【１６・ハッピー エンディング】
転送したがたどり着いたのは、電磁波がうなりを上げて、すさまじい勢いで飛び交う、時空嵐のただなかだった。
防御能力を持った衣装が電磁波を跳ね返し、サングラスに似たアイテムが自動的にの目の前をおおって、強烈な眩しさから瞳を守る。
は注意深く周囲を見渡したが、Ｍｉｎｋｌｅの姿はどこにもなかった。途方に暮れかけた時、ヘアバンド型のイヤホンマイクから、鏡の声がした。
『ぼうっとしている暇はないぞ、！ 消去（デリート）開始時刻まで、あと５７分だ』
「鏡!?」
『今からＭｉｎｋｌｅの位置を教える。指示通りに移動しろ』
同時にサングラスの内側に方眼紙のような線が広がった。右上に小さい青い丸が３つ、中央に赤い三角形が現れる。三角形は少しずつ、３つの丸から遠ざかっていた。
『それは電脳空間の地図だ。３つの円（サークル）がＭｉｎｋｌｅ、三角（トライアングル）がキミだ。キミは最初に到着した座標（ポイント）から、既にずいぶん流されている。気づいていないのか？』
「ええっ！？」
再び辺りを見回しても、飛び散る電磁波の火花しか分からない。だが、強烈な電波に押されて、確かに体が一定の方向へ引っ張られている感覚があった。
『ここでの移動は腰の銃を使うんだ』
指示通り、腰に下がっていた手のひらサイズの銃を引き抜いたが、どう使えばいいかが分からない。
「これでどうやって移動するの？」
『とりあえず前方に向かって構えて、撃ってみろ。説明するより、そのほうが早い』
おっかなビックリ銃を構え、グリップにある引き金を引く。
次の瞬間、銃口から赤い光が吹き出し、反動では思いっきり背後に吹っ飛ばされた。クルクル回転しながらも、サングラスに写る三角形の位置が急速に移動するのを見て取る。
やっと動きが止まった時、は完全に目が回っていた。イヤホンから聞こえる平静な鏡の声が、ひどく小憎らしく感じられる。
『分かっただろう？ 行きたいと思うのと逆の方向に銃を撃って、反動で移動するんだ』
「ちょっと、鏡！ 移動するたびに、こんなにぐるぐる回ってたら、すぐに気分が悪くなっちゃうよ！」
『撃ち方を工夫するんだ。体をまっすぐに伸ばし、前方ではなく足元に向けて一定のパワーで撃ち続ければ、回転はしないはずだ』
「それを先に言ってよ」とは言い返そうとしたが、『あと５３分！』という鏡の言葉に押し黙った。サングラスでＭｉｎｋｌｅの位置を確認し、今度は足元に向かって、そろっと引き金に手をかけた。
実際は慣れるまで、かなり回転させられる羽目になったが、それでも徐々に三角形は３つの丸へと近づいていった。
※※※※※
それから２０分後、は必死でバランスを取りながら、時空嵐のただなかを渡っていた。サングラスの位置では、もう少しでＭｉｎｋｌｅの傍にたどり着けるはずなのに、電磁波の勢いが強すぎて、なかなか先へ進めない。
“追跡者（チェイサー）”が『Ｍｉｎｋｌｅが現在いる座標（ポイント）は、われわれでも近づけない、時空嵐の中心付近なのだ』と言っていた通り、３人のいる場所は特に電磁波の勢いが強い場所のようだった。
銃の引き金を引く指の力がふと弱った瞬間、は一気に電磁波に巻きこまれて、後方に押し流された。
「きゃあっ！？」
慌てた拍子に、銃が指から離れた。
「あっ！？ 銃がっ！？」
必死で手を伸ばすが、指先をすり抜け、銃はたちまち手の届かない遠くへ流されてしまった。なすすべもなく、サングラス上で、やっと近づいた３つの円から、三角形がどんどん遠ざかっていくのを見つめる。の張りつめていた気持ちが一気に崩れ、両目から涙があふれた。
