【１０・ＬＡＳＴ ＣＨＲＩＳＴＭＡＳ】
翌日は日曜日で聖ポーリア学院は休みだった。信者が集まる日曜礼拝までにはまだ時間があり、早朝の聖ポーリア礼拝堂は静謐な空気を保っていた。
シスター姿のは祭壇に一人でひざまずき、両手を組んで祈っていた。
かすかな軋む音を立てて、礼拝堂の扉が開いた。ゆっくりとが振り向くと、私服の羽丘芽美とシスター姿の深森聖良が緊張の面持ちで立っていた。
「いらっしゃい、芽美、聖良」
微笑んで、は立ち上がり、二人を信徒席に座るようにうながした。木の椅子に腰掛け、まず口を開いたのは聖良だった。
「ちゃん、芽美ちゃんからお話は全て伺いました。……あなたが怪盗だと言うのは本当ですか？」
「本当よ。ずっと騙していてごめんなさい」
は素直にうなずいて、深く頭を下げた。今度は芽美が尋ねた。
「あたしが怪盗セイント・テールだと知ったのは、いつなの？」
「聖華市立美術館に忍びこんだ時だよ。倒れたアスカJr.に駆け寄る芽美の顔が、非常灯の明かりで見えてしまったの。その後、偶然、芽美と聖良が礼拝堂のあかずのざんげ室で相談しているのを聞いてしまって、聖良の頼みで芽美が怪盗をやっていることが分かったの」
「……では、ちゃんが怪盗として、盗まれた品物を返している理由を、どうか教えてくださいませんか？」
聖良の頼みにうなずくと、は二人に全てを語り始めた。
家は江戸時代に世間をお騒がせした怪盗、ねずみ小僧の子孫だった。そして、代々、義賊として強きをくじき、弱きを助けてきた。の祖母、もまた、舞台女優であると同時に、怪盗でもあったのだ。
ところが十四年前に聖ポーリア礼拝堂に盗みに入った際、聖良の母に諭されたことをきっかけには改心し、カトリックに帰依して、怪盗を辞める決意をした。だが、彼女はその時、自首せず、盗品をこっそり返していく道を選んだ。その理由のひとつは、まもなく生まれる予定だった孫を、その手で抱きたいという希望のためだった。
ところが、孫娘であるが生まれてすぐ、祖母は突然倒れた。昏睡状態から覚めた時、の身体には麻痺が残り、同時に過去の記憶のほとんどを失っていた。自分が怪盗の家柄であり、まもなく盗んだものを全て返して、その後で自首するつもりだったことも、全て忘れ去ってしまっていたのだ。
それから十四年。リハビリを重ねて、再び元気な体と、記憶のかなりの部分を取り戻したものの、もはや怪盗となるほどの超人的な運動能力を失ってしまった祖母の意志を、孫のが継ぐことになった。はかつて祖母が名乗った怪盗名『怪盗』を名乗り、家が先祖代々、盗んできた品物を返し始めた。祖母のが果たせなかった望みを、代わりに果たすために……。
だが、実はがすぐに自首しなかったのには、もうひとつ理由があった。しかし、一度記憶を失った祖母には、なかなかその理由が思い出せなかった。が芽美の母に会って、初めて分かったその理由とは、が芽美の母――かつての怪盗ルシファーから、黒い長手袋の片方を盗み、“天使の階段”の下に隠したため、ルシファーにそれを返す必要があったということだった。
の記憶はいまだ完全ではなく、手袋を隠した“天使の階段”のありかは謎のままだった。祖母が思い出せたのはただ、『自分が盗みのために忍びこんだ場所のどこかにある』ということだけだった。その記憶だけを頼りに、は怪盗として、先祖が盗んだ品物を返しながら、“天使の階段”を探し続けた。
そうやって、祖母がドロボウを辞めた聖華市まで辿り着き、先祖が盗んだ品物を全て返し終わったと言うのに、“天使の階段”のありかは、結局、には分からなかったのだった。
