聖良さんと佐渡くん〜コイシイヒト〜
ハロウィンが終わって、シスター見習の深森聖良さんは、とても忙しい毎日を送っています。
いつもの見習としての仕事の他に、アドベントシーズンに向けた、クリスマスの準備が始まったのです。
彼女に恋する佐渡真人くんとしては、『強力な恋敵』である『神さま』をしみじみと実感する時期でもありました。
だから、やっとの思いで漕ぎつけたデートの約束は、貴重なものだったのに。約束は前夜の１本の電話で破られました。
『ごめんなさい。週に一度、聖ポーリア礼拝堂で、子供たちにお話の読み聞かせをされているシスター・メアリーが、風邪をひいてしまわれたの。明日は、わたしが代わりに子供たちに本を読んであげないと。せっかくですけど、明日の映画の約束は…』
いつもだったら、笑顔で「また今度にしようよ」って言えたのに、佐渡くんはガッカリしすぎて、心にもないことを言ってしまいました。
「…いいよ。他の誰かを誘うから」
聖良さんの声はしょんぼりしていたけど、よどみがありませんでした。
『本当にごめんなさい、佐渡くん。…どうぞ、わたしの分も楽しんで来てくださいね』
いつもと変わらないていねいな聖良さんの言葉づかいが、かえって佐渡くんの心を刺しました。
―オレが違う女の子と出かけてしまっても、聖良さんは気にならないの？―
「聖良さんは、オレとの約束より、シスター見習の仕事のほうが大事なんだね」
そう言って、がっしゃんと電話を切ってから、佐渡くんは激しく後悔しました。
聖良さんだって普通の女の子。皆が遊んでいる時間、１人でおつとめを果たしている聖良さんが、ほんのちょっぴりさみしそうな顔をすることに、佐渡くんもちゃんと気づいているのに。
すぐに電話して、謝ろうと思っても、ガッカリした気持ちがツンツンとがって、素直に電話できません。
―聖良さんは今頃、さみしい顔してるかな。泣いてないかな。…それともオレなんかに、なにを言われたって平気なのかな…。―
ツンツンとがった心を持て余したまま、佐渡くんは眠りに落ちました。
☆☆☆☆☆
夢の中、佐渡くんは聖ポーリア礼拝堂に来ていました。
聖良さんに会いたくて、一生懸命探しているのに、礼拝堂のどこにもいません。
礼拝堂の入り口に立っている、赤ちゃんを抱いたマリアさまの像が、佐渡くんを見て口を開きました。
『聖良さんはいませんよ。あなたが悲しませてしまったから』
「…そんな！ お願いです。聖良さんを返してください」
膝をついてお願いすると、マリアさまは言いました。
『あなたがなくしたのは、金の聖良さんですか、それとも銀の聖良さんですか？』
―金でも銀でもない、普通の人間の、でもオレにとって、とても大切な深森聖良さんです。―
そう言いたいのに、素直に言葉が出ません。代わりに出たのは、とんでもない言葉。
「聖良さんは、オレとの約束よりも、シスター見習の仕事のほうが大事だから…」
マリアさまは静かに言いました。
『あなたは嘘つきです。聖良さんは返してあげられません』
―待って。待ってよ。聖良さんを返して―
マリアさまの後光がまぶしくて、辺りがなにも見えません。必死でもがいているうちに、目が覚めました。
マリアさまの後光だと思っていたのは、カーテンの隙間から差しこんできた、明るい朝の光でした。
佐渡くんは汗びっしょりで起き上がり、急いで出かける支度をしました。
☆☆☆☆☆
聖ポーリア礼拝堂の朝の掃除をしているシスター姿の聖良さんは、息を切らせてやって来た佐渡くんにビックリしました。
「あらまあ、こんなに朝早くからどうされたんですか？」
「聖良さんに謝りたくて…。あの…昨夜は、ひどいこと言って、本当にごめんなさい」
大きな声で謝る佐渡くんに、聖良さんはふるふると首を横に振ります。
「いいえ。約束を破ってしまったのは、わたしが悪いのですもの。それより、映画に行かなくていいんですか？ 他の方と約束されたのでしょう？」
佐渡くんは赤くなって口ごもりました。
「あれは…その、止めたんだ。やっぱり聖良さんと一緒に行きたいから。今日は聖良さんのお話の読み聞かせの取材をするよ」
「まあ」
聖良さんはぽっと赤くなり、大輪の花が咲くように明るく笑いました。
そのうれしそうな顔を見て、佐渡くんもニコニコと笑い返しました。
朝の光に照らされて、幸せそうな２人を見下ろすマリアさまのお顔も、なんだか笑っているようでした。
おわり
＜あとがき？＞
ちょっと童話チックな語り口にしてみました。中身はやまもない、おちもない、いみもない…（那智滝汗）
某チャットで、「金のせいら」「銀のせいら」という名前の黒糖焼酎の話題が出て、突発的に思いついた話（笑）
正直に答えると、本物のせいらさんの他に、金のせいらさんと銀のせいらさんももらえる…とか（ウソ）、
更に金のせいらさんなら１人、銀のせいらさんなら５人集めると、せいら缶がもらえる…とか？（大ウソ）
ざっと書いたのが残っていたので、なんとなく捨てるのももったいないし、時期外れですけど出します（をいをい）
タイトルは松たか子さんの曲から。松たか子さんの曲は春や桜をテーマにしたものも多くて、好きですv