桜夢
朝の空気を胸いっぱいに吸いこみながら、Ｔシャツ姿の真田遼は山道を駆け抜けていた。長めの黒髪が風になびき、蒼い瞳が明るい光を放つ。遼と追いつ追われつの形で走るのは、彼の相棒である白い虎、白炎である。
季節は春。柳生邸の裏山は朝露に濡れた春の花が咲き乱れ、トレッキングを趣味とする遼は、楽しい朝食前の運動時間を満喫していた。
額を流れる汗を拳で拭くために、遼は山道の途中で立ち止まり、一息をついた。軽く肩で息をついて、両膝に手を置く。
「こうやって汗をかくのは気持ちいいな、白炎！」
「グルルル！」
賛同するかのように白虎がうなる。遼は朗らかに笑って白炎の頭を撫でた。白炎も嬉しげにその手に額をこすりつける。ところが、ふいに白炎の動きが止まった。
「ガウ」
何かを聞きつけたように、白炎の耳がピクリと動き、姿勢を低くして、辺りをうかがう。
「どうした？」
白炎の変化に敏感に反応して、遼が身構える。
「ガウ！」
突然、白炎が走り出す。遼はためらわず、鎧珠を投げるとアンダーギアをまとい、その後を追った。
白炎が走りついたのはそこから走って数分の、山の中心部だった。木々の間に、わずかな広場めいた空間があり、巨大な古木がその地を覆っていた。白炎の後を追って、そこに足を踏み入れた遼は眉をひそめた。
「……これはひどいな」
素人の遼の目にも明確だった。古びた木は春と言うのに、花どころか蕾すらつけず、天をおおうばかりの大枝はひからび、枯れかけていた。
「グルルル！」
白炎の鳴き声に遼はハッとした。古木の下には、背の半ばほどまで黒髪を垂らし、桜の模様の着物を着た幼い少女がうずくまり、しくしくと肩を震わせて泣いていた。
「……どうしたんだ……？」
白炎と遼の声に顔を上げたのは、色白の愛らしい少女だった。少女は白炎とアンダーギア姿の遼に恐れをなしたのか、そのまま立ち上がるとあとずさり、まるで古木に溶け入るように姿を消した。
そこで初めて遼は、自分が眼にしたのが、人間ではなく、化生のモノであることを悟った。だが、遼には少女が邪悪なモノにはどうしても思えなかった。少女の消えた辺りを見つめ、一心に呼びかける。
「ま、待ってくれ！ 俺はその……君に危害を加えるつもりはないんだ。ただ、どうして泣いているのか、知りたくて……。頼む。もう一度、姿を見せてくれないか……？」
口添えをするかように白炎が低くうなる。遼のアンダーギアに呼応して、額に赤い仁の光が灯った。すると、桜の古木から、ポンッと飛び出て来るように、先程の幼い少女が姿を見せた。
『……あなたの心、あたたかいです。あなた、いい人ですね』
しゃくりあげながらも言うと、少女はまだ涙の跡が残る頬をほころばせ、花が咲くように微笑んだ。その笑顔に勇気づけられ、遼もまた微笑み返した。
「俺は遼。真田遼って言うんだ。君の名前は？」
『わたしは』
「か。君は一体、何者なんだ？ どうして一人で泣いていたんだ？」
少女はおずおずとうなずいて、自分が傍に立つ古木の幹にそっと手をかけた。
『わたしはこの木の、花の精霊。春になったら、木の蕾を膨らませて、花を咲かせるのが役目。でも、この木はもう年老いて花をつけることができない』
の瞳に大粒の涙が膨れ上がり、ほろりと頬を零れ落ちた。
『花を咲かせることができなければ、わたしの役目はおしまい。もう生きていられない。春が過ぎたら、このまま消えてしまう。それが悲しくて泣いていたの』
少女の言葉に遼はギョッとなった。
「ちょ……ちょっと待ってくれっ！」
そのままが消えてしまいそうで、引きとめようと遼は思わず手を伸ばしていた。ギュッとつかんだの手は柔らかく温かかった。
「君は温かくて……生きているのに、消えるなんてダメだ！」
同意するように白炎が吼える。遼は少し考えた後、に呼びかけた。
「君は俺と一緒にこの場を離れることができるか？ 俺の仲間には賢いヤツがいて、きっとどうすれば君が助かるか、考えてくれると思う」
は少し小首をかしげてためらった後、こくりとうなずいた。
『遠くには行けないけれど、この山の近くなら大丈夫です』
遼は腰をかがめ、少女と目線を合わせて、頼みこんだ。