「…ダメ…かも…。…もう…私…」
『！？ しっかりしろ！ 諦めるな！』
イヤホンから鏡の叱咤激励が飛ぶが、の耳には入らなかった。電磁波は、銃を失ったを容赦なく襲い、激しくゆすぶられて気が遠くなる。
その時だった。の衣装のポケットから、なにか柔らかいものが飛び出し、頬を叩いた。
「…えっ！？」
顔に張りついた物を手に取って、は息を呑んだ。それはイリヤに渡しそびれたまま、ずっと持ち歩いていた手袋の片方だった。手袋を見つめるの脳裏に、イリヤの姿が浮かび上がった。
「…イリヤ…くん…」
再びの瞳に涙が盛り上がる。
「…このまま消去（デリート）されたくないよ…。イリヤくんと約束したもの。…いつまでも待ってるって」
は自分の胸に手袋を押し当て、強い決意の表情で呟いた。
「…負けるもんか！ 私は絶対に消えない…！」
の心の変化に同調するかのように、その背中に純白の光が灯った。光は見る間に広がり、大きな翼となって、の背をおおった。はこぶしでぐいと涙を拭うと、巨大な光の翼を大きく広げ、一気に飛び立とうとした。
だが、次の瞬間、更に強烈な電磁波がを襲った。必死ではばたくが、渦巻く電磁波に翼ごとからめとられ、身動きが取れない。無我夢中でもがくうちに全身の力が抜け、は意識を失った。
※※※※※
その頃、Ｌ．Ａ．ではＧＩＬ主催による新プロジェクトのためのオーディションが開かれていた。
次々にステージに立ち、挨拶していく、いろんな人種、容姿、性格の少女達を見ながら、審査員席のイリヤはこっそりとため息をついた。イリヤの隣に座っている、同じく審査員の一人である有名レコード会社の社長が、ため息を聞きつけ尋ねた。
“お疲れかね、イリヤ？ それとも、ニホンに残して来たガールフレンドが恋しくて、仕事どころじゃないのかな？”
ＧＩＬの立ち上げを、米国側から支援してくれている強力なスポンサーであり、ジョニ田いわく“あちらの音楽業界の大物さん”でもある社長のジョークに、イリヤは微笑んで答えた。
“そんなことはありませんよ。…ただ”
“ただ…なんだね？”
“正直なところ、今回のオーディションでは、まだ十分な人材を集められていないと思うんです”
社長はその答えに考えこんだ。パラパラとオーディションに参加している少女達の履歴書をめくりながら、肩をすくめる。
“わたしは集まった人材に文句はないけどね？ 歌に秀でた子、ダンスの上手い子、人を惹きつける魅力を持った子…。どの子も優れた才能を持ち、全米デビューという晴れ舞台にふさわしい実力の持ち主だ。ダイヤの原石をデビューさせるという、今回のプロジェクトの趣旨に合っていると思うよ”
“確かにおっしゃる通りです。今日ステージに立っている少女達はみんな、優れた才能を持ち、自分に自信を持ち、熱意に溢れている。それは素晴らしいことです。…でも、オレが今回目指しているのは、もっと違うものなんです”
思わずイリヤは語気を強めた。
“デビュー前からプロっぽいアイドルじゃなく、ごく平凡で、そんな自分に自信が持てない。…でも、本当は自分でも気づかないダイヤの原石を内に秘めている。そんな少女を大勢の女性の中から見出し、デビューさせることによって、世界中の女性に夢と希望を与えたいんです”
熱意のこもったイリヤの主張に、社長はおかしそうに肩をゆすって笑った。