「それで、あたしに“天使の階段”を探してるって言ったんだね」
「佐渡くんやわたしに、“天使の階段”について調べて欲しいとおっしゃったのも、そのためでしたのね」
芽美と聖良がしみじみとうなずいた。
「うん。でもお祖母ちゃんが盗みに入った場所は全て調べたのに、天使の階段はどこにも見当たらなかったの」
しょんぼりと呟くに、芽美と聖良が同情の視線を向ける。だが、ふと気づいた様子で聖良が尋ねた。
「今、お祖母さんが盗みに入られた場所は、全て調べたと言われましたけど、ここは……聖ポーリア礼拝堂は調べたんですか？」
の思考が一瞬、止まった。呆然と呟く。
「……全く考えたこともなかったよ。言われてみれば、最後にお祖母ちゃんが盗みに入った場所は、この礼拝堂だったのに、探してみようとすらしなかった。……聖良、芽美、聖ポーリア礼拝堂には“天使の階段”と結びつくような、物か場所はあるの？」
考えこんだ芽美と聖良は、同時に何かを思いついたらしく、そろって顔を見合わせ、叫んだ。
「あかずのざんげ室！」
「確か、あの部屋のステンドグラスは、天から射す光の中を昇っていく天使の絵でしたわ！」
聖良がスカートのポケットから綺麗なデザインのカギを取り出す。
「早速、あかずのざんげ室を開けてみましょう！」
三人は緊張と興奮でドキドキしながら、あかずのざんげ室の扉を開けた。陽光が射しこむステンドグラスは、確かに“天使の階段”と呼ぶにふさわしい、雲間から射す一筋の光の中を、片手で天を指差して昇っていこうとしている、一人の天使の絵柄だった。
「天使の階段の下……？」
ステンドグラスの真下の床に映っている、色鮮やかな光の影を、は徐々に視線を巡らせながら眺めた。ざんげ室の床は、木板を何十枚も打ちつけた作りになっており、かなりの年数が経っているらしく、ところどころ、板と板の間に隙間が出来ていた。
は床に体を横たえ、耳を板に押しつけて、一枚、一枚、丁寧に木板をノックしていった。ふと、その手が止まったのは、ちょうど天使の影が重なる位置にある、一枚の板だった。
「……ここだけ音が違う。何か入ってる」
興奮が抑えきれず、頬を赤くして、は板に手をかけた。ちょうど、板の間に隙間が出来ており、板はの手でも容易に持ち上げることができた。そして、埃っぽい床下に両手を突っこむと、ごつごつした物がの手に触れた。
拾い上げると、積もった埃が舞って、三人は思わず咳きこんだ。が注意深く埃を払って良く見ると、それは蝶つがいがついて、上の蓋が開くようになっている、長方形の木の箱であることが分かった。箱の蓋の部分には、金色の三日月と銀河をイメージした星々の彫り物がなされていた。
「この月は金色のトパーズ。星はダイアモンドを使っているわ。作りも精緻だし、木も良質の物を使ってる。かなり高価な物だと思う」
思わずプロのドロボウのクセが出て、は値踏みをしてしまった。
「開けてみて」
芽美がうながすままにが蓋を開くと、優しいメロディが流れ出した。
「オルゴール！？」
三人は同時に驚きの声を上げた。がよくよく側面を探ってみれば、確かに巻きネジがついている。流れるメロディを聴きながら、は呟いていた。
「……この曲、聴き覚えがある。お祖母ちゃんが良く歌ってくれた子守唄。確かタイトルは……『星のララバイ』」
それは、記憶のほとんどをなくした祖母が、わずかに覚えていた歌のひとつで、幼いを麻痺の残る不自由な手で抱き上げては歌ってくれた、懐かしいものだった。
そして、は箱の中のオルゴールの仕掛けの隙間に、小さく畳まれた黒い布を見つけ、つまみ上げた。広げてみると、左手の黒手袋であることが分かった。
