聖良に確かめる必要があったは、思い切って尋ねた。
「もしかして、その十二人の相談内容は全部、カネモチさんに関することじゃなかった？」
聖良はビックリしたように瞳を丸くすると、「ええ」とうなずいた。
「もしかして、ちゃんもですか？」
「うん」とうなずき、は口早に説明した。
「今朝、涼子と恭子が、先週、カネモチさんのお屋敷に怪盗エリカが入ったって話をしていたよね。あたしが今週に入ってから、街の人から相談を受けている話は全部、カネモチさんに預けていた宝石を、怪盗エリカに盗まれてしまったという内容だったの。聖良もそうなの？」
「ええ。わたしが聞いている話も同じですわ。しかもカネモチさんはほとんど無理矢理、奪うようにして、宝石を預かっていたみたいですね。…まるで、怪盗エリカが来ることが分かっていたみたいに」
自分の推理と聖良の言葉がピタリと当てはまり、思わずは声を上げてしまった。
「そうなのよ！ 聞いた話によると、カネモチさんが宝石を預かり始めたのは先週の最初。そして、怪盗エリカがカネモチさんのお宅に侵入したのが先週の終わり。…でも、もし怪盗エリカがカネモチさんの家に入ったのが、実は先々週の話で、そのことをずっとカネモチさんが隠して、宝石を集めていたとしたら？」
聖良には例え話のような振りをして、「もし」と話したが、事実、カネモチ邸に家宝の壺を返しに入ったのは先々週の終わりのことだった。聖良は口元に手を当てて、「あらまあ」と呟いた。
「じゃあ、怪盗エリカが入ったことを利用して、カネモチさんが宝石ドロボウを働いたってことになりますわね」
得たりとばかりには大きく首を縦に振った。だが、すぐにガックリと肩を落とす。
「でも、カネモチさんが本当の宝石ドロボウだとしたら、どうしてあんな新聞広告を出したのかが分からないの」
「それは…もしかして、怪盗エリカが捕まって、本当に盗みに入った日時が分かってしまうことを警戒しているのかもしれませんわ」
聖良の鋭い指摘には、もうなるしかなかった。
「こんなにたくさんの人が大切な宝石を奪われて困っているのに、カネモチさんは騙し取った宝石で一体、何をするつもりなんだろう…？」
が頭を抱えると、聖良は考え深げに呟いた。
「闇のルートで転売するんでしょうね。きっと宝石はカネモチさんのお宅のどこかに隠されているんでしょう。でも、あんな派手な広告を出したんですもの。しばらく宝石を持ち出すことはないと思いますわ」
「セイント・テールにお願いするなら、今のうちですわね」と聖良はこっそりと口の中で呟いたが、耳のいいはしっかり聞き取った。
☆★☆★☆
翌日の昼休み、アスカJr.は購買部で昼食代わりのパンを買おうとしていた。
「アスカ、あたしのお弁当を分けてあげようか？」
「いらねーよ」
まとわりつく高宮リナをジャマっけに押しのけ、ポケットから財布を取り出す。アスカJr.は財布から千円札を出し、購買部のおばちゃんに差し出した。
「おばちゃん、ヤキソバパンとメロンパンとコロッケパンとオレンジジュースをくれ」
「あいよっ」
威勢のいい声でおばちゃんはお札を受け取ろうとしたが、アスカJr.の手はおばちゃんに届く前にひっこめられてしまった。アスカJr.の手に握られていたのはお札ではなく、白いカードだったのである。
両腕からぼたぼたとパンを取り落としているのにも気づかず、アスカJr.はカードの中身を声に出して読んだ。
「『今夜 カネモチ邸に 怪盗エリカに盗まれた宝石を いただきにまいります Ｓｔ．Ｔａｉｌ』!?」
「怪盗エリカですって!? どうして怪盗エリカに盗まれた宝石がカネモチ邸にあるの!?」
アスカJr.の頭上から手を伸ばし、リナはさっとカードを奪った。
「それはオレのだ！ 返せ！」
じたばたもがくアスカJr.の頭を片手で押さえつけ、リナは不敵な笑い声を上げた。