“なるほど。キミの言いたいことが分かったよ、イリヤ。キミが求めているのは、ハングリー精神に溢れた開拓者ではなく、ひっそりと道端に咲くヤマトナデシコなんだね。…でも、Ｌ．Ａ．の土壌でヤマトナデシコを見つけるのは難しいだろう。聞くところによると、キミはニホンで、このプロジェクトの人材を既に選んでいたそうじゃないか。どうしてその子を連れて来なかったんだい？”
イリヤは無念さを胸に抱いて、唇を噛み締めた。
“本当は連れて来たかったんですが、ダメだったんです。ガイア・プロダクションの意向に、彼女が添わなくて”
“…なるほど。そのニホンに残して来てしまった女性が、キミの最愛のガールフレンドってわけだ。さぞかし素晴らしい女性なんだろうね、キミにそこまで想われるヤマトナデシコとは”
瞳を優しく細めて社長は言い、イリヤはかあっと赤くなった。だが、社長は次の瞬間、表情をひきしめ、厳しく言い放った。
“だが、イリヤ、ガールフレンドを大切にしたいキミの気持ちも分かるが、恋とビジネスは別だ。わたしはこのプロジェクトに大変、期待を寄せている。必ずこのプロジェクトにふさわしい人材を選んで、オーディションを成功させて欲しい。わたしをガッカリさせないでくれたまえ”
イリヤはため息を押し殺し、短くうなずいた。
“分かっています”
次に番号を呼ばれた少女がステージに向かおうとした時だった。ふいに全ての照明が消え、辺りが真っ暗になった。非常灯の明かりだけが、ぼんやりと周囲に光を投げかけている。
“なにごとだ！？”
スタッフや参加者が慌て騒ぐ中、どーんっという激しい落雷と、ごうっとうねる嵐の音が一斉に会場に鳴り響いた。何かが割れる音が幾度も続き、風の勢いで会場の窓ガラスが次々に割れていることを告げた。突然の出来事に、誰もが慌てふためき、右往左往する。スタッフのあせりに満ちた声が飛び交った。
“急げ！ 非常電源を点けろ！”
“みんな、落ち着いて避難するんだっ！”
だが、突然、ステージの遥か上から、淡い光が降ってきた。思わず、その場にいた全員の動きが止まり、視線が集中する。
淡い光を灯し、体重を感じさせない軽やかな動きで、ステージ上に舞い降りたのは、銀色のステージ衣装を身にまとい、背中に純白の翼を宿した、絶世の美少女だった。
少女が乱れた虹色の髪をかきあげて、うつむいていた面を上げると、その顔立ちの愛らしさに誰もが息を呑んだ。優しげに澄んだ瞳は憂いと涙に満ち、薔薇色に上気した頬に、真珠のような涙がこぼれ落ちている。突然現れた天使の、儚げで現実離れした美しさに、誰もが自分の目を信じられず、少女に近づこうとする者はいなかった。
だが、一人、イリヤだけは違った。いきなり審査員席を蹴って立ち上がると、イリヤは立ちつくすスタッフを押しのけ、一気にステージへと駆け上がった。
ステージに立つ少女に向かって、イリヤは両手を伸ばして叫んだ。
「……!? キミなのかっ!?」
自分に駆け寄るイリヤを認めて、少女の涙が喜びに弾け、春の花が咲きほころぶような、あどけない微笑みが唇からこぼれた。その笑顔に見惚れ、場内の者が一斉に「ほうっ」とため息をつく。
聖者に祝福を授ける天使のように、少女は両手で何かを捧げ持ち、イリヤに向かってそっと差し出した。
「…イリヤ…これを…あなたに…」
イリヤと少女が触れ合おうとした瞬間、照明が再び点灯した。暗闇に慣れた目には眩しさが耐えられず、誰もが目を閉じる。…そして、再び目を開けた時、ステージ上にはイリヤの姿だけがあった。謎の美少女はどこにもいない。先ほどまで荒れていた外の嵐も、嘘のように静まっていた。
“どういうことだ！？”
“なにが起こったんだ！？”
訳が分からず、騒ぎ立てるスタッフと参加者の中で、イリヤはステージ上に呆然と立ちつくしていた。