「……これは芽美に渡すわ。芽美のお母さんに返してあげて欲しいの。お願いします」
が芽美に手袋を差し出すと、「いいよ。ママも喜ぶと思う」と芽美は微笑んで受け取った。
「ちゃんがメロディに聴き覚えがあるということは、このオルゴールはきっとちゃんのお祖母さんの大切な物だったのでしょうね。お祖母さんは、芽美ちゃんのお母さんの手袋を、ご自身の大切な物の中にしまって、隠されたんですわ」
聖良の言葉に、はうなずいた。
「うん。あたしもそう思う。多分、このオルゴールは盗んだ物じゃなくて、元々、お祖母ちゃんの持ち物だったんじゃないかな。覚えていないかもしれないけれど、渡してあげたら、きっと喜ぶよ」
板を元に戻し、三人はあかずのざんげ室を出た。聖良が扉にカギをかけて、再びカギをポケットにしまうのを、と芽美は見守った。
「あたしったら、こんな近くにずっと探していたものがあったのに、気づかずに過ごしていたんだね」
苦笑するに、おずおずと聖良が尋ねた。
「これから……どうするおつもりなんですか？」
答えはもう随分前から決めていた。は深く息を吐いて答えた。
「怪盗の役目は全て終わったわ。後はお祖母ちゃんのし残したことをするだけ。……警察に自首します」
芽美と聖良が同時に息を呑む。
「そんなっ、自身は一度も物を盗んだことなんてないじゃない！？ ずっとご先祖様がしたことの償いをして来たのに、それでも自首するつもりなの！？」
芽美の優しい蒼い瞳が潤んでいる。は決意をこめてうなずいた。
「十四年前にお祖母ちゃんは自首するつもりだったんだもの。やるべきことを全て終えたら、怪盗として罪を償うと、最初から決めて、怪盗の名を継ぐ道を選んだの」
不安そうに聖良が両手を組み合わせて問いかけて来る。
「それでは、ちゃんの夢はどうなるんですか？ シスターになって、一生、神様にお仕えするのが夢だと、以前、言っていたでしょう？ ちゃんが本来、所属されている修道会は、厳しい戒律があると聞いています。ドロボウであることが分かれば、シスターになることは許されないのではないですか？」
は思わず「それは……」と言葉をつまらせた。
「……聖良の言う通り、罪人だと分かれば、修道会を追われて、シスターになる資格も失うと思う。……でも、仕方ないよ。これだけ世間を騒がせてしまったんだもの。シスターになれなくても、あたしの心は一生、神様のものだから、それでいいの」
諦めの表情で語るの手を、芽美がぎゅっと握り締めた。
「そんなの絶対にダメだよ！ はずっと陰からあたしを助けてくれていたんだもん。今度はあたしがを助ける番だよ」
「ありがとう、芽美。……でも、その気持ちだけで充分だから」
そして、は微笑んで告げた。
「今夜、飛鳥刑事のところへ行って、全てをお話するつもり。……あ、もちろん怪盗セイント・テールのことは、何も知らないことにするから安心して」
怪盗としての最後のワガママ。……どうせ捕まるなら、飛鳥刑事に捕まえて欲しい。それがの願いだった。
「じゃあ、芽美、聖良、今まで本当にありがとう。元気でね。さよなら」
二人にそっと背を向けて、は礼拝堂を後にした。
は自宅代わりだった、一人暮らしのマンションへ帰り、荷物を整理した。涼子や恭子、仲良くしてくれたクラスの仲間に別れを告げられないのは辛かったが、真実を知った後の彼らのショックを思えば、むしろ何も言わないまま、警察に赴くほうがいいだろうと思えた。
そして、夕暮れの迫る中、マンションの外に出たは、空を一目見て、唖然とした。
