１、月明かり
「あのさ、散歩に行かない？」
深夜１時に男性の部屋の窓をノックして、最初に言ったのセリフがそれだった。
寝ぼけ眼で窓を開けた伊達征士は、不機嫌に尋ね返した。
「なぜ、こんな真夜中に叩き起こされたあげく、わざわざ出かけねばならないのだ？」
「え？ だって、今夜は満月なんだよ？ ホラ、懐中電灯なんて使わなくても、足元までくっきり見えるし」
「せっかくだから、お月見しようよ」と無邪気に誘って来るに、うら若い女性が深夜に出歩き、男性の部屋を訪問することの危険性を、そこに直らせて説教するべきか否か、逡巡する。
だが結局、説教よりもの願いを叶えるほうが、短時間で安眠が再開できることに思い至り、深くため息をついて、征士は答えた。
「１０分だけ付き合おう。散歩が済んだら、さっさと自分の部屋に戻って、おとなしく眠るんだぞ」
「了解」
首をすくめては答え、２人はこっそりと屋敷を抜け出した。
☆★☆★☆
月明かりに照らされた柳生邸は、賑やかな合宿所然とした昼間とは違い、孤高の城砦めいた神秘的な風采を放っていた。
やや手入れ不足の感がある広い庭は、柔らかな月光によって、不ぞろいに伸びた草の細い線が、鮮やかな濃淡を持って映し出している。
夜露に濡れた草むらを、は足取り軽く先に立ち、征士は後ろから不機嫌にゆっくりと歩いていく。
ふと足を止めて征士を振り返り、は満足そうに微笑んだ。
「…やっぱり征士くんを誘ってみて良かった」
眠気がまだ残っているのだろう、あくびを噛み殺しながら、征士は「なぜ私なんだ。夜更かしの相手なら、当麻や秀のほうが慣れているだろうに」と切り返した。
「だって征士くんと歩きたかったんだもの」
そう言うと、は征士の金色の髪にそっと触れ、菫色の瞳を真っ直ぐに覗きこんだ。ふいに真剣な声音で告げる。
「月明かりに照らされると、髪も瞳もキラキラ輝いて、まるで宝石細工みたい」
そしては、実に幸せそうな表情で征士を見つめたまま、「こんな夜は最高に綺麗に見えるね」と続けた。
の言う『綺麗』が、空に輝く満月でないことくらいは、征士にも分かった。
「私は観賞物ではないぞ」
不機嫌そうに言い返すが、その声音には先ほどまでの刺は影を潜めていた。
「はい、分かってます」
答える少女の声は殊勝だが、どこかほんわかした笑みがふくまれている。
「そろそろ１０分経つね。帰ろうか」
腕時計をちらりと見て、身を翻しかけるの手を引いたのは、征士のほうだった。
「……もうしばらくだけ、一緒に歩こう」
握り締めた征士の手の温もりを感じながら、は「うん」と柔らかく微笑んだ。
＜終わり＞
あとがき
…中身がなかろうが、文章がめちゃめちゃだろうが、いいんです。こういう雰囲気が書きたかっただけなんです。
会話と雰囲気がメインなので、お題の中でも特に短めかも。更新は基本的に超低速ですが、こんな感じで進めるつもりです。
生暖かく見守ってやってください（平身低頭）
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