「じゃあ、。俺と一緒に来てくれないか？ 悪いようにはしない。約束する」
は遼にその手を預けたまま、こくんとうなずいた。
『遼と一緒に行きます』
その小さな手を握り締め、遼は必ずこの少女を守らねばならないという使命感に駆られていた。
朝の散歩から、遼が着物姿の少女を連れ帰って来たことで、柳生邸は大騒ぎになった。
「遼が女の子を連れ帰って来たってぇ！？ 遼にロリコン趣味があったとは知らなかったぜ」
柳生邸の裏庭で、カンフーの型を純に教えていた秀が、汗をタオルで拭きながら、リビングへ戻って来る。
「女と見れば、来る者拒まずの秀に言われたくないと思うけどね」
エプロン姿で朝食を準備していた伸がチクリと言い放つ。
「二人とも静かにしてくれ。光輪剣に集中できん」
鋭い声音で征士が制止し、周囲の者達は静まり返った。光輪剣を真っ直ぐに構え、怯える少女を守るように立つ遼と、その背後の着物姿の少女を、ためしすがめしつ見ていた征士は、やがて大きく息を吐いた。
「遼の言葉は本当だ。この少女は人ではない。光輪剣には桜の花のようなモノが映っている」
伸と共に朝食の支度をしていたナスティと、さっきまで秀にカンフーを習っていた純は、完全に部外者状態だった。遼達、サムライトルーパーの眼にはハッキリと存在するものとして映る少女だったが、何故かナスティと純には、遼の言う少女が見えず、声も聞こえなかった。
「皆、頼む！ この子を助けるのに手を貸してくれ！ 消えてしまうなんて可哀想だっ！」
遼が両の拳を握り締め、蒼い瞳をうるうるさせて叫ぶ。遼のこの『お願い』に仲間達は弱かった。
「……そんなこと言われたって、花がどーとかって俺、わっかんねーしさー」
「盆栽ならば手助けできるのだが、遼の話では相当、巨大な古木なのであろう？ さすがに私もそんなに大きな木は手に余る」
大仰にお手上げポーズを取る秀に、光輪剣をしまって考えこんでしまう征士。ナスティと純は、少女がいると思われる辺りを、恐る恐る眺めているのみである。
「……とりあえず、当麻を起こして来たほうが良さそうだね」
ため息をついて、伸が結論を出した。
「こういう時こそ、智将天空様のＩＱ２５０のオツムを役立たせてもらわねーとな」
秀がからかうように同意した。
「私が行こう。無理にでも起こして来る」
同室の征士が腕を鳴らして二階へと上がって行った。結局、征士がどういう手段を講じたかは分からなかったが、なんとか当麻を叩き起こすことに成功したようだった。
半時間後、伸の淹れた濃いコーヒーをすすりながら、強引に着替えさせられた格好の当麻は、半眼で着物姿の少女を眺めていた。
「枯れ木に花を咲かせましょうって、花咲か爺さんじゃあるまいし。植木の栄養剤でも大量に買って来るか？」
とぼけた智将の発言に、征士の遠慮ない鉄拳が飛んだ。
「遼の話では相当な古木だと言うではないか。栄養剤程度でどうにかなるわけがなかろう」
「そうは言っても、征士だって盆栽をやってりゃ分かるだろう。草木だって生き物なわけだから、寿命ってもんがあってだなあ……」
全員の視線が自然にちょこんとリビングのソファに座ったに集まる。少女はうつむいたまま、声を上げずにほろほろと涙を零していた。
「あーあ、当麻が泣かせたー！」
子ども染みた叫びを上げる秀。
「当麻！ お前はが可哀想だと思わないのかっ！？」
当麻の襟元につかみ掛かり、遼が怒鳴る。その拳を止めたのは、意外にも本人だった。
『いいです、遼。この人は本当のことを言っています。わたしは消えねばなりません。それが自然の摂理だと、おばば様もおっしゃっていました』
「おばば様？」
遼の問いにこくりとうなずく。
『あの桜の木霊です。すっかり年老いて弱ってしまわれて、でも、わたしに泣くなとおっしゃいました。こうして消え行くのがわたしたちの運命だと』
「ねえ、当麻兄ちゃん、なんだか可哀想だよ」
伸と秀に同時通訳してもらっている純とナスティは、健気な少女の言葉にすっかり心を打たれた様子だった。
「あたし達には姿は見えないけど、あなた達とは話もできるのでしょう？ なんとかしてあげられないかしら」