超巨大な星の形をしたアドバルーンが、聖ポーリア礼拝堂から上がっている。アドバルーンには大きな垂れ幕がぶら下がり、でかでかと、こう書かれていた。
『今夜 聖ポーリア礼拝堂に 怪盗をいただきにまいります Ｓｔ．Ｔａｉｌ』
「芽美と聖良ったら、何を考えているの！？ 怪盗を盗むなんて、どういうつもり！？」
慌てて、部屋に取って返し、テレビを点ける。聖華市の地元テレビは、既にアドバルーンのニュースを、大々的に報道していた。聖ポーリア礼拝堂の周囲には警察の厳戒態勢が引かれ、警備の先頭に立ったアスカJr.が元気いっぱいで怒鳴っている。
「今度こそつかまえてやるからな！ 待ってろよ、怪盗セイント・テール！」
「冗談じゃないわ。怪盗の専任捜査官はあたしなのよ！ セイント・テールに横取りされてたまるもんですか！」
アスカJr.を押しのけるように、高宮リナがわめいていた。
「あー、聖華市警察は全精力を傾けて、怪盗セイント・テール、及び、怪盗の逮捕に乗り出す方針です」
アナウンサーのインタビューを受けた飛鳥刑事が、真面目くさって応対している。
三人の張り切り振りに圧倒され、テレビの前では脱力した。芽美と聖良の思惑がどうあれ、今夜はとりあえず、セイント・テールの予告状に従って、聖ポーリア礼拝堂へ向かったほうがいいだろうと考える。
出かける時の服装に悩んだが、ドロボウに行くわけではないので、目立たない格好になっても意味がないと思い、これが袖を通す最後かもしれない、シスター服に着替えた。
礼拝堂に着くと、共同戦線を引いた、アスカJr.と高宮リナ、飛鳥刑事が率いる、怪盗セイント・テールと怪盗逮捕を目的とした警官隊が、辺りを警備していた。
だが、シスター服姿のが丁重に頼むと、礼拝堂の入口を見張っていた警官が、礼拝堂の中にいるアスカJr.のところへ案内してくれた。
「じゃないか！？ 悪いけど、今夜の礼拝堂は、シスター達の出入りを制限してもらってる。理由は分かるだろ？」
室内の上、既に夜闇に隠れて姿は見えないが、アドバルーンが浮かんでいる上空辺りを指差されて、はこくりとうなずいた。
「うん。ニュースで見たわ。……あの、時間が取れたらでいいんだけど、アスカJr.のお父さんとお話がしたいの。ダメかな？」
アスカJr.はあいまいに頭を横に振った。
「うーん。今夜は忙しいからな。明日じゃダメなのか？」
「ううん。無理なら急がなくてもいいんだけど」
「ちょっと、アスカ！ この忙しい時に、シスター相手に何を無駄話してるのよ！？」
二人の会話に背後からリナが割りこんだ。の顔を見て、初めて「あら」とリナは瞳を見開いた。
「さんじゃない。そうか、あなた、ここの礼拝堂のシスター見習いだものね。心配になって来たの？」
もうを怪盗ではないかと疑って、つけ狙っていたのはケロリと忘れているらしい。この切り替わりの早さと言うか、思い切りの良さが、リナの長所なのだろう。は内心、苦笑しながら、あいまいに首を振った。
「ええ、まあ。聖ポーリア礼拝堂の名前が出ていたから、気になって……」
「には、昨夜のＭｉｎｋさんの携帯電話盗難事件で手伝ってもらった借りがあるからな。オヤジにはが用事があったみたいだって、オレから伝えておくよ。今夜は危ないから、早めに帰ったほうがいい」
「うん、そうする。……あ、ここの二階に私物が置いてあるの。必要があって、持って帰りたいんだけど、少し時間をもらってもいいかな？」
「分かった。ただし、早くしろよ。そろそろセイント・テールが現れてもおかしくない時刻だ」
