６、自然な甘さ
はナスティ柳生の遠縁の少女であり、柳生博士らの研究内容を知る者の一人でもあった。五人のサムライトルーパーが終結し、ナスティの元で居候をしていることを知ったは、自らもナスティの家に同居することを申し出た。
ナスティ一人で五人の少年の面倒を見るには、家事など何かと手伝いが必要だろうと考えたのがきっかけだが、自身がサムライトルーパーに強く興味を持っていたのも事実だった。最初は年頃の少女の同居に戸惑っていた五人の少年達だったが、じきにの存在は受け入れられた。
五人の少年の中で、なぜか、特にと気が合ったのが征士だった。人付き合い、特に女性と関わることを苦手とする彼にしては珍しく、とはしばしば親しく会話を交わした。
その理由は、いきなり五人の男性との同居を決意する大胆さとは裏腹に、常にどこか一歩、人に譲るようなさり気ない優しさや、人と話す時は自ら口を出すよりも、相手の話にじっと耳を傾けるような穏やかさ、絶えず微笑を忘れずに、一緒にいると気持ちが自然に和ませる力が、にあったためだった。
「…、ちょっと用事があるのだが」
それは特別寒い冬の日。柳生邸に居候しているそれぞれが、各自の部屋にこもったり、外出したりしていた時、ナスティに頼まれて、一人、キッチンで水仕事をしていたを、征士が呼んだ。
濡れた手を拭きながら、何の用事かと不思議に思いながらついて行くと、征士はを自室へ招いた。征士と同室の当麻はたまたま図書館に出かけていて留守だった。
征士のベッドの上には、今日、征士の実家から届いたばかりの宅配便のダンボール箱が載せられていた。受け取ったところをは見ていたのだから間違いない。衣類や本、果物などが詰まったその箱の中から、征士は朱色の筒状の缶を取り出した。
征士の一連の動作を、は征士のベッドの脇にちょこんと腰掛けて、その様子を見ていた。征士は缶の蓋に巻きついていたテープを丁寧にはがし、そっと缶を開けた。
「…これをに受け取って欲しかった」
そう言って、缶の中に手を入れると、征士は大切そうに何かを取り出し、の手の上に載せた。
よく見ると、それは細い飴の糸を幾重にも重ね、薄い長方形に織った飴細工だった。が覗いて見ると、先ほど征士が手を入れた缶の中には、砂糖のようなさらさらとした白くて細かい粉がいっぱいに詰まっていて、ちょっとの刺激にも耐えられない繊細すぎる飴細工を守っている。
征士にうながされ、は受け取った飴菓子を素直に口に運んだ。そっと口に含むと、その和菓子は一瞬、シャリンと口の中で音を立てて、後にほのかな甘味を残し、ふわりと舌の上で溶けて消えた。
「美味しい…」
思わず呟くと、征士は満足そうに微笑んで説明した。
「霜柱と言う名の菓子だ。仙台の名物なのだが、家の者が送ってくれた」
「え？ じゃあ、あたしだけもらってもいいの？ 本当は皆にあげるための物なんじゃ…」
困ったようにが言うと、征士は偉そうに腕組みをしてかぶりを振った。
「冬の間にだけ、それもわずかにしか手に入らない物なのだ。皆に分けると、あっという間になくなってしまうだろう。もったいなくて、あいつらにはやれん」
確かに食いしん坊の上、大食らいの秀や当麻に分け与えれば、一瞬で缶の中身は空になってしまうだろうと、は納得した。
「…じゃあ、どうして、あたしには分けてくれたの？」
不思議そうに小首をかしげて尋ねると、ほんのりと征士の頬に朱が走った。
「…なら大切に食べてくれるだろうと思ったからだ」
普段は大人びた征士の、年頃の少年らしい子どもっぽい行動がおかしくて、はクスクスと笑った。そして、征士の菫の瞳を見つめて、心から礼を言った。
「あたしだけ、特別扱いしてくれたんだね。ありがとう、征士」
「もうひとつ、もらってもいい？」とねだると、征士はこくりとうなずいた。再び口に含むと、またほんのりとした甘味が口の中に広がり、一瞬で消えてしまう。繊細なお菓子の持つ儚さにはホッと息をついた。
「…本当に霜柱がお菓子になったみたいだね」
嬉しそうにニコッと笑うの無邪気な愛らしさに、征士もまた嬉しげに微笑み返した。
「欲しい時はいつでも言うといい。…ただし、皆には絶対に内緒だぞ」
☆★☆★☆
それから、誰もいないタイミングを見計らって、は征士に霜柱をねだるようになった。
そういう時、征士は「仕方ないな」と言いながらも、どこか嬉しそうな笑みを浮かべて、いつもを自分の部屋に招き入れてくれた。誰もいきなり部屋に入って来たりしないのを確認してから、征士はいつも自分のベッドの脇にある、征士専用の棚の中から缶を取り出す。
二人だけでこっそりと、大事に少しずつ食べる秘密の飴菓子は、何よりも胸をときめかせ、にとってはとびきり特別な味がした。
だが、いくら大事に食べていても、いつかなくなる時は来る。二ヶ月もすると缶の中身は底をついた。
最後のひとつを征士は半分に割った。半分に割れる時、霜柱は小さな粉を吹き、粉は征士の手のひらでキラキラ輝いた。征士は割り終えた半分をの手に、半分を自分の口に入れた。
しばしためらった後、もまた自分の手の中の半分を口に含んだ。最後の甘味を味わった後、は深くため息をついた。
「…なくなっちゃったね」
「また来年の冬までお預けだな」
それを聞いたが、よほど情けない顔をしたのだろう。征士は少しおかしそうに笑った。
「食い意地の張った秀でもあるまいに…。菓子がなくなったのが、そんなに残念だったか？」
「…お菓子も美味しかったけど…、そうじゃなくて、…せっかく征士と二人だけの秘密の時間が持てたのに…。大事な秘密がなくなっちゃったんだもん」
そう呟いたが寂しそうにうつむくと、征士は困ったように微笑んだ。
「じゃあ、違う秘密を作ろうか…？」
伸ばされた手がの頬にそっと触れ、征士の顔が近づいた。ドキリとしてはとっさに瞳を閉じていた。次の瞬間、柔らかいものがの唇に触れた。ほんの一瞬、触れるだけの軽くて優しいキス。霜柱を口に含んだ時のように、甘いひと時は一瞬で終わった。
が瞳を開けると、征士は顔を離して、柔らかく微笑んでいた。
「…好きだ、」
甘くささやかれる言葉に頬を赤くして、は思わず口ごもりながら尋ねた。
「…この秘密も…またおねだりできるの…？」
「ああ。いつねだられても私は構わない」
澄まして征士は答え、「もうひとつ欲しいとは、今はねだらないのか？」といたずらっぽく尋ね返した。
「……っ!?」
は思わず耳まで赤くなり、顔を両手で押さえてうつむいた。
そんなの額にもう一度、甘いキスを落とし、征士はささやいた。
「これで、私達だけの秘密が、またできただろう…？」
二人だけの甘い時間を邪魔する者は誰もいない。
＜おわり＞
＜あとがき＞
「霜柱」は実在の仙台にある「九重本舗」というお菓子屋さんのお菓子です。正式名称は「霜ばしら」。姉妹品に「晒よし飴」というのもあります。
１０月〜４月の冬季限定生産だけど、実際は３月末にはもう通販では手に入らなくなっています。
仙台在住の者もなかなか手に入らない貴重で大変美味なお菓子です。お勧め♪
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