「今夜、カネモチ邸に行けば、怪盗エリカに関する手がかりが掴めるってことよね。見てなさい、怪盗エリカ！ このあたしが必ず、捕まえてあげるわ！」
☆★☆★☆
怪盗セイント・テールの予告状が届いたことで、昼休みの教室は大騒ぎになった。情報をかぎつけた新聞部の佐渡真人は早速、号外の聖ポーリア新聞を自慢げに貼り出している。
「、芽美、今夜はあたし達もカネモチ邸へ行くわよ！」
「家に一度帰って、準備が終わったら、みんなで学校の正門前に集合ね！」
涼子と恭子が元気良く宣言し、急ごしらえの聖ポーリア学院探偵団は、お弁当を食べながら、作戦会議を練ることになった。
「ちょっと！ 勝手なことをしないでちょうだい。怪盗エリカの正式な捜査官はあたしなんですからね！」
会話を聞きつけたリナが、高飛車な口調で割りこむ。
「そんなこと言って、百万円を独り占めするつもり〜？ チョベリバー」
「あたし達は広告を見て、決めたんだもん。高宮さんにだって止める権利はないわよ」
言い返す涼子と恭子に、リナが仏頂面になる。
「あたしは捜査のジャマをされたくないだけよ！」
だが、その発言は二人のプライドをいちじるしく傷つけたようだった。胸を張って涼子と恭子が言い返す。
「あたし達は、セイント・テールをもう少しで捕まえるところだったっていう、実績があるんですからね！」
「どっちが先に、怪盗エリカを捕まえるか、競争よ！」
「あかんべー」と舌を出す二人に、ムッとしたリナも語気荒く言い返す。
「望むところだわ！ やれるものなら、やってみなさい！ 怪盗エリカはあたしが捕まえるんだから！」
バチバチと火花を散らしてにらみ合う三人に、芽美は「あはは」と情けない笑いを漏らし、と聖良は顔を見合わせて、そっと十字を切った。
☆★☆★☆
その日の夕方、と涼子と恭子は聖ポーリア学院の正門前に集合した。現れた涼子と恭子の服装を見て、は絶句してしまった。
涼子は額にバンダナをはめ、つなぎにブーツ、背中にはロケットランチャーまでかついで、まるでこれから虎狩りにでも赴くようなサバイバルルックである。片や、恭子は同じくブーツだが、上はノースリープにタイトミニ。捕虫網片手に、これから昆虫採集にでも行くようだった。
「二人とも、気合充分だね」
苦笑するは、目立たない黒のジャケットにブラックジーンズ、背中に小さめのリュックを背負った姿である。
「あれ？ 芽美は？」
きょろきょろと辺りを見回して涼子が尋ねると、恭子は「さっき電話したら、すごい鼻声で、風邪ひいたみたいだから、今日はパスって言ってたよ」と答えた。
「芽美ったらしょーがないなぁ」
腕を組んで涼子がため息をつく。
「こうなったら、あたし達だけでも怪盗エリカを捕まえて、芽美に見せてあげようねっ！」
元気良く恭子が拳を突き出して宣言し、涼子も明るく「おうっ」とうなずいた。は情けない笑顔で「あはは」と笑うだけに留めた。ホンモノの怪盗エリカの正体を涼子と恭子が知ったら、さぞかしビックリ仰天するに違いない。
それから三人は、学校に程近いお屋敷街にある、カネモチ邸へ向かった。
歩きながら、涼子と恭子は口々に、「あそこの公園には夕方になるとクレープ屋さんの車が停まるの。美味しいんだよ」とか、「街のあちこちに出没する、とっても美味しい幻のヤキイモ屋っていうのもあるんだけどね。なかなか捕まえられないのよ」などと、街の案内をしてくれた。
実は涼子と恭子が思っているより、ずっと聖華市について詳しいにとっても、初めて聞く話が多く、楽しい道程となった。
☆★☆★☆
カネモチ邸へ着いてみると、アスカJr.率いる怪盗セイント・テール逮捕を目的とした警官隊と、リナと飛鳥刑事が率いる怪盗エリカを捕まえるための警官隊、報道陣の中にはちゃっかりカメラを抱えた佐渡もおり、更に噂を聞きつけた百万円めあての人々が参入して、辺りはひどくごった返していた。