その手には、片方だけの手袋があった。それは、イリヤがからもらう約束のまま、ずっと受け取りそびれていた左手の手袋だった。
手袋をそっと握りしめ、イリヤは再び「……」と呟いた。
※※※※※
『しっかりしろ、！』
イヤホンからの割れんばかりの鏡の怒鳴り声に、は我に返った。
「…あ、…イリヤくんの…手袋…」
手探りするが、ずっと握り締めていたはずの手袋はどこにもない。混乱した頭でぼんやりと考える。
「あ、あれ？ 私…銃をなくして…手袋を見つけて…それからどうしたんだっけ？ …イリヤくんに会ったような気がするんだけど…？」
『やっと気がついたか…。、キミは電磁波に巻きこまれて、意識を失っていたんだ』
安堵の息をついて、鏡は言った。
『いきなりキミの位置を確認できなくなるし、再びキミの座標（ポイント）が地図データに現れるまで、気が気じゃなかったぞ』
自分が今、どこに何をするためにいるかを思い出し、は慌てて、辺りを見回した。
「鏡、私はどれくらい気を失っていたの!?」
『１０分ほどだ。残り時間は２０分。幸い、今のキミとＭｉｎｋｌｅの位置は、それほど離れていない』
鏡の言う通り、サングラスの地図を確認すると、かなり流された割に、思ったよりＭｉｎｋｌｅの近くにいることが分かる。流されたことで一度は遠ざかったものの、かえって時空嵐の中心付近にひきこまれる形になったらしい。
『今、キミのいる場所は、いくぶん電磁波の流れが緩やかみたいだ。急げば、まだ間に合う！ 頑張るんだ！』
「うんっ！」
鏡の言葉に強くうなずくと、は決意も新たに、再び翼をはばたかせた。
※※※※※
激しい電磁波の中、Ｍｉｎｋ、Ｍａｃｏ、Ｃａｎｏｎはてんでに携帯をかかげ、口々に叫んでいた。
「おねがい“ＮＥＴＷＯＲＫ” −…「休止（スリープ）」！」
「おねがい“ＮＥＴＷＯＲＫ” −…「消去（デリート）」！」
「おねがい“ＮＥＴＷＯＲＫ” −…「回復（リカバリー）」！」
舌打ちをして、ＭａｃｏがＣａｎｏｎを振り返る。
「ダメ！ どの機能（ファンクション）も全然、役に立たないよ！ Ｃａｎｏｎ！ もっといい機能はないの！？」
「今の状態じゃムリよ！ あたしのパソコンさえ手元にあれば、バージョンアップできるのに…！」
悔しげにＣａｎｏｎが頭を振る。
「諦めないで、Ｍａｃｏちゃん、Ｃａｎｏｎちゃん。もう一度、何度でもやってみようっ！」
Ｍｉｎｋが力強く言い、再び携帯を宙にかかげる。その時だった。３人の傍にいたオムが声を上げた。
『みんな見て！ 何かがこっちへ来るよ！？』
一斉に振り返った３人は、電磁波を物ともせずに、ぐんぐんと彼女達に近づいてくる“翼を持った人”の姿に瞳を丸くした。思わずＭａｃｏが呟く。
「あれは…天使…？」
「…ううん。人間よ。キレイな…女の子…？ …誰だかよく分からない…」
眉根をひそめて、Ｃａｎｏｎが答える。だが、Ｍｉｎｋは瞬時に表情を輝かせ、元気よく叫んだ。
「ちゃん！ あれは…ちゃんだよっ！ ちゃんが助けに来てくれたんだっ！」
Ｍｉｎｋの言葉通り、は翼を広げ、ふわりと少女達のもとへと舞い降りた。同時に翼がその背から消え去る。
「Ｍｉｎｋちゃん、Ｍａｃｏちゃん、Ｃａｎｏｎちゃん、オムくん！ みんな、大丈夫っ！？」
「ちゃん！」
Ｍｉｎｋｌｅとオムは満面の笑みを浮かべて、に飛びついた。
「よかった、みんな無事で…」
ホッとしたのも束の間、は急いで３人に告げた。
