ＲＥＩＮＣＡＲＮＡＴＩＯＮ ＜３＞再会
が萩の海で毛利伸達と別れてから数ヶ月が過ぎ、季節は夏から秋へと移り変わった。鮮やかな緑色をしていた街の木の葉は徐々に色を変え、風も少しずつ温度を下げて、夜になると虫の音が耳につくようになった。
何事も時間が解決してくれると言うが、時間が経っても、の心は晴れなかった。
元気のない素振りを見せると、家族や友達が心配するため、平気な振りを保っていたが、内心ではずっと伸のことが気にかかっていた。
伸の家で聞いたナスティの言葉が、幾度も脳裏に蘇る。
『彼らは心を同じくするサムライトルーパーなの。そうでなければ、生き残っては来れなかった。それだけ厳しい戦いだったのよ。……だからこそ、水滸の鎧と共鳴するというあなたの存在が、伸に、そして皆に、どんな影響を与えるのか、皆、気がかりなのよ。分かってあげて』
そして、辛そうな伸の瞳と言葉も。
『……僕と水滸の鎧は決して切り離せないものだから』
伸がついた嘘は確かにを傷つけた。だが、時間が経って、深く考えれば考えるほど、伸がを試す真似をしたのは、苦渋の選択だったのではないかと思えてならない。どんな手段を用いてでも、鎧の共鳴現象を暴かなければならないほど、伸にとって水滸の鎧を担う責務は重いのだと、本当はあの時、伸はに言いたかったのではないのだろうか。伸は鎧の共鳴は悪いものではない。そう信じていると、ずっと口にしていたのだから。
だからこそ、逆にが伸に言ってしまった言葉、平手打ちした行為が、伸を自分と同じくらい……もしかすると、もっとひどく傷つけたかもしれないと言うことも、痛いほど感じ取れてしまう。
――優しい伸さんを傷つける、ひどいことを言った。ひどいことをしてしまった。でも、もう謝れない。……もう逢わない。連絡も取らない。“水滸の鎧の共鳴者”はもう、どこにも存在しない。それでいいんだ――
時折、どうしようもなく胸がうずく時は、そう自分に言い聞かせて、はやり過ごすことにしていた。
そんな日々が続いていた金曜日の夕方、居間でぼんやりとテレビを見て、過ごしていたところ、家の電話が鳴った。
「！ 電話に出てちょうだい！」
忙しく夕飯の支度をしている母が、キッチンから声を上げる。
「はーい」
こういう時は素直に指示に従わないと、後で泣きを見ることになる。は急いで居間の片隅にある電話を取った。
「もしもし。です」
『もしもし。真田と申しますが、さんはいらっしゃいますか？』
受話器から聞こえて来た、真田遼の声には凍りついた。思わずそのまま受話器を置いてしまいたい衝動にかられる。だが、電話の向こうの妙に切羽詰った口調が、それをためらわせた。ぎこちなく声を出す。
「遼さん、お久しぶりです。私、です」
電話越しに遼の安堵のため息が聞こえた。
『良かった。ちゃんに電話を受けてもらえて。……実は、伸が大変なことになっているみたいなんだ』
「え？ 大変って……？」
嫌な予感を覚えながら、は問い返した。
『今すぐ、テレビのニュースをつけてみてくれないか？ 伸が海難事故に遭って行方不明になったらしい。……俺達、皆、伸のことが心配で、事故現場へ行くつもりなんだけど、一応、ちゃんにも伝えておいたほうがいいと思って……』
その後、遼にどう応対したか、はうろ覚えだった。とにかく、知らせてくれたことに礼を言い、すぐにニュースを見てみると言って、電話を切った。そして、テレビのリモコンを手に取り、チャンネルを地元の情報番組からニュースに変えた。
ニュース番組では、スーツ姿のキャスターが神妙な面持ちで、山口県のＮ市で遊覧船から子どもが落ち、とっさに飛びこんで子どもを助けた一名が、そのまま行方不明になっているというニュースを伝えていた。
『行方不明になっているのは、千石大学高等部三年生の毛利伸さん、十七歳です』
キャスターの言葉に重ねて出た字幕と顔写真が決定打だった。硬い音を立てて、の手からテレビのリモコンが床に落ちる。
「伸さんが行方不明……！？」
頭の中がぐるぐるして、はその場に座りこんでしまった。
「？ どうしたの？ 誰からの電話だったの？」
の様子がおかしいことに気づいた母が、キッチンを出て、エプロンで濡れた手を拭きながら、居間に現れた。その頃には、ニュースは違う話題に切り替わっていた。は両手をぐっと握り締めて、母に告げた。