全員の懇願する視線に耐えかねた様子で、コーヒーをぐびりと飲み干し、当麻は立ち上がった。
「あーあー、分かったよ。何とか考えればいいんだろう？ とにかく、ここでごちゃごちゃ言っていても仕方ない。現場を見てみよう」
ナスティと純と白炎は留守番することになり、遼達五人はを伴って、遼が最初にと出逢った山中に赴いた。
木々の間を抜けて、広場めいた空間に出て、その巨大な古木をひと目見た途端、誰もが息を呑んでいた。
「これは……桜の木だな。相当、大きいが、既に寿命が来ていると見える」
征士の言葉に当麻もうなずく。
「確かに栄養剤程度じゃ効き目はなさそうだ」
「じゃあ、このままは消えるしかないのか！？」
カッと頭に血を上らせる遼を伸が抑える。
「落ち着いて、遼。何か方策はないか、考えるためにここに来たんじゃないか」
「なんとかしてやろーぜ、なあ。せっかく俺達にはが視えるんだからさ」
さすがにこの様子に心を動かされたらしく、の頭を軽く撫でて、秀が優しく言った。
「それだ」
ふいに当麻が鋭く言い放った。
「ナスティと純にはの姿が見えなかった。だけど、俺達には見える。それは何故だ？」
「何故って……鎧珠のせいじゃねーのか？」
秀の言葉に当麻は大きくうなずいた。
「そうだ。迦雄須の作った五つの鎧には、『火』『地』『光』『風』『水』、大自然に宿る五つの力が備わっている。だから、鎧珠を持つ俺達に大自然が影響を与え、その化身である精霊の姿が視えるんだ。つまり、逆に言えば、俺達が持つ五つの力を合わせれば、大自然にこちらから影響を与えることも可能かもしれない」
全員の表情がぱあっと明るくなる。
「つまり、俺達の鎧パワーで、桜の木を蘇らせるってことか！ よしっ！」
早速、鎧珠を取り出そうとする遼を、当麻は制止した。
「そう急くな。これだけ弱っている上に古い樹木だ。急激に大量の力を注ぎこめば、逆効果となって枯れるのを早める恐れがある。……ナスティのパソコンを借りて、俺達の鎧に、この桜の木を穏やかな方法で治癒するパワーが備わっていないかどうか、調べてみたい。少し時間をくれ」
遼がを見下ろすと、少女はこくんとうなずいた。
『わたし、待ちます』
「じゃあ、それまでちゃんは、うちにおいで」
優しく伸が言うと、ためらうようには視線を泳がせた。
『……そんな……良いのですか？』
「いいんじゃねーの。遼とはすっかり仲良くなっちまったみてーだし」
秀の言葉に、征士も真面目くさってうなずいた。
「が一人でここで泣いているのではないかと思えば、遼も気になって仕方ないだろう」
「時間はかからないさ。俺が結論を出すまで、遼と共に過ごすと思えばいい」
当麻の口添えに、は頬を薄桃色に染めて、嬉しげに『ありがとうございます』と微笑み、遼の手を取った。
「やれやれ。本当に完全に懐かれちゃったみたいだね、遼」
くすくす笑いながら、伸が言い、少年達はそろって柳生邸へ帰宅した。
それからの数日間は、遼や白炎と戯れる幼い少女の愛らしい姿が、柳生邸で見受けられた。もっともその姿が見えるのは、遼達五人だけで、ナスティと純には何もない空間と楽しげに会話を交わしたり、一緒に遊ぶ遼や白炎が目に映るという結果になった。
その上、困ったことにナスティと純はの存在が感じ取れないばかりか、触れることもできないため、ソファに座るに重なる形で純が座ったり、ナスティが廊下での身体を通り抜けたりと言う現象までが、五人の少年達の目に入ることになった。
これではたまらないという全員一致の考えに、当麻が入れ知恵をつけた。
ナスティの車に乗って、「ちょっと町まで買い物に行って来る」と遼と伸が出かけて行き、帰って来た時には、遼が小さな包みを抱えていた。
「、おいで」
遼の言葉に素直に従う少女の髪に、遼は小さな鈴のついた赤い櫛を不器用に挿した。
「似合うよ」
『本当ですか？』
恥ずかしそうにが小首をかしげると、ちりちりと鈴が鳴る。
「それと、これもつけてね」
伸がに手渡したのは、手のひらに乗るサイズの小さな缶だった。
『これは……？』
「練り香水って言うんだ。液体じゃなくて、クリーム状に作られた香水。クリームを指先につけて、耳の後ろや、手首に軽く塗ると、香りがするよ。使わない時は袂に入れてしまっておくと良い」