「みんな、早くここから脱出して！ あと１０分で、サイバーセキュリティが時空嵐を消去（デリート）するの！ このまま、ここにいたら、時空の流れに巻きこまれて、みんなも一緒に消去されちゃうよ！」
「あと１０分…！？」
Ｍｉｎｋｌｅとオムの顔色がさっと変わった。
だが、が「さあ、早く！」とうながしても、Ｍｉｎｋｌｅは動こうとはしなかった。真剣な表情で、Ｍｉｎｋがかぶりを振った。
「あたし達だけ逃げられないよ」
ＭａｃｏとＣａｎｏｎもＭｉｎｋの言葉にうなずいた。
「“追跡者（チェイサー）”があたし達を逮捕しに来て、言ったの。時空嵐ごと、ちゃんを消去（デリート）するって」
「だから、あたし達、わざと“追跡者（チェイサー）”を巻いて、時空嵐の中心へ来たの。時空嵐を修復するために」
『ちゃん一人を消去（デリート）なんかさせない。ボク達みんな、どんな時だって一緒だよ』
オムがぐしぐしと涙をぬぐいながら言い切る。
「みんな…」
みんなは自分達も消去（デリート）されてしまうと分かっていながら、自らの意志で時空嵐に飛びこんだのだと知って、は言葉を失った。
『…、Ｍｉｎｋｌｅに聞いてくれ。今まで、時空嵐を修復するために、ＷＡＮＮＡ−ＢＥのどの機能（ファンクション）を試したのか、まだ試していない機能はないかどうかを』
あせりに満ちた鏡の声がイヤホンから流れ、はそのまま鏡の伝言を繰り返した。
「…思いつく限りの機能（ファンクション）は全て試したわ」
厳しい表情でＣａｎｏｎが答える。がそれを伝えると、今までずっとを励まし続けていた鏡が、初めて悲痛な泣き声になった。
『消去（デリート）開始まで、あと５分。…ダメだ、もうボクの補修では間に合わない…！ 頼む、せめてそこから脱出してくれ…！』
の表情の変化から、何も聞かなくても鏡の言葉が分かったのだろう。ＭａｃｏとＣａｎｏｎ、オムの顔がこわばった。だが、Ｍｉｎｋの反応は違った。何かを思い出したように息を呑み、それから輝くばかりの笑顔になる。
「待って！ そう言えば、あたし達、いちばん大切な機能（ファンクション）を試してないじゃない！ …みんな、歌おう！ あたし達、“ＳＯＮＧ（ソング）”の機能をまだ使ってないよ！」
もうすぐ消去されるという状況で、「歌おう」などと言い出されるとは思いもよらず、は仰天した。だが、予想に反し、Ｃａｎｏｎ、ＭａｃｏはＭｉｎｋの言葉に笑顔になった。
「そうだよ、あたし達には歌があるじゃない」
「歌おうよ。あたし達みんなで！」
Ｍｉｎｋｌｅに手を差し伸べられ、は戸惑った。「のんきに歌なんか歌ってる場合じゃないよ。ここからすぐに脱出して」と３人に言おうとして、自分が本心から、そう思っていないことに気づく。
これまで、どんな逆境の時も、歌うことでＭｉｎｋは奇跡を起こして来たのだと、ずっとファンとして見つめていたには分かっていた。今、この瞬間、奇跡を願うのならば、それは『歌うこと』でしか叶わないのだと、の本能が告げる。
は微笑み、Ｍｉｎｋｌｅの手を取った。
「うん、歌おう。心をこめて！」
４人は一斉に携帯を宙に掲げて、叫んだ。
「おねがい“ＮＥＴＷＯＲＫ” −…ＳＯＮＧ（ソング）！」
そして４人の少女達は、まるで華やかなステージに立つように、誇らしげに胸を張り、凛とした表情で歌い始めた。打ち合わせた訳でもないのに、自然にみんなの口からこぼれたのは、Ｍｉｎｋのセカンドシングルであり、最大のヒット曲『Ｖｅｌｖｅｔ Ａｎｇｅｌ』だった。
「忘れないで 覚えてて 地上の小さな天国 Ｖｅｌｖｅｔ Ａｎｇｅｌ あなたを見てるから ずっと見てるから」
そっと両手を組み合わせ、優しい微笑みを浮かべて、歌い始めるＭｉｎｋ。