「お母さん、私、明日からちょっと出かけて来る」
「出かけるって、どこへ？」
自分でも分からない何かに駆り立てられるように、は答えていた。
「萩へ行かなくちゃいけないの」
母はしばらく無言で両腕を組んでいたが、やがて深くため息をついた。
「あなた、今年の春に萩に行ってから、夏頃まで熱心に誰かと連絡を取ったり、萩に遊びに行っていたけれど、夏休みを境に、ぱったりと萩のことを口にしなくなったわね。……その相手の人と何か関係があるの？」
自分の行動が逐一、見破られていたことを悟り、は正直に認めることにした。
「うん。……その人が今、困った状況にいるみたいなの」
「じゃあ、行ってらっしゃい。旅費はお母さんからも援助してあげるから」
あっさり了承を得たことで、かえっては驚いた。
「え？ 旅費まで出してもらえるの？」
母は微笑んでうなずいた。
「夏休みからずっとの元気がないって、お父さんとお母さんも心配していたのよ。その人と会って、またが元通りに、元気になれるなら大助かりだわ」
――会うために行くのだと良いんだけど……――
不安な思いは口に出さず、はただ「ありがとう」とだけ答えた。
海難事故があったのは、山口県のＮ市。萩市とは隣接するものの、距離的には離れた場所に当たる。遼は『事故現場へ行く』と言っていたから、伸の仲間達は真っ直ぐ、Ｎ市に向かったのだろう。それでも、は萩市に行くことにこだわった。
の中で、何かが告げていた。今、が向かうべきなのは、あの海辺の桜の木の下なのだと。
翌日、早朝に出発して、昼頃に萩市に辿り着いた。はホテルに荷物を預けると、貴重品などわずかな物だけを小さなバッグに詰め、真っ直ぐに浜辺の桜の木の場所へと向かった。桜の木は既に葉を茶色に染め、冬支度を始めていた。
月が出るまでの時間がひどく長く感じられたが、はバッグを置いて、桜の木の下に座り、夕闇が浜辺を染めるのを待ち続けた。
その日の月は満月だった。月が桜の枝にかかる頃には、辺りはすっかり日が暮れて、人気のない浜辺を、海風だけがの傍を吹き抜けて行った。
ごつごつとした桜の幹に手を置き、は一心に祈った。
「ここに水滸の鎧珠がないことは分かってるの。でも、お願い、もう一度だけ、奇跡を起こして。伸さんを助ける力を私に分け与えて下さい」
初めて、伸と二人でここへ来た時のことを思い出す。夢の記憶に浸っているを、少し離れた背後で、伸が心配そうな顔をして、見守ってくれていた。いつだって、伸がに向ける瞳は優しかった。伸の笑顔を、澄んだ声を、暖かい言動を思い浮かべて、はポロポロと涙を零した。
「今の私の想いがただの執着心と言うのなら、それでもかまわない。伸さんにもう一度、逢わせて。お願い、桜の木さん、力を貸して」
突然、幹に添えるの手のひらが温かくなった。体の奥底から、何か未知の力のようなものが溢れ出し、両手を通じて、桜に注ぎこまれていくのを感じる。
見る見るうちに、枯れかけた桜の葉が消え、代わりに鮮やかな薄紅色の花が、霞のように桜の木全体に宿った。桜の木だけが、時間を秋から春に巻き戻したようだった。
そして、桜の花の間から浮かび出るように、一人の少女がふわりと現れ、の目の前にたたずんだ。少女は巫女の正装である千早をまとい、豪奢な髪飾りをつけて、剣鈴を手に取り、凛とした表情で立っていた。その顔はにそっくりだった。
「……あなたは誰？ 夢の中の人……？」
の問いかけに、そっくりの声で巫女姫は答えた。
『わたくしは海神に仕える巫女姫。そして、そなたのいにしえの姿』
巫女姫が口をきいたことに驚いて、は声を上げそうになった。だが、慌てて口元を押さえる。巫女姫は厳しい表情で尋ねた。
『なにゆえ、桜の記憶を使い、わたくしを呼び出したのです？』
はハッとして、巫女姫に向かって両手を差し伸べた。
「伸さんが……水滸の鎧の持ち主が、海で行方不明になってしまったの。お願い、伸さんを助けて」
巫女姫は瞳を細めた。おかしそうに微笑ったようだった。
『水滸の鎧は海神の守護の証。水滸の鎧の持ち主を、海が傷つけることはありえませぬ。行方が知れぬと言うのならば、いずれかの海の底で、傷ついた体を癒すための、穏やかな眠りについているのでしょう』
「伸さんは無事なのね！？」