「うわぁ、すごい人だね」
予想以上の人出に、は思わず声を上げ、いくらセイント・テールでも、誰にも気づかれないように邸内に忍びこむのは至難の技ではないかと、こっそりと思った。
「とにかく中に入っちゃおうよ」
あっさり言うと、涼子は強引に人を押しのけて、門の中に突き進んだ。恭子もそれに続く。は慌てて二人の後を追った。
涼子と恭子の行動力のおかげで、達三人は多少もみくちゃになりながらも、上手く邸内に潜りこんだ。アスカJr.とリナがしきりに警官隊に激を飛ばしているのを、庭の植木の陰から見守る。
「後はアスカJr.と高宮さんの動きを見張っていれば、オールオッケーよね」
「百万円はみんなで山分けだよ！」
既に勝利を確信したＶサインを涼子と恭子は出し合っている。時間を見計らっていたは、わざともじもじして、立ち上がった。
「涼子、恭子、ごめん。…あたし、ちょっとトイレに行って来る」
二人はそろって「えーっ！？」と瞳を丸くしたが、諦めたように「早く戻っておいでよね」と告げて、を送り出してくれた。
「本当にごめん。すぐ戻るから」
拝むように両手を合わせると、は今まで潜んでいた植木を離れた。
涼子と恭子の目の届かない場所まで行くと、の表情はキリリと引き締まった。身のこなしや足取りに隙も乱れもない。そこにいるのは、普通の中学二年生ではなく、夜の聖華市に舞い降りた孤高の怪盗、怪盗エリカだった。
人目に触れないように、こっそりカネモチ邸へ入る。は一階を素通りして、二階の奥、カネモチ氏の私室へと急いだ。一度忍びこんだ屋敷なので、邸内の様子は完全に把握できている。
カネモチ氏の書斎の扉の前まで来たところで、低い話し声を聞きつけ、は立ち止まった。扉の鍵穴に耳をつけて、会話を聞き取る。
「怪盗セイント・テールめ。余計な予告状を出しおって。これではせっかく上手く行きかけた計画がダメになってしまう」
低い声でののしっているのが、どうやらカネモチ氏らしかった。
「いいか、怪盗セイント・テールだろうが、怪盗エリカだろうが、かまわん。見つけ次第、射殺しろ。警察に全てを話される前に口を封じるのだ。街中から一生遊んで暮らせるだけの宝石を手に入れたんだ。無事に転売するまで、宝石がここの隠し金庫にあることを知られるわけにはいかん。そのために射撃の名手のお前を雇ったんだからな」
野太い男の声が「かしこまりました」と答える。
『ＤＥＡＤ ＯＲ ＡＬＩＶＥ！（生死を問わず！）』という広告は、初めから殺す目的で書かれていたのだと知り、はその卑劣さに身震いした。だが、同時に今回の一件の危険性を感じずにはいられなかった。
カネモチ氏が本気で殺意を抱いているとすると、セイント・テールである芽美の命が危ない。何も知らない涼子と恭子も女性であることから、怪盗セイント・テールや怪盗エリカに間違えられてしまう危険もある。とにかく一旦戻って、涼子と恭子を屋敷の外へ連れ出そうと、は身を翻した。
二階から一階へと急いで駆け下りたところで、階段の下から待ち構えたように声をかけられた。
「見かけない顔だが、どこへ行っていたのかな、お嬢さん？」
相手の気配に全く気づかなかったことにギョッとして、は相手の顔を見た。階段の陰からの前にゆっくりと進み出たのは、厳しい表情をした口ひげの中年男性だった。黒髪と顔立ちがどことなくアスカJr.に似ている。アスカJr.の父、飛鳥友貴刑事に違いない。
アスカJr.は口癖のように『おやじはダメ刑事』と言っているが、の目の前に立っている飛鳥刑事には全く隙がなく、とても『ダメ刑事』には思えなかった。
彼に秘伝の香水を振りかけるのは不可能と判断し、は他意のないことを示すように、恐る恐る両手を頭の高さまで持ち上げた。