アスカJr.に礼を言い、リナにも軽く頭を下げて、は礼拝堂の二階へ上がった。私物があると言うのは、とっさに考えた時間稼ぎの言い訳だったが、考えてみれば、事実、の聖書やシスター服の着替えなどが、二階の一室には残されていた。
「……これも本当に持って帰らなくちゃね」
そそくさと持っていたバッグに荷物を詰めていると、突然、部屋の電気が消えた。
「怪盗セイント・テールが現れたぞ！」
警官隊の叫びが階下から聞こえる。はとっさに荷物の詰まったバッグを抱え、部屋を出て、二階から階下へ駆け下りた。
見ると、礼拝堂の正面の祭壇に、ふわりと舞い降りるポニーテールの女性の影があった。そして、何故か、彼女に寄り添うように立つ、もう一人の黒服に黒覆面の女性の姿があった。
闇に慣れたの瞳は、それが芽美と聖良だとすぐに分かった。これから、どうするつもりか、内心ドキドキしながら、二人の行動を階段の手すりにつかまったまま見守る。
「来たな！ 怪盗セイント・テール！」
「そっちは怪盗ね！？」
アスカJr.とリナが祭壇に向かって駆け出そうとすると、セイント・テールがマジックワンドでシルクハットを叩いた。
「イッツショータイム！」
たちどころに、礼拝堂に眩しい銀色の星のイリュージョンが激しく舞った。
飛鳥刑事率いる警官隊も、イリュージョンの眩しさと動きに翻弄されて、立ち止まる。
「ワン・ツー・スリー！」
セイント・テールがマジックワンドを振ると、礼拝堂の正面の窓が自動的に開いた。セイントテールのシルクハットから、巨大な風船が現れる。セイント・テールは風船を片手でつかみ、もう片方の手で黒服の少女の手をつかむと、二人は同時にふわりと浮かび上がった。
「確かに怪盗はいただいたわ！」
あっと言う間に警官隊の頭上を追い越し、セイント・テールと黒服の少女は窓の外へ飛んで行った。
「待て！ セイント・テール！」
「待ちなさい！ 怪盗！」
星のイリュージョンに翻弄されながらも、なんとか礼拝堂から外へアスカJr.とリナが飛び出した時、既に風船は空高く小さい影となって消えて行くところだった。
「ちっくしょー！」
「まったくもう！」
アスカJr.とリナの虚しい叫びが夜空に木霊した。二人に続いて、礼拝堂の外に出たは、遠ざかる二人の少女の影を無言で見送っていた。
ポンと肩を叩かれて振り向くと、飛鳥刑事の穏やかな顔があった。
「やあ、くん」
「飛鳥刑事……」
「見事に盗まれてしまったな、怪盗を。……おそらく、この先、二度と怪盗は聖華市に……いや、この世界のどこにも現れないだろう。そんな予感がするよ」
むしろサバサバとしたような表情の飛鳥刑事を、を驚いて見つめた。
「飛鳥刑事は怪盗の専任捜査官でいらっしゃるのに、こんな形で捜査が終わってしまっても、かまわないんですか？」
「それは悔しいさ。全力で追い駆けた怪盗を逃がしてしまうのは、これで人生二度目だからね。……だが、怪盗が返して寄越した品物は全て、時効が過ぎたものばかりなんだ。例え、逮捕できたとしても、ドロボウとしての彼女は、既にその罪を償うべき期限を終えている。……こうして我々の手の届かないところに逃げられてしまうのも、神様の思し召しってヤツなのかもしれない」
遠い目で呟くと、飛鳥刑事は少し照れたように笑った。
「こんなだから、息子に『ダメ刑事』と言われてしまうんだろうな」
は黙って飛鳥刑事を見つめた。今、ここで、真実を全て打ち明けてしまうこともできる。本当は自分が怪盗なのだと。……だが、そうすれば、せっかくの芽美と聖良の心遣いが全部、無駄になり、怪盗セイント・テールに協力者がいることがバレれば、二人の今後の活動に支障が起きる恐れすら出てしまう。