「良かった」と呟いて、は安堵の余り、震える両腕を抱きしめた。そして、問いかけた。
「伸さんが海の底で眠っているのなら、あなたの力で呼び起こして帰って来るようにできる？」
巫女姫はゆっくりと頭を横に振った。
『わたくしは過去の亡霊。もはや桜の木の記憶を頼りに、幻の姿をかりそめに映す以外、何の力もありませぬ。それより、そなたの力で呼べば、どこの海にいらしても海神の耳には届くはず。そなたは海神に仕える、いにしえの巫女の生まれ変わりなのですから』
「私が……？ 私が呼べばいいの？ どうやって？」
『ただ、心のままに。海神のことだけを想って、声に出して呼べば良いのです。その声は必ず届きます』
そう言うと、巫女姫の姿は薄れ、すうと桜の木に吸いこまれるように消えて行こうとした。は焦って問いかけた。
「待って！ ひとつだけ教えて。桜の夢の中で、いつも私の……あなたの背後に立っている人は誰？ あの人は、伸さんと同じ顔をした人なの？ 私があなたの生まれ変わりなら、伸さんはあの人の生まれ変わりなの？」
『何故、そなたには分からないのです？』と逆に巫女姫は問い返した。
『あの方は海神。そしてわたくしの伴侶。……そして、現世でも海神の鎧をまとい、そなたと巡り逢ったのは、あの方と同じ魂の持ち主。そなたの心はとうに見抜いていたはず。懐かしく愛しい想いが、そなたの胸の内に宿るのならば、それがかつて、その方がそなたの伴侶であった証』
「じゃあ、やっぱり、あの夢の人は伸さんなのね！？」
の問いかけに是と答えるかのごとく、艶やかに微笑んで、巫女姫は桜の木に消えた。同時に薄紅色に花開いていた桜の花は一斉に消え、元の枯葉が桜の木を覆った。
「ありがとう、桜の木さん」
呟いて、巫女姫が消えた幹を撫でると、まだの手のひらの温もりがわずかに残っていた。その温もりに勇気づけられて、は両拳を握り締めた。
巫女姫は『ただ、心のままに。海神のことだけを想って、声に出して呼べば良いのです。その声は必ず届きます』と言った。ならば、今のにできることはただひとつ、伸を呼ぶことだけだ。
桜の木の下から、浜辺に向かって走り、はスカートの裾が濡れるのも構わず、波打ち際に駆けこんだ。
声を限りに、海に向かって呼びかける。
「伸さん！ 帰って来て！ お願い、伸さん！」
名前を叫ぶたびに、身を引きちぎられるような、切ない想いが体中を走る。伸を永遠に失うかもしれないという状況に立たされて、初めて自分がこれほどまでに、伸に恋焦がれていると言うことに、は気付かされた。
「あなたが好きです！ だから、無事に帰って来て！ お願い、この声を聞いて！ 伸さん！」
どれだけ叫び続けただろうか。とうとう叫び疲れて、はその場に座りこんだ。腰まで海水に浸かり、べっとりとスカートが体に巻きつく。打ち返す波が胸元までかかり、の体温と体力を容赦なく奪っていく。両手で顔を覆い、は涙を流した。それでも、枯れた声で海に呼びかけることは止めなかった。
「……お願い、伸さん……！」
魚でも躍ったのか、ぱしゃんと水の跳ねる音が近くで聞こえた。だが、もはや、顔を上げる元気もにはなかった。
「びしょ濡れじゃないか。こんな季節に海に入ったりして、風邪をひくよ」
案じる声が耳元でして、はハッと顔を上げた。振り向くと、水滸の鎧を身にまとい、二条槍を手に持った少年が、目の前に立っていた。兜のフェイスガードが外れると、現れたのは伸の顔だった。
伸は鎧姿のまま、ひょいとを抱き上げ、海中から乾いた浜辺へと連れ出した。
浜辺に着いてを下ろすと、鎧はすぐに淡い水色の光を発して消え、そこには私服姿の伸が立っていた。
「伸さん……！」
は何も思わず、無我夢中で伸に抱きついていた。伸の体に触れ、その肉体の確かさと温もりに安堵する。ただし、をからかった割には、伸も全身、びしょ濡れだった。
「心配かけてごめん。ちょっとドジってね。水滸の鎧に守られて、沖のほうで眠っていたんだけど、ちゃんや仲間達の呼ぶ声で起こされた。……特にちゃんの呼びかけは強烈だったよ。すぐ耳元で怒鳴られているみたいだった」
「……伸さんが無事で良かったです」
しみじみとが呟くと、伸は微笑んで「呼びかけてくれてありがとう」と返した。
「それともうひとつ……」