伸にうながされて、ぎこちなくが耳の後ろと手首に香水を塗る。すると、ほのかに甘い花の香りがふわりと広がった。
「うん。いい香りだ。君の花も咲いたら、きっとこんな香りがするんだろうね」
『はい！』
伸の言葉にが嬉しそうにうなずくと、再びちりちりと鈴が鳴った。
「わあ！ これなら、ちゃんがどこにいるか、僕やお姉ちゃんにも分かるね！」
「本当に良いアイデアだわ。……それにしても、綺麗な音に良い香りね。遼と伸もセンスが良いわ」
純とナスティが顔を見合わせてニッコリ笑う。頬を赤く染めて、は皆に深々と頭を下げた。
『ありがとうございます』
おかげで、柳生邸では、涼やかな鈴の音と、甘い花の香りと共に、の存在が分かるようになった。
ナスティと純は音と香りでの存在を察知し、会話はできないまでも、通りすがりに微笑みかけて、軽く挨拶することくらいはできるようになった。これは自身もとても喜んだ。
『このお屋敷の皆さんは、わたしにとても優しくしてくれます。わたし、皆さんが好きです』
の無邪気な言葉に遼は微笑んだ。
「俺達もが好きだぜ」
『……でも』
表情を曇らせて、はうつむいた。
『こんなに良くしていただいているのに、わたしは何もお返しができません。どうしたら良いのでしょう？』
ぐしゃぐしゃとの頭を撫でて遼は笑った。
「お返しなんていいんだよ。はそのまま笑顔でいてくれればいい。そして、きっと回復して、最高に綺麗な花を咲かせてくれ。そうしてくれたら、俺も嬉しい」
『分かりました。遼のため、皆さんのためにきっと花を咲かせます』
「約束だぞ」
『はい』
小さな手と指きりげんまんをしながら、遼と少女は微笑みを交し合った。
一週間後、「結果が出たぞ」と当麻が報告した。
「『結界』の応用を使えばいいようだ。桜の木を五人全員で取り囲み、俺達の鎧パワーをゆっくりと注ぎこむ」
「よし、すぐ行こう！」
逸る遼に「ちょっと待て」と当麻は制した。
「ひとつ聞きたいんだが、もし、桜の木が再生したら、君はどうなる？ 桜の木を再生させても、俺達は君の姿を視ることができるのか？」
当麻の視線を向けられたは少しうつむいたが、やがて頭を横に振った。
『わたしは枯れた古い木から迷い出た花の精霊に過ぎません。桜の木が元に戻ったら、木の中に戻ります。皆さんともお別れです』
「そんな……！ もう逢えないのかっ！？」
遼に悲しげな瞳を向けて、は一礼した。
『遼や皆さんとご一緒できて楽しかったです。今までありがとうございました』
大粒の涙が、遼の蒼い瞳に盛り上がった。テーブルを叩き、遼は叫んだ。
「にもう逢えないなんて、せっかく仲良くなったのに、俺は嫌だ……！」
「遼！ ワガママを言うんじゃない！」
当麻が叱りつけるように声を上げる。
「遼、既に一週間が経っているのだぞ？ 桜の開花時期はとうに過ぎている。早く彼女を元の木に戻してやらねば、せっかく木を回復できても、花を咲かせることができなくなってしまうだろう。それでもいいのか」
「……それでも嫌なものは嫌だ！」
そう言うと遼はリビングを出て、走って行ってしまった。
「待てよ、遼！」
秀が追いかけようとしたが、伸が引き止めた。
「今はそっとしておいてあげようよ」
「じゃあ、このままにしとけって言うのかよ！？」
秀が言い返す。たちどころにけんか腰の秀とそれを宥める伸、騒ぎに加わる当麻に、「ケンカは止めんか！」と怒鳴る征士とリビングは大騒ぎになった。
その騒ぎで、リビングをがそっと抜け出したことに誰も気づかなかった。
ナスティの家の近くの湖畔で、遼は横になっていた。水面が光を反射させ、横たわる芝生は柔らかく、穏やかな気配が辺りを包んでいる。
『遼』
ちりちりと鳴る鈴の音と、甘い香りで、声がかけられなくても、誰が近づいて来ているのか、遼には分かっていた。
「……」
『ここはとても気持ちの良い場所ですね』
「ごめん、。君のためなのに、俺が不甲斐ないばっかりに……」
謝る遼の横にちょこんと座って、は微笑んだ。
『でも、遼がわたしに会えなくなると寂しいと思ってくださったことが、わたしは嬉しかったです』