――主よ、怪盗として犯して来た、あたしの罪を全てお許しくださるのですか？――
心の奥でが問いかけた時、まるでそれに答えるかのように、夜空から白い雪が舞い降りて来た。思わず声に出してしまう。
「……雪ですね」
「ああ。明日はクリスマスイブだ。ホワイトクリスマスになりそうだな」
怪盗の正体も罪も、純白の雪はすっぽりと覆い隠して、全てを許してくれる。それは天からの答えのような気がした。
ふと気づいたように飛鳥刑事がを見た。
「そう言えば、息子からくんが私に用事があると聞いたが、何なのかね？」
ドキリとしたは深呼吸してから答えた。
「……お別れを言いたくて」
「お別れ？」
「実は、あたしが聖ポーリア礼拝堂にシスター見習いとしてお仕えするのは、今年のクリスマスまでの約束なんです。クリスマスが過ぎて、学校が冬休みに入ったら、故郷へ戻ります。祖母も両親も待ってくれていますから」
「そうか。寂しくなるな。故郷に帰っても元気で。君ならきっと、どこにいても、立派なシスターになれるだろう」
飛鳥刑事の暖かい瞳が包みこむようにを見つめる。は精一杯の勇気をこめて、その瞳に向かって告げた。
「……あたし、飛鳥刑事が好きでした。短い間でしたけど、飛鳥刑事とご一緒できて嬉しかったです」
飛鳥刑事は優しく微笑んだ。
「ありがとう。私も君が大好きだったよ、未来の神様の花嫁さん」
そう言って、何気なく礼拝堂を見上げた飛鳥刑事は、ふと何かに気づいた様子で、「一日早いが、神様も許してくれるかな……？」と謎の言葉を呟いた。
そして、飛鳥刑事はそっと身をかがめ、の額に口づけた。
「……！？」
何故、キスされたのか、訳が分からず、かあっと耳まで真っ赤になったは、飛鳥刑事の見上げた物を探した。そして、叫ぶ。
「あ、ヤドリギ！？」
礼拝堂の入口には、クリスマスの飾りとして、ヤドリギで作られた花冠が飾られていたのだった。クリスマスの日には、ヤドリギの下にいる異性にキスをしても良いという習慣が、西洋にあることを、もまた知っていた。
「どこにいても、君の幸せを祈っているよ」
穏やかに微笑む飛鳥刑事に、はまだ赤い頬のまま、微笑み返した。
「ありがとうございます」
そして、は飛鳥刑事に別れの挨拶をして、帰宅した。
☆★☆★☆
翌日はクリスマスイブだった。聖ポーリア礼拝堂ではクリスマス礼拝が開かれ、信徒によるクリスマスの聖劇や、クリスマスキャロルの合唱、キャンドルサービス等が行われた。も聖良も手作りクッキーを配るなど、大忙しで働いた。
更に翌日のクリスマス当日は、聖ポーリア学院の終業式だった。帰りのＨＲで担任のシスターはを教壇に立たせ、が今日を最後に転校することを告げた。ＨＲが終わると、クラスメートは一斉にの机の周りに集まり、それぞれ言葉をかけて来た。
「がいないと、ちょー寂しくなるよ。メールちょうだいね」
「手紙も書いてね」
涼子と恭子にそろって指きりさせられ、は「ありがとう。メールや手紙を送るね」とうなずいた。
「写真を撮らせてもらうよ。それと、聖ポーリア学院を去るに当たって、一言どうぞ」
佐渡にカメラとマイクを向けられて、は穏やかに答えた。
「聖ポーリア学院に通えて、皆と仲良くなれて、本当に楽しかったです。お別れは寂しいけれど、聖ポーリア学院で学んだことを生かして、故郷でも頑張ります。……それと、佐渡くんが立派な新聞記者になれるように祈ってる。佐渡くんなら、きっとなれるって信じてるからね」
「ありがとう」
佐渡は嬉しげにお礼を言った。
「元気でな」
ぶっきらぼうに話しかけて来るアスカJr.にも笑顔を向ける。