「ごめんなさい。あやしい者じゃありません。あたしは聖ポーリア学院の生徒で、友達と一緒に…そのう…怪盗エリカを捕まえに来たんですけど…、トイレを探していて、お屋敷の中で迷子になってしまって…」
はぁっとため息をついて、飛鳥刑事はに近づいた。
「キミも百万円目当てかね。広告目当ての市民の皆さんには全員、屋敷の敷地外へ出て行ってもらった。残っているのはキミくらいだ。キミももう帰りなさい。ここは興味本位の素人の出る幕じゃない」
ポンッと肩に手を置かれる。何気ない仕草だが、ここで少しでも不審な行動を見せれば、腕をねじりあげられて、取り押さえられるだろうことは目に見えていた。は無邪気な女子中学生の演技をもう少し続けることにした。ぎこちなくもじもじして、上目遣いに飛鳥刑事の顔を見る。
「あのー…帰る前に…その…ここの…トイレをお借りしちゃ…ダメでしょうか…？ さっきからずっと探しているんですけど、見つからなくて…」
再び深いため息をついて、飛鳥刑事はうなずいた。
「いいだろう。トイレはこっちだ」
を一人で行かせてくれるつもりはないらしい。先に立って、屋敷の中を歩き始めた。なんとか逃げ出す隙はないものかとうかがいながら、しょんぼりと後をついて行くと、ふいに屋敷の灯りが消えて、辺りが真っ暗になった。
「きゃあっ!?」
思わずが悲鳴を上げたのは暗くなったせいではない。仕事柄、夜目は利くし、暗闇には慣れている。つい声を立ててしまったのは、突然、飛鳥刑事がの腕を掴んで、ぐっと壁際に押しつけたからだった。だが、飛鳥刑事はの悲鳴を暗闇のためと勘違いしたようだった。
「大丈夫だ。じき非常電源に切り替わる」
の肩を押し、壁際に座らせると、飛鳥刑事はごそごそと動いた。次の瞬間、の顔にタバコ臭い布がかぶせられた。
「つまづくと危ないから、これでもかぶって、キミはここでじっとしていなさい」
飛鳥刑事はどうやら、自分が着ていたコートを脱いで、にかぶせてくれたようだった。
外の庭から「怪盗セイント・テールが出たぞ！」という警官隊の叫び声が上がる。
「電気が点いたら、屋敷の門の外へすぐに出るんだぞ」
そう言い置いて、飛鳥刑事は音の聞こえた方向へ走って行った。コートの陰からその様子を見送ったは、なんだかおかしくなって、クスクスと笑ってしまった。
「…なんだ。アスカJr.のお父さんって厳しそうに見えて、意外と優しいね」
さっさとコートをたたんで、リュックにしまうと、は舌で唇をしめらせ、「さてと」と呟いた。
「涼子と恭子はもう大丈夫みたいだし、ここは怪盗エリカの名を使ってドロボウを働いた挙句、あたしを殺そうだなんて言い出す不届き者を、みっちりお仕置きしてやらないと」
すっと身をかがめると、は闇に紛れて、素早い足取りでカネモチ氏の書斎へと引き返した。
☆★☆★☆
が書斎にたどり着いたのと、セイント・テールが書斎に舞い降りたのはほぼ同時だった。聖良が情報を仕入れていたのだろう。セイント・テールはまっすぐ書斎の本棚にある隠し金庫の扉に近づいた。
だが、の鋭い瞳は本棚の片隅に隠れている狙撃者の姿を捉えていた。男は銃を抱え、今にもセイント・テールに照準を合わせようとしている。また反対側からは、やはりカネモチ氏が別の銃を構えている。
「させるかっ！」
素早くはポケットから赤いボールを二つ取り出して、男とカネモチ氏の顔面に投げつけた。パンッとボールの弾ける音と共に、男達はこの世の者とは思えない絶叫を上げた。ボールは家秘伝の唐辛子爆弾だったのである。
転げ回って苦しむ二人から次々に銃を取り上げ、は驚いて動きが止まっているセイント・テールに向かって声をかけた。
「こいつらはあたしに任せて！ それより盗まれた宝石をお願い！」
「あなた…怪盗エリカなの!?」
戸惑ったセイント・テールの声には微笑した。