「それは小さなシグナル Ｖｅｌｖｅｔ Ａｎｇｅｌ あなたを見てるから ずっと見てるから」
Ｍｉｎｋに続いて、いたずらっぽい笑みをこぼしながら、澄んだ声を響かせるＣａｎｏｎ。
「あたしは たったひとりでもうたう あなたのために そしたら ひとりじゃないよね あなたに届くなら」
２人に負けじと、瞳を輝かせて、明るい声を張り上げるＭａｃｏ。
「ひとりじゃない 歌がつないでくれる 結んでゆく なんて あったかいネットワーク」
そして、は精一杯の心をこめて、高らかに歌った。
４人の歌声は携帯を通じて、金色の光へと姿を変えた。光は次第に盛り上がり、徐々に周囲の空間を包みこんでいった。
少女達の歌が続き、シャワーのように光が広がるにつれて、うなりを上げる電磁波の勢いが徐々に弱まり、辺りに満ちていた火花が消えていく。だが、それにも気づかずに、ただ夢中で４人は歌い続けた。
…そして、歌が終わった時、そこは嵐の気配など全くない、がらんとした異空間に戻っていた…。
※※※※※
ハァハァと肩で息をしながら、４人が歌い終わる。オムが目をパチクリさせながら呟いた。
『すごいや…。最大規模の時空嵐が、あっと言う間に消えちゃったよ…』
「あたし達、助かったってこと!?」
「信じられない。夢みたい」と呟くＭａｃｏのほっぺを、「じゃあ、夢かどうか試してみれば？」と、すかさずＣａｎｏｎが手を伸ばしてつねる。
「痛いっ！ なにすんのよォ!?」
悲鳴を上げると、ＭａｃｏはＣａｎｏｎと追いかけっこを始めた。
「ねえ、オムくん、もうちゃんは消去（デリート）されないよね？」
離すまいとでもするように、の腕をがしっと握って、Ｍｉｎｋが尋ねる。
その時、のイヤホンから、鏡の声が響いた。苦笑いをしながら、鏡は告げた。
『たった今、司令から新しい指示を受けた。“Ｍｉｎｋｌｅとの努力により、時空嵐は完全に消去（デリート）され、時空の流れは回復（リカバリー）された。今の状況でサイバーセキュリティがを消去すれば、かえって時空嵐の再発を招き、未来を変えてしまうことになる。よって、を消去せよとの命令を取り消し、彼女の未来をもう少し見守ることとする”だとさ。…良かったな、。キミ達はこれで、晴れて無罪放免だ』
鏡の言葉をがそのまま伝えると、ＭｉｎｋとＭａｃｏとオムは両手を広げて、満面の笑みを浮かべ、“よかった音頭”を踊り始めた。
「ホラ、ちゃんも！ Ｃａｎｏｎちゃんも一緒に踊ろうよ！」
３人に手を取られて、なし崩しにとＣａｎｏｎも踊り始める。異空間で元気いっぱいに舞い踊る少女達の姿は、まさに幸福そのものだった。
※※※※※
それから数日。は、アイドル事務所の事務員、兼アイドルという、また元通りの仕事が忙しい毎日に戻った。
結局、突然の嵐のどさくさにまぎれて、鳥海社長に逃げられてしまったモトハルは「逃走資金代わりの通帳類は持ち出されずに済んだことだし、まあ、あのおやじのことだ。じきにまた、ふらりと現れるさ」と諦めの心境で割り切り、マネージャーの仕事に精を出している。
“追跡者（チェイサー）”から逃亡したＭｉｎｋｌｅはおとがめなし。一方のは、鏡から正式に『のＷＡＮＮＡ−ＢＥの使用を認める』という司令の辞令と共に、携帯電話を手渡された。
もっともは、Ｍｉｎｋｌｅのように電脳少女としてのＷＡＮＮＡ−ＢＥ使用が認められた訳ではない。携帯電話は、最大規模の時空嵐を鎮めてしまったＳＯＮＧの能力を、時空管理局が調査研究するため、データを取るという目的で渡されたものだった。