は遼の手を取った。甘い香りが遼の鼻をくすぐる。
『逢えなくても、遼のこと、一生、忘れません。遼のために毎年、必ず最高に綺麗な花を咲かせます』
そっとからめられた小指に遼は無理に微笑もうとした。
「そうだな。皆のためにって約束したもんな」
ところが、は頭を横に振った。
『皆さんのためじゃありません。遼のためです。たった一人の大好きな遼のため。遼の笑顔のためです。……毎年、春になったら、必ず遼のために最高に綺麗な花を咲かせます。それが遼へ宛てたわたしの恋文です。だから、もう泣かないでください』
「」
思わず遼はを抱きしめていた。小さな体はその腕の中にすっぽり包まれるほどだった。
「俺も君が大好きだよ、。ありがとう」
『遼』
二人はしばらく、互いの温もりに別れの悲しみを癒していた。そして、二人は手をつないで、柳生邸へと戻った。
そして、実際に桜を癒す時が来た。に遼達五人、白炎、ナスティ、純も加わって、あの桜の古木が生える広場に集まった。
桜の古木の前に立つと、は全員に丁寧に一礼して、溶けこむように桜の木の中に消えた。そして、桜の古木を囲むように、遼達五人はそれぞれが分かれて立った。一斉にアンダーギアに着替え、武装する。
「武装！ 烈火！」
「武装！ 金剛！」
「武装！ 光輪！」
「武装！ 天空！」
「武装！ 水滸！」
武装を終えた五人のサムライトルーパーは声を合わせて「結界！」と叫んだ。五つの鎧パワーが合わさり、桜を囲んで星型の結界を生み出す。ここで本来の結界ならば鎧を脱いで、結界の中心を囲むのだが、鎧を脱ぐ代わりに五人は桜に歩み寄り、その手を桜に触れた。
五人の声が再び合わさり、「回復！」と唱える。『火』『地』『光』『風』『水』、五つの力を象徴する、五つの色の光が五人の体からほとばしり、桜の古木に吸いこまれて行った。
「グルル！」
離れた場所で見ていた白炎がうなり、一緒に見ていた純とナスティが声を上げた。
「お姉ちゃん、見て！ 桜の木が生き生きして来たよ！」
「本当ね。桜が復活したわ」
見る間に枯れ果てた桜の枝に生気が宿り、蕾が芽吹くと、一斉に花開いた。
武装を解いた五人の少年は桜から離れ、満開に咲く薄紅色の花の見事さにため息をついた。
「あ、おい！ あれ、見ろよ！」
秀の言葉に全員の視線が一点に集中する。桜の木からゆらりと姿を現したのは、濃緑色の着物を身にまとった老女だった。老女の傍らにはが寄り添っていた。老女は年老いてはいたが、その姿はかくしゃくとして、弱っているようには見えなかった。
『皆様のおかげで命長らえましてございます。またもう数十年は花をつけることができましょうぞ。深く感謝いたしまする』
おそらくが『おばば様』と呼んだ桜の木霊であろう老女は、しわがれ声で礼を述べた。深々と老女は頭を下げ、続いてもまた一緒に頭を下げた。
『おかげさまでわたしも花を咲かせることができました。ありがとうございます』
「」
遼が呼ぶと、少女は艶やかに微笑んだ。
『見てくださいましたか。わたしの最高の花を』
「ああ、とっても綺麗だ」
『ありがとう、遼。あなたに逢えて、わたしは幸せでした』
とおばばはそのまま桜の木に溶けるように姿を消し、二度と姿を見せなかった。
「さよなら、」
呟いた遼の瞳から、一滴、涙が零れて消えた。
その後、遼には新しい日課ができた。散歩の時、いつも桜の古木に立ち寄っては「おはよう、」と声をかけていくのである。もちろん応えはない。だが、遼は気にしなかった。
次の年もそのまた次の年も桜の古木は、見事な花を咲かせ続けた。それが全ての答えだった。
＜終わり＞
＜あとがき＞
摩天楼様からアイデアをいただいた物をドリーム化した物です。
最初は逆ハーのつもりだったのに、何故か遼夢になって、遼くん、ロリコン化しちゃってます。
イメージ壊してしまっていたら、ごめんなさい、摩天楼さん……。
ヒロインはまあ、あまり幼すぎない程度の年齢ってことにしておいてください（苦笑）
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