伸が言いよどんだので、が小首をかしげると、伸はの肩に回した手に力をこめてささやいた。
「僕もちゃんが大好きだよ」
は自分が大声で海に向かい、伸が「好き」だと叫んだことを思い出して、真っ赤になった。
「……聞こえていたんですか？」
「うん。全部、はっきりとね」
「……でも、私、伸さんのことを叩いたり、ひどいことを言ったのに……」
「あれは僕が悪い。君を傷つけたんだから、当然の報いだよ。……正直言って、もう二度とちゃんには会わす顔がないと諦めていたんだ。それなのに、僕に呼びかけてくれて、好きだって言われて、本当に嬉しかった。君の傍に一刻も早く行きたくなった。だから、君の声がする方向を真っ直ぐに目指して帰って来たんだ。ありがとう」
「……伸さん……」
再びの瞳に涙が浮かんだ。それは嬉し涙だった。
海風が二人の間を吹き抜け、濡れた体に冷やりとした感触が走る。伸はに回した手を名残惜しげにそっと離した。
「そろそろ行こう。僕は濡れるのは慣れているけれど、ちゃんは風邪をひかないうちに、暖かい場所に戻って着替えないと。僕のことを皆も心配しているだろうし」
その言葉に、は今更ながら、伸の置かれている状況を思い出した。慌てて、伸が姿を消している間、海難事故に巻きこまれて行方不明になったという事件になっており、全国ネットでもニュースが流されたことを告げた。それを聞いた伸は、大きくため息をついた。
「……そんな騒ぎになってたんだ。大勢の人に迷惑をかけてしまったみたいだね」
「うーん」と考えこみ、伸は「とりあえず、僕はここに泳いで来てしまったわけだし、ちゃんには行方不明者の第一発見者になってもらうしかないか」
伸の指示で、は桜の下までバッグを取りに戻った。携帯電話を出して、警察と消防に連絡する。行方不明の少年を発見したとの通報に、パトカーと救急車に、すぐに出動要請がかかった。
パトカーと救急車が到着する前に、伸が直接、の携帯を借りて、征士の携帯電話に連絡した。電話の相手を征士にした理由は、仲間内で、征士が最も冷静沈着で、状況判断が上手いと言う以上に、遼は携帯を持っておらず、秀はおっちょこちょいで説明下手、当麻は不精で、携帯の電源を入れておくのを、しばしば忘れるからと言う、仲間達の性格を良く見抜いた上での判断だった。
伸の予想通り、コール数回で電話に出た征士は、的確に事情を理解し、きっちりとした返答を返した。
『伸が無事で良かった。今は少し席を外しておられるが、伸の姉上も私達と一緒にこちらに来ておられるから、私から事情を説明しておこう。こちらの捜索隊にも事情を説明して、萩市の警察と連絡を取ってもらい、伸の無事を確認次第、捜索の終了手続きを取るべきだろう。時間がかかるだろうが、こちらの騒ぎが落ち着き次第、私達も姉上と一緒に萩へ戻るようにする』
「うん。僕の母さんは自宅にいるんだね。……じゃあ、僕がいきなり電話すると、母さんも驚くと思うから、母さんにも僕が無事だって連絡するように、姉さんに伝えてくれるかな？」
『承知した』
心底、安堵した口調で、征士は電話を切った。その頃には、パトカーと救急車のサイレンの音が、浜辺のすぐ近くまで響いて来ていた。
伸は一足先に、救急車で近隣の病院へ搬送され、は警察官から、身元や伸を見つけた時の状況などの、簡単な事情聴取をその場で受けた後、ホテルに戻ることを許された。
翌日、は幸い、風邪もひかずに、すっきりと目覚めた。朝のニュースでは、行方不明だった少年が、萩市の浜辺に自力で泳ぎ着き、無事に保護されたことを伝えていた。
第一発見者になったおかげで、は山口県警の萩警察署から呼び出しを受け、事情聴取を受ける羽目になった。だが、実際にに説明できたのは、「たまたま浜辺にいたところ、彼が泳ぎ着いたのを見つけたので、警察と消防に連絡した」と言うことだけだったため、事情聴取は短時間で終わった。
伸が助かったニュースは、地元ではしばらく話題になったようだが、全国ニュースでは小さく扱われただけで、地元でもじきに話題は違うものへと移って行った。
事件の話題が下火になった頃には、伸が受験シーズン本番に入ってしまい、はしばらく伸とは電話やメールでやりとりするだけで、会えない日が続いた。
伸とが、萩の桜の木の下で再会できたのは、翌年の三月も半ばの頃だった。