「アスカJr.も頑張って、セイント・テールを追い駆けてね」
「ああ。もちろんだ！ セイント・テールは必ず、オレが捕まえてみせる！」
グッと両拳を握り締めて、アスカJr.は宣言した。
「また遊びに来なさいよね！」
リナの言葉にも素直にはうなずくことができた。
「うん。きっとまた来るよ」
芽美と聖良にも挨拶したかったのだが、二人の姿は教室にはなかった。内心、残念に思いながらも、は諦めることにした。
そして、名残を惜しみながらも、はクラスメートに別れを告げ、大きく両手を振りながら、教室を出た。
最後にが立ち寄ったのは、聖ポーリア礼拝堂だった。祭壇の前にひざまずき、祈りの言葉を口にする。
「主よ、怪盗の秘密を、全て怪盗セイント・テールとシスター聖良に預けたまま、この地を去ることをお許しください」
ふいに明るい声が礼拝堂に響いた。
「大丈夫よ！ 神のご加護がある限り、怪盗セイント・テールに不可能はない！」
「そうですわ。ちゃんは何も心配なさらないで」
笑顔で礼拝堂に現れたのは、芽美と聖良だった。
「ちゃんのことですから、きっと帰る前に、礼拝堂に寄っていらっしゃると思って、先にこちらに来ていましたの」
おっとりと聖良が説明する。は胸がいっぱいになって、二人の手を握り締めた。
「芽美、聖良、一昨日は本当にありがとう」
「気にしないで。いつもあたしを助けてくれたお礼だもん」
「怪盗は、盗まれてしまったのですから、もうどこにもいらっしゃいませんわ。それでいいんです」
芽美と聖良は朗らかに微笑んだ。もまた微笑み返した。
「離れても、二人に神のご加護があるように、お祈りしているね。……それと、またいつか、きっと会いに来るよ」
の言葉にうなずき返す二人の瞳には、暖かい心が宿っていた。
その時、クリスマスを祝う礼拝堂の鐘がふいに鳴り始めた。は幸せな想いで鐘の音を聴いた。鐘の音は三人を祝福するかのように、いつまでも鳴り響き続けた。
それから十年後、望み通り正式なシスターとなったが、立派な私立探偵となったアスカJr.と芽美の結婚式に招待されて、聖華市を再び訪れるのは、未来の幸せな物語。
終わり
＜あとがき＞
終わったー！！！ すみません。調べてみると、全１０話を４年半かけて書き上げたことになります（那智滝汗）
最終話の内容は初期段階でほとんど決めていたので、こんなに連載終了までに時間がかかるとは、全くの想定外でした。
ちなみに、Ｗｈａｍ！の「ＬＡＳＴ ＣＨＲＩＳＴＭＡＳ」という歌は「去年のクリスマス」という意味ですが、ここでは「最後のクリスマス」という意味で使いました。
あと、「星のララバイ」は本間かおり（現：普天間かおり）さんの歌からいただきました。大好きな綺麗な曲です。
完結まで、長い間、お待たせした皆様、本当に申し訳ございませんでした。そして、お付き合いくださって、ありがとうございましたm(_
_)m
感想やご意見などいただければ嬉しいですv それと、ヒロインと飛鳥刑事がその後、どうなったかは、皆様のご想像にお任せします。
ほのかな想いを秘めたまま、シスターを続けるも良し、シスターを辞めて、還俗して、結婚するもまた良しです（笑）
次は、できれば『夢幻伝説タカマガハラ』か、『電脳少女☆Ｍｉｎｋ』の鏡オチの、ドリーム小説の連載を始めたいのですが、どうなるか分かりません（汗）
最近、とみに小説を書くペースが落ちているので……。とりあえず、今後もお見捨てなく、気長に待っていただければ幸いです。
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