「ええ。…あなたのお陰で宝石ドロボウの濡れ衣を晴らせそうよ。ありがとう」
セイント・テールはもっといろいろと聞きたげだったが、次の瞬間、書斎の扉が開き、アスカJr.とリナが飛びこんで来た。
「待てー！ セイント・テール！」
「見つけたわよ、怪盗エリカ！」
飛びかかってくるアスカJr.を素早く避けて、セイント・テールは隠し金庫の扉に向かって、マジックワンドを差し伸べた。
「ワン・ツー・スリー！」
ポンッという破裂音と共に隠し金庫の扉が開き、中から集められた宝石がじゃらじゃらと溢れ出した。宝石にけつまずいたアスカJr.が、「なんだ、この宝石は!?」と声を上げる。
同じく、殴りかかって来たリナにカネモチ氏と男を押しつけ、は素早く身を引いた。
「宝石ドロボウはあたしじゃないわ、こいつらよ。しっかり調べてちょうだい、高宮リナさん」
名前を呼ばれたリナは、あんぐりと口を開けた。
「さよなら、アスカJr.」
いらずらっぽくウィンクすると、セイント・テールがイリュージョンマジックを使って、その場から姿を消した。同時にも床に黒いボールを叩きつける。たちどころに煙が立ちこめ、それらが晴れた時には、怪盗エリカの姿はどこにもなかった。
飛鳥刑事率いる警官隊が、書斎に雪崩れこんで来たのは、その直後のことだった。
☆★☆★☆
翌日の聖華新聞は、カネモチ氏の逮捕を大々的に報じていた。ＨＲ前の教室では、朝刊を片手に涼子と恭子がかなり悔しそうだった。
飛鳥刑事の言葉通り、あの後、涼子と恭子は植木に潜んでいるところを警官隊に見咎められて、大勢のその他の人と一緒につまみ出されてしまい、再び強引に邸内に戻った時には、全てが終わった後だった。
だが、二人が悔しがっていることは、怪盗エリカを捕まえられなかったことよりもむしろ、カネモチ氏が逮捕されて、百万円の報酬もなしになってしまったことだった。
「今月のお小遣い〜」
「スカート欲しかったのに〜」
地団太を踏んで悔しがる二人に、「でも、涼子も恭子も怪我ひとつなくてよかったよ」とは微笑みかけた。
「まあね」と憂鬱そうにうなずいた後、涼子は「こそ、トイレに行った後、どうしてたのよ？」とをギロリと睨んだ。
「そうよ。なかなか戻って来ないから心配したんだから。もしかして、ハンサムなお巡りさんに職務質問されてたの？」
恭子にまで言われ、は少し赤くなって口ごもった。
「ハンサムじゃないけど…ちょっぴり素敵なお巡りさんには会ったよ」
涼子と恭子の顔から百万円を取り損ねた鬱が一気に吹き飛んだ。二人は教室中に響き渡る大声で、「きゃあー!? ウッソー！ マジー!?」と嬉しそうに絶叫した。
「もしかして恋の予感!? ちょ〜マジィ!?」
「どんな人!? アスカJr.に聞いたら、どこの誰か分かるんじゃない!?」
「もう、二人とも、そんなんじゃないってば！ あたしは神に仕える身だもの。恋なんてする訳ないじゃない！」
苦笑して二人に言い返しながらも、はほんの少しだけ、今はクリーニングに出しているコートを、飛鳥刑事に返しに行く日を、楽しみに感じていた。
続く
＜あとがき＞
本気でやるのか、おやじドリ!?（爆笑）
一応、ヒロインは神に仕える身ですので、恋愛モードにはならない予定です（汗）
某所のメグミダス３を拝見して、セイント・テール熱が蘇りました（笑）
セガサターン版セイント・テールのゲームをやってみたのですが、イベントのストーリーが
とっても面白かったです。
今回はＭｉｎｋと違って、そんなに長い連載にならずに終わりそうかな…。頑張ります☆
この作品についてご希望等ありましたら、（おやじドリだけはやめてくれ〜とか（笑））
お気軽に掲示板などでお知らせください。
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