「相変わらず、見事ですね」
明るい日差しの下、七分咲き程になっている桜の木を見上げて、は瞳を細めた。そして、ふと寂しそうに呟く。
「もう月夜に、ここに来る意味もなくなってしまいましたけど……」
実は、行方不明だった伸に浜辺で呼びかけて以来、は水滸の鎧珠と共鳴する能力を失っていた。そして、あれほど毎年、春の季節に見ていた不思議な夢も、パッタリと見なくなってしまった。
ナスティや当麻は残念がっていたが、おそらく鎧珠のない状態で、無理に桜の木に呼びかけて、巫女姫を出現させた上、海底に眠る伸を目覚めさせたことで、の内にある鎧珠と共鳴する力が限界に達し、失われてしまったのだろうと推測されていた。
「月夜に見る桜も見事だけど、陽の光に透けて見える桜も充分に綺麗だと思うよ」
伸が優しく微笑む。
「当麻達は、ちゃんの力が限界を超えたせいで、失われたんじゃないかって言ってたけれど、僕は違う気がするんだ」
「え？」と小首をかしげるの手を取って、いたずらっぽく片目をつぶってみせる。
「ちゃんにとって、きっと、この場所と鎧珠に共鳴する力はもう必要なくなったんだよ。以前に僕が、ちゃんにとっての夢は過去の出来事じゃなくて、『いつか、ここで君にとって大切な人と出逢うって言う、未来の予見なのかもしれない』って言ったことがあるだろう？ そういうことなんじゃないかな」
「そういうことって……」
「つまり、今、この場所にいるちゃんの傍には僕がいて、これからもずっと変わらないってこと。だから、もう昔の夢を見たり、鎧の古い記憶と共鳴する必要は、ちゃんにはないんだよ」
ずっと傍にいたいと願う伸の心そのもののように、つないだ手に力をこめられて、は赤面した。そして、何気ない素振りで伸は言いつのった。
「そう言えば、今日は僕の誕生日だって知ってた？」
「あ、はい。ホワイトディが伸さんの誕生日でしたね。ちゃんと覚えてますよ。志望大学の合格も無事に決まられましたし、本当におめでとうございます」
「合格祝いと誕生祝いが一緒になってしまいますけれど、プレゼントは準備していますから。後でお渡ししますね」と無邪気に笑うに、ちょっと拗ねたように伸は頬をふくらませた。
「別に、プレゼントを要求している訳じゃなくって……。僕は今日で十八歳になったんだ。この意味、分かる？」
再びきょとんと首をかしげるに、伸はポケットから小さな箱を取り出した。そして、蝶つがい式の箱から出て来たのは、の誕生石がついた指輪だった。
「ちょっと気が早いけど、僕はもう結婚できる年齢になったということで、婚約指輪代わりに受け取って欲しいんだ」
「……こ、婚約！？」
耳まで真っ赤になってしまったの左手を捧げ持ち、薬指に優雅な手つきではめる。どうやってリサーチしたのか、サイズはピッタリだった。
「この指はもう永久に予約したからね」
嬉しそうに笑う伸に寄り添い、は赤い頬のまま、おずおずと「ありがとうございます」とささやいた。そんなに伸は更に心臓に悪いことを言った。
「言葉だけじゃなくて、違うお礼が欲しいな」
「……え？ ええっ！？ 伸さん！？」
問答無用で、の頬に伸の手がかかる。と伸の、初めてのキスは、古代から伝わる思い出の桜の下で、薄紅の花びらがそっと触れるような、優しいものだった。
が、懐かしい、いにしえの夢を見ることはもうない。これからは伸と二人で未来へ向かって生きていくのだから……。
二人の明るい未来を象徴するかのように、桜が美しく咲き誇っていた。
＜終わり＞
＜あとがき＞
もともと、トルーパーオンリーイベント合わせで書いた、CD-ROM版用のドリーム小説が「＜１＞出逢い」でした。
でも、どうしても、結末のつけ方に納得がいかず、ヒロインと伸くんをもっとラブラブにさせたくて、
この二人の続きが書きたくて、連載という形で続編を出させていただきました。
あと、１９９０年代当時、携帯電話は今のように普及していないと思いますが、登場人物が皆、当たり前のように携帯を持っていて、嘘つきで済みません。
とにかく、CD-ROM版をお持ちの方、申し訳ございませんm(_
_)m この続きが気に入っていただけたら、嬉しいです。
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