「キミ達の調査研究はボクが担当する。またＢ・Ｍ事務所へ遊びに行くから、ナイショで“ミルクティー”を飲ませてくれ。今度は“ケーキ”も食べてみたいな」
いたずらっぽく鏡に言われ、は笑顔で「とびきり美味しいケーキを作ってあげる」と約束した。それからおずおずと鏡に言った。
「…でも、データを取るって言われても、私は携帯を預かっても使う気はないよ」
鏡は「分かってる」と笑った。
「むしろ、時空管理局はキミ達にＷＡＮＮＡ−ＢＥを持たせることで、サイバーセキュリティの代わりの役割を果たしてくれることを期待しているみたいだ」
鏡の言葉の意味が分からず、がきょとんとしていると、鏡はくすっと笑って答えた。
「司令は、またこの時代の座標（ポイント）に時空嵐が起こったら、キミ達にＳＯＮＧで修復してもらいたいと思ってるんだ。そうすれば、消去（デリート）のために、いちいち“追跡者（チェイサー）”を送る必要もなくなるしな」
「じょ…冗談っ！ あんな怖い思いするのは、もう二度とごめんよっ！」
思わずこぶしを振り上げるから、鏡は明るい笑い声だけ残して、宙に消えた。
「…まったくもう」
鏡を見送った後、は大きくため息をついた。それから、ふと壁にかかった時計を見て、「あっ、いけない！」と叫ぶ。
今日はイリヤがＬ．Ａ．から帰国する日で、は空港まで迎えに行くと約束していたのだった。慌てて事務室を出ると、は弾む足取りで走り出した。
※※※※※
国際線到着口にがたどり着いた時、ちょうど大勢の人ごみの中から、スーツケースを抱えたイリヤが、こちらに向かって歩いて来るところだった。
「イリヤくんっ！」
手を振るに気づくと、イリヤは特上スマイルを浮かべた。スーツケースを放り出してに走り寄ると、人目もはばからずに抱きしめる。
「！ 逢いたかったっ！」
抱きしめられたことと、呼び捨てで呼ばれたことの両方にどぎまぎして、は真っ赤になった。
「…ちょ…ちょっと…イリヤくん…みんな見てるよ…」
「気にしない、気にしない。こんなのアメリカでは当たり前の挨拶だよ」
「ここは日本だってば〜！」
だが、は必死でもがいて、イリヤの腕から逃れた。残念そうに空っぽになってしまった腕をイリヤは下げ、手持ち無沙汰にスーツケースを拾い上げた。隣で恥ずかしそうに、うつむいているを見やり、微笑む。
「元気そうだね。安心したよ」
も照れくさいながらも笑い返す。
「うん、イリヤくんも元気そうで良かった。お仕事はどう？ オーディションはうまくいったの？」
「それがダメだったんだ」と、さほど残念でもなさそうに、イリヤは肩をすくめて答えた。
「オーディションはメチャメチャ、プロジェクトも白紙撤回。それを聞いたガイア・プロダクションの社長がオレを呼び戻したから、帰国を決めたんだ」
「ええ！？ そんな！ だって、オーディションを成功させるためにＬ．Ａ．に行ったんでしょう？」
が目をパチクリさせて聞き返すと、イリヤはいたずらっぽく片目をつぶった。
「オーディション会場に突然、謎の美少女が現れてね。いきなり現れて、すぐに消えてしまったんだけど、その場にいたスポンサーが、ひどくその少女を気に入ってしまって、『デビューさせるのはあの子にしろ。さもなければスポンサーを降りる』って言い出したんだ。おかげで、参加者全員が怒っちゃって、オーディションはその場で中止。でも、謎の美少女を探そうにも手がかりひとつなくて、結局うやむやのまま、プロジェクトは事実上、白紙に戻っちゃったんだよ」
なんとなくその少女の正体に覚えがあるは、しかし、そんな事をイリヤに言えるはずもなく、ひきつった微笑を浮かべた。
「…ざ、残念だったね、イリヤくん。せっかく夢見てたプロジェクトだったのに」
しかし、イリヤは「オレはそんなにガッカリしていないんだよ」とかぶりを振った。
「中止になったって言っても、永久にダメになった訳じゃない。オレが“Ｂｌｏｏｍｉｎ’！ Ｐｒｏｊｅｃｔ”でプロデュースしたいのは、キミだけなんだから。むしろ、今度こそキミを“Ｂｌｏｏｍｉｎ’！ Ｐｒｏｊｅｃｔ”で、ソロデビューさせるための準備期間を与えてもらったんだって思ってる」
「え？ だって、プロジェクトは、その…“謎の美少女”じゃないと、スポンサーの許可が下りないんでしょう？」
自信なさげにが言うと、イリヤはクスッと笑った。
「大丈夫だよ。…、キミは、あらゆる未来への可能性と輝きを秘めたダイヤの原石なんだ。オレは“謎の美少女”よりも、そのままのキミ自身のほうが、きっともっとステキな女性として輝けるって信じてるよ」
そう言うと、イリヤは片手にスーツケースを、もう片方の手での手を取った。その時、は初めて、イリヤが両手に、自分が編んだ手袋をはめていることに気がついた。
だが、気づいたことには、はあえて触れなかった。ただ黙って、強くイリヤの手を握り返す。そして、弾んだ声音で報告した。
「あのね、今日はイリヤくんの帰国を祝って、Ｂ・Ｍ事務所のみんなでパーティを開いてくれるの。みんなは合宿所で、イリヤくんが来るのを待ってるんだよ。事務所を移籍した有香ちゃんも、今日は遊びに来てくれるんだって」
「それは楽しみだな！ オレも早くみんなに会いたいよ」
「また、美味しいケーキが食べたいな」などと嬉しそうに呟くイリヤに、は「それと…」と言葉を続けた。
「イリヤくんの作ってくれた歌に、やっと歌詞をつけられたの。メールで詞だけ送るより、直接、歌を聴いて欲しくて、イリヤくんが帰って来るのを待っていたんだよ」
「ホントかい！？ 嬉しいよ！ 早く聴きたいな！ 良かったら、合宿所に着くまでの間、歌って聞かせてよ！」
心から幸せそうにイリヤは笑い、は微笑んでうなずくと、澄んだ声を響かせて歌い始めた。
恋人達は明るく笑いさざめきながら、大切そうに互いの手をつなぎ、楽しげに歩いて行った。その足取りは軽やかで、どこまでも幸せに満ちていた。まるで彼ら自身の未来を表しているかのように…。
終わり
＜あとがき＞
おかげさまでやっと最終回です！ これまで読んできてくださった皆様、本当にありがとうございます。心よりお礼申し上げます。
ヒロインの作った歌詞がどういうものだったかは、各自ご想像ください。神無月は詩を作るのが苦手なんです。ごめんなさい〜（汗）
実は、今回のドリームのヒロインは、これまで神無月が書いたオリキャラの中で一番、前向きな性格に育ちました。白状しますと、そもそもの構想では、ラストは悲恋っぽくなる予定だったんです。でも、前向きな性格に育ったヒロインが猛烈に抵抗しまして、ほのぼのとあたりさわりのない（爆）エンディングを迎えてしまいました…。
多分、これからもヒロインはいろんな事件に巻きこまれながらも、大好きな人達と一緒に、マイペースで頑張っていくんだと思います☆ この話の続きを書くかどうかは…ちょっとまだ未定です（汗）
ともあれ、つたないながらも一生懸命に書いて来ました。少しでもお気に召していただけると幸いです。感想とか…いただけると嬉しいです〜(